279 ムハド商隊、出立②
マナトは、護衛達のもとへ。
「起き上がれるように、なったんですね」
一番前にいる、起き上がれないほどに傷ついていた護衛に、マナトは言った。
「ああ、みんなに肩を持ってもらって、なんとかって感じだけどな」
「よかったです……」
「ああ。果物、ありがとうな。美味しかった」
「そうですか。それは、よかったです」
――ヒュゥゥ……。
村のほうから砂漠のほうへと通ってゆく、朝の、少しヒンヤリとした風が、マナトと護衛の間を通り抜けた。
「……」
「……大丈夫だ、キャラバンの兄ちゃん」
これ以上、なにを言えばいいか、分からないマナトに、その護衛は言った。
「俺たちは、もう、前を向いている」
「前を、向いて……」
「ああ、そうだ。今までが、どうであったか、じゃない。これまでなんて、どうでもいい!これから、どう、生きてゆくか、だ!……サーシャさま!」
その護衛が、声を張った。
「……」
少し前方にいた、サーシャが振り向いた。サーシャの側にいたニナ、シュミット、召し使いの3人も、同時に振り向く。
――バッ!
護衛達が、サーシャへ向かって一斉に、両膝を折り、つま先を立て4点座りし、背筋を伸ばした。
――パン!!
護衛達全員の、合掌の音が、響き渡った。
「行ってらっしゃいませ!!どうか、ご無事で!!」
サーシャは、護衛の言葉を聞くと、コクりと大きくうなずいた。その琥珀色の瞳には、決意の光が宿っていた。
「護衛のお兄ちゃんたち~!行ってきま~す!」
「護衛の皆さん、行ってきます!」
「しばしの別れですが、すぐに戻って参りますので!」
ニナ、シュミット、召し使いの3人も、それぞれ、護衛達に手を振った。
「キャラバンの兄ちゃん」
マナトのほうに、護衛は目線を向けた。
「今度は、一緒に行くからな……!」
「……はい!」
マナトは護衛達に一礼し、ミトとラクトのもとへ戻った。
「なんだか、いいね」
「だな。へへ、なんかこっちも、やる気になるぜ!」
護衛達とサーシャ達のやり取りを見ていた、ミトとラクトが言い合っている。
「……マナト?」
「ちょっ、おいおい……」
マナトの表情を見たラクトとミトが、若干、引いている。
……今のやり取りだけで、ちょっと、キテしまった……。
さすがに恥ずかしくなったマナトは、フードを被って顔を隠した。
サーシャ達が、長老とムハドを中心に打ち合わせをしていた、キャラバンの隊長達の輪の中へ。
少しして、その輪にいた皆が、うなずき合った。
長老が離れる。
ラクダは20頭ずつロープでひとつなぎになっており、3列ずつで隊列を組んでいる。
キャラバン達のそれぞれが、先頭から最後尾まで、決められた配置についた。
一体の馬のみ、ラクダとは別に、自由に動けるようになって、キャラバンの一人が手綱を引いていた。
「よし!」
先頭に立ったムハドが言った。
「そんじゃ、ちょっくら行ってくるわ!」
ラクダ達が、動き出す。
「行ってらっしゃ~い!」
「よろしく頼むぜ~!」
村人達の声が響く中、ムハド商隊はメロ共和国に向けて、出発した。