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特別な存在


「お綺麗ですわ、千奈様」
「えぇとっても。陛下のお嫁様になるのがもったいないくらい」

 侍女たちが私を見てにっこり微笑む。
 国王のことを誰も好きじゃないというのは本当みたいで、私は侍女に支度をしてもらっている間、ずっと彼女らに謝罪の言葉と国王がいかにひどい奴かを延々聞かされた。

 そして出来上がったのが、嘘のようにきれいになった私だ。

 ピカピカに磨き上げられた肌。
 綺麗に結われた髪。
 キラキラ輝くアクセサリーに、美しい純白のドレス。
 あぁ……初めてのウェディングドレスが、まさかあいつとの結婚できることになるだなんて……。

 ゼノンとの結婚式だったならよかったのに……。

 そんなことを考えていても仕方がない。
 私は、しっかりとあの策を遂行させないと……。

 一応婚約者だった時に、結婚式の作法は教わった。

 まず新婦が封制印の入った箱の前で新郎を待つ。
 そして新郎が登場して、大司教の書いた結婚証明の紙に二人でサインをし、国王──新郎が封制印でそれに印を押す。
 これで結婚の儀となるのだ。
 後は気分で口付けたりするんだろうが、幸い国王は私を嫌っているから、その心配はないだろう。

 新郎を待っている間がチャンスだ。
 大司教はいるだろうけれど、国民にも貴族にも使用人や騎士にも人気のない国王だ。
 きっと彼も、見て見ぬふりをしてくれる、と信じよう。

「皆さんありがとうございます。今日で、あの国王を終わらせてみせます。だから、信じて待っていてください」
 私はそう言うと、騎士と共に謁見の間へと再び向かった。

 ***

 だだっ広い謁見の間には、一番奥の祭壇の向こうに、大司教のみが神妙な面持ちで立っていた。

「千奈様」
「お久しぶりです、大司教様」
 私を召喚した時以来だ。彼を見たのは。

「千奈様。本当に、申し訳ありませんでした……。私が召喚してしまったばかりにこのような……」
「謝罪はもういいです。もう、どうにもならないことなんだから。それよりも、今を打開することが先決です」

 冷たく突き放してしまったようだけれど、これでも優しい方だ。
 命令とはいえ、私はこの人に連れ攫われたのだから。

「大司教様。今から私がすること、黙っていてください」
「え?」
「お願い」

 何も話していないのだ。
 お願いと言われて首も縦に振りづらいだろう。
 それでも真剣に見上げれば、大司教様は意を決したように、ゆっくりと頷いた。

「千奈様、この国を、どうぞよろしくお願いします……!!」
「!! はいっ──!!」

 そして私は、祭壇の上に無造作に置かれた封制印の入った箱に触れた。

 お願い開いて……!!

 そう願いながらその蓋を開けようと力を込める──すると、箱は一瞬だけ淡い光を放ち、開かないと言われていた箱が開いた──。

「やった……!!」
 やっぱり思った通り。
 夢の中の人──ゼノンのお母さんが言った中和の力。
 それならば魔法も解けるんじゃあないか。そう考えたのだ。

「重い……」
 そして私は、ずっしりと重たいその金の印璽を、私はすぐにドレスの胸元へと隠した。

「今のは……。……そうか……やはりあなたは特別な方だった……」
 そう驚きと恍惚交じりにつぶやいた大司教に、私は言った。

「特別? 普通の会社員でしたよ? 幼い二人を養わなくちゃいけない立場の」
「!!」
「あなたが国王に言われて強制召喚したのは、普通の、家族のいる、人間だったんです。それだけは忘れないでくださいね」
「はい……本当に、申し訳ありませんでした……!!」

 そう言って頭を下げた大司教に、私はもう、何も言わなかった。

 そして────。

 バンッ!!
 荒々しくドアが開け放たれ、煌びやかに着飾った国王が姿を現した。

 花嫁以上に豪華な衣装。
 ふんだんに使われた宝石。
 目に優しくない。

 そんなキラキラ陛下は、私を見てからふん、と鼻を鳴らした。
「衣装のおかげか、幾分マシに見えるな。これならば、調印後のキスもしてやってもいいぞ?」

 もう黙ってぇぇええええ!!
 殴りかかりそうになるのをぐっと堪え、私はにっこりと微笑んだ。
「黙れクソ野郎」
 ぁ、ぐっと堪えられなかった。口が。

「チッ、衣装が変わっても可愛げのない……。大司教!! 書類を!!」
「は、はいっ!!」

 急いで結婚証明書に証明分と自分のサインを入れていく大司教。

 あぁでもちょっと待って。
 ゼノンが来なきゃ、いくら印璽を盗んでも、無理じゃない?
 証明書に私がサインを書き終わったら最後、印璽を使うからバレてしまう。

 まずい。まずいぞ。
 どうしよう……。

 ゼノン速く来てぇぇぇえ!!

「ほら、次はお前だ」
 心の中で祈っている間にも、今度は国王がサラサラとサインを書き終えてしまった。

 そんな……。

 ペンを持つ手が震える。
 羊皮紙にペンの先を押し付け、震える手でゆっくりと自分の名前を書き始めた、その時だった──。

 ドゴォオオオオオオオオン──!!

「何だ!?」

 大きな地鳴りと共に、城内が騒がしくなった。

 そして──バンッ!!
「千奈!!」

 重い扉をけ破って、会いたかった人が、私の瞳に映った。

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