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本編

「ねぇ、それ、この亀と交換してよ」
 自分の部屋でお爺ちゃんから貰ったプラモデルで遊んでいたら、後ろから突然声が聴こえたので、僕は死ぬ程びっくりして飛び上がった。振り返ると男の子がいた。
「君、だあれ? いつの間に入ってきたの?」
 ここは僕の部屋で、声が聴こえる迄ドアを開ける音も廊下を歩く音も階段を登る音も全然聴こえなかった。なのにこの子はここにいる。僕と同じ位の歳に見えるけど、僕はこんな子知らない。
「ほら、この亀とその何かカッコ良い奴と。その… それ何て呼ぶの?」
 質問に質問で答えるタイプの子だ。どうしよう。取り敢えず断ろう。
「っていうか、交換なんかしないよ。大体僕は亀なんか嫌いだし」
 本当はそんなに嫌いじゃない。
「えー。これ、ただの亀じゃないんだけどなぁ。うーん…じゃあさ、2日だけ交換っていうのはどう? 終わったらちゃんと返すからさ。ほんとに。約束する」
 中々しつこい。でも確かにその子が持ってる亀はちょっと変わっていた。甲羅の上の方がお盆みたいに少し平らに見えたし、何より全身が不思議な光に包まれてる。
「うーーーん。これはキング・モグラスっていう地中戦車だけど。どうしようかなぁ」
 僕が遊んでいたのはお爺ちゃんが作ったプラモデルだ。幼稚園の頃からねだって、こないだの誕生日にやっと貰えた奴だ。スイッチを入れると先頭のドリルが回ってキャタピラで走行する。ランプも点くし、ミサイルも飛ばせる。坂だって関係無く登っていく。ここの所毎日これで遊んでいる。本当はこれより凄いビッグ・モグラスが欲しかったんだけど、そっちは死んだらくれるって。でもお爺ちゃん元気だから全然死にそうにない。
「じゃあさ、この象も貸すよ。ほら」
 見ると、その子はどこから出してきたのか、もう片方の掌の上に4頭の象をギリギリ載せていた。こんなに小さい象っていたっけ? 作り物かと思ったけど、何かちゃんと生きてるみたい。段々その不思議な象と亀が気になってきた。
「ほんとにちゃんと返してくれる?」
「うん、僕は嘘吐かないよ」
「ほんとかなぁ。壊さないでよ?」
「大丈夫」
 ちょっと心配だったけど、亀も象も気になるので2日の約束で交換に応じた。
「そいつ、餌とか何にも要らないから。ただ、最低1日1回は言葉で褒めてあげて」
何それ? 変なの。渡された象と亀を机に置いて振り返ったら、もうその子はいなくなっていた。
 やっぱりドアも開いてないし、廊下を歩く音も聴こえなかった。おかしい。

 取り敢えず押入れから適当な空き箱を引っ張り出してきて、象と亀を入れた。
「君、きらきらしてて何か綺麗だね」
って亀に言ったら、パタパタと手足を動かしている。気のせいかも知れないけど、喜んでるみたいに見えた。
「君達小さいのに何か立派だね」
って、象に言ったら、みんな後ろ脚立ちして鼻を振りながらぐるぐると輪になって回ってくれた。
 そんな感じでずっと寝る迄遊んであげた。褒めるのってあんまりやったことないけど、喜んでくれてるみたいだからきっといいんだと思う。
 箱は机の下に隠してその日は寝た。

 翌朝箱を覗くとみんな元気そうだったので安心した。食べて無いからか、糞とかもしてない。箱は綺麗なままだ。
「僕学校行くからみんなおとなしくしててね。帰ってきたらまた遊ぼう」
分かってくれたのかな? 何か頷いてくれてるみたいに見えた。お利口だなぁ。だけど、あれ? 何か変な感じだ。何だか狭そう。まぁ、とにかく学校に行かなくちゃ。

 学校の理科の時間、先生はまたいつものように脱線した。
「みんな宇宙ってどうなってるか知ってるか? ちょっと面白い絵があってな、これだ。19世紀のヨーロッパの人が勝手に想像したインド人の宇宙観だ… 」
 見ると蛇がぐるりと円を描く中に、地球儀を半分にしたみたいな奴があって、その下になんか台車みたいなのがある。キャタピラが付いてるから多分戦車だと思う。戦車? 何か見覚えあるような…
「… で、これが地球なんだけどその下を象が支えて、更にその象を亀が支えている。で、えっ?あっ?? この絵いつからこんなんなった?」
 そうだよね、象も亀もどこにもいない。でも、あれ? 象と亀?? え?
 先生はそのままぶつぶつ言いながら慌てて絵をしまってしまって、その話はそれで終わっちゃった。結局何だか良く分からなかった。

 学校が終わって家に帰って、自分の部屋に入る。机の下から箱を出して中を覗く。
「ただいま、帰ったよ。ちゃんとおとなしくしてた?」
 あれ、何か、この子達デカくなってないか? 昨日は箱の中で象が輪になって回れる位だったのに、今は前後にちょっと動ける位しかスペースが無い。だから亀も窮屈そうだ。
 仕方が無いので亀は今までの箱に残したまま、象だけ新しい箱に移した。で、晩御飯迄適当に褒めながら両方と遊んだ。気のせいじゃなければ昨日より随分元気が良い。大きくなったからそう見えるって訳でも無さそうだ。

 翌朝またこの子達に挨拶をした。やっぱり、育ってるよね? 箱がちょっと心配だけど、蓋をして机の下に隠す。どうしても横並びには置けないから、箱は重ねないといけない。うーん。やっぱり亀の上に象かな?

 帰ってきてすぐ机の下を見た。やっぱり! 亀の箱がひしゃげてしまっている。慌てて象の箱を引っ張り出すと、こっちは奥の端が破れてしまっている。蓋を開けたら1頭足りない!! 亀の箱も出して机の上に置く。蓋を外す。うわぁ、大きくなってる。
 とにかく象を探さないと。机の下に入って探したら、引き出しの裏側に挟まってた。机をゆっくりと、少し前に引っ張ったら、自分で歩いて出てきた。良かった。怪我もないみたい。抱え上げて机に載せた。

「おーい、いるか?」
 まずい、お爺ちゃんだ。時々こうやって突然家にやって来る。
「今、駄目!」
「ん? 何が駄目なんだ?」
 あーー。ドア開けられちゃった。隠そうとしたけど、象も亀も育って大きくなっちゃってるから隠し切れない。見られた。
「おい、お前、その象と亀… 蛇はどこだ?」
「え? 蛇なんか知らないよ。象と亀だけだよ」
「… そうか。で、何日だ?」
 え? 何か質問が変。お爺ちゃん、もしかして知ってる?
「何日だ? 何日の約束をして、今日で何日目だ?」
 やっぱり、知ってるとしか思えない。言い方が怖い。
「一昨日、2日の約束した」
「何だ、じゃぁ、今日引き取って貰えるんだな?」
 何か急にほっとしたような雰囲気になった。
「… うん」
「ふむ。おーーーい、いるんだろ? 出てこいよ」
 え? あの子だ。どっから入ってきたのかやっぱり分からない。
「何か、久しぶり。何ていうか、随分変わっちゃったね」
 あれ? お爺ちゃん、この子と知り合い? だから交換のこと知ってたの?
「お前は全然変わってないように見えるな」
「あはは、そうかもね。で、約束だから、これ返すね」
 キング・モグラスを渡された。あっ、お爺ちゃんにちょっと睨まれた。ごめんなさい。
「じゃ、象と亀は返して貰うね。預かってくれて凄く助かったよ」
 そいつはにこにこしながら机の上の亀の上に象を載せて両手に抱えて出ていこうとした。
「うん? あぁ… 君、随分良くしてくれたんだね。この子達、君にお別れしたいって。撫でてあげて」
 象と亀を順番に撫でてあげた。象は鼻を振って、亀は頭を振って、喜んでくれた。
「そいつらの名前はな、シンゾウとカメヨシだ。シンゾウは身体が4つあるが、魂は一つだ。覚えておいてやれ」
と、お爺ちゃんが教えてくれた。
「シンゾウ、カメヨシ、ばいばい。楽しかったよ」
 シンゾウもカメヨシもやっぱり嬉しそうにしてた。
「じゃあ、僕はもう行くね?」
と、その子はドアの方に向かって行った。今度は良く見ていたけど、やっぱり廊下に出たと思ったらその子の姿は消えていた。

 お爺ちゃんの顔を見る。
「あの子は何だったの? あと、あの不思議な… シンゾウとカメヨシは?」
「あれはな、うん。何なのかは知らん。神かも知らんし、悪魔かも知らん。お前と同じ位の歳に爺ちゃんもあいつに交換を持ちかけられた。俺の時はテープレコーダーと交換したよ。テープレコーダーはこないだ俺の家で見ただろう? 交換したのはあれとは違う昔使ってた奴だけどな」
「うん」
「で、俺の時は一週間の約束で、象と亀と蛇を預かった。多分お前の時も同じだったと思うけど、奴ら毎日倍の大きさに育つんだよ。一週間したら何倍になってると思う?」
「… 分かんないけど、10倍とか20倍とか位?」
 お爺ちゃんは静かに笑った。
「いいか、数えてみるぞ。2, 4, 8, 16, 32, 64, 128。つまり百倍以上だ」
指を折って見せながら、お爺ちゃんは教えてくれた。
「えーーー? それ、隠せないでしょ? どうしたの?」
「うちは当時田舎だったからな、庭に置いた物置に隠してたんだけどな。5日目、つまり32倍になったところで物置が壊れてな。象と亀は物置にいたんだがな、蛇は裏山でとぐろ巻いてた。3m超えてたからな。慌ててあいつを呼び出して、そこまでで引き取って貰った。親には凄く怒られてな。誤魔化すのが大変だったよ」
 お爺ちゃんは何かちょっと楽しそうに、でも静かに笑った後、話を続けた。
「で、象と亀と蛇なんだが、この世界を支えている力の象徴だ。インド人の世界観って知ってるか? 蛇が輪になって、その中にいる亀の背中に乗った象が、地球を支えてるんだ」
「うん、この間学校で見た」
下はキング・モグラスに描き変わっていたけどね。
「大事なのはここからだ。良く覚えておけよ。世界を支えているあいつらにはこの世界に影響を与える力がある。多分だが、亀はお金と、象は権力、権力って分かるか? 他の人を従わせられる力のことだ。そういうものに縁がある。で、俺もそうなんだが、お前もあいつらと、言わば友達になった。だから、何か困ったことがあったり、やって欲しいことができた時にあいつらに頼めるんだ。その時は名前で呼んでやれ」
「… 蛇は何だったの?」
お爺ちゃんはニヤリと笑った。
「多分、健康と長寿だ」
なるほど。元気な訳だよね。病気や怪我してるの見たこと無い。
「お前はこの先健康には気をつけろ。金と権力には困らないと思うぞ。俺がもう何十年も働いてないのを知っているか?」
「パパに前聞いた」
 何でも、昔宝籤に当たって、それを元手に株をやって大儲けしたんだって。会社もいくつか持ってるって聞いた。そんなに派手な暮らしはしてないけど、うちと違って色んなもん揃ってるしちょっと広い家にも住んでる。いつもおいしいもの食べてるみたいだし。
「僕もお爺ちゃんみたいに色んな物買ったり、広いお家に住めたりする?」
「多分な」
 それはちょっと嬉しいかも。
「でも何であの子はこんな交換を持ちかけてきたの? 珍しいもので遊びたかったのかな?」
「それもあるだろうが、多分だけどな、あの象や亀、あと蛇な、ずっと世界を支えてるから草臥れちゃうんだと思うんだ。で、時々休ませてやるんだと思う」
「あぁ、だからあの子達段々元気になっていったのか」
「俺の時が大体50年前で、5日間だったから、一晩につき、10年分回復するのかもな」
「ふーん」
 じゃあ、後20年したらまたあの子は誰かのところに現れるのかな? もしそこで僕の所に来たら、今度は蛇も預かってあげよう。

 翌日学校の掃除の時間にこの間の絵を探してみた。やっぱりその絵にはキング・モグラスの代わりに象と亀が描かれていた。

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