最終決戦の捌
「ふん!」
佐々木小次郎との間合いを順調に詰め、相手の懐に入り込んだわしは挨拶代わりの一撃とばかりに金属バットをフルスイングする。
対する小次郎はびっくりするぐらいのキレッキレな刀さばきで長刀を操り、わしの初撃――そしてその後に行った5、6の打撃を難なく防御した。
「ぐぬぅ……」
こやつがが世に響かせたという高速刀さばき……燕返しというんだっけ?
これほどまでにキレのよい刀の動きを――しかもこんな刃渡りの長い刀でそれをやられるとなると、まじでやっかいじゃ。サバイバルナイフの俊敏さを薙刀の長さで実践しておると考えるとわかりやすかろう。
とはいえ、わしと吉継のコンビネーションも負けてはおらん。
両サイドを陰陽師の作り出した武威の壁に挟まれながらも、わしは小次郎の右手側に攻撃を集中する。んでもってその左側にできたわずかな隙を吉継が見逃すはずもなく、吉継はわしと小次郎の乱打戦を横目に無事小次郎の脇をすり抜けた。
いや、わしらのコンビネーションといっても、吉継を先に行かせるだけで精いっぱいだったんだけどな。
なにはともあれ、それほどまでに小次郎の刀のさばき具合がすごいんじゃ。
「よし!」
「ちっ……」
無事に小次郎の背後へと進んだ吉継が嬉しそうな声を上げ、それとほぼ同時に小次郎が悔しそうな言を発する。
んでじゃ。問題はここからじゃ。
吉継の背後を追わせないよう、わしは小次郎にさらなる猛攻撃を仕掛けたのじゃがそれも全て防御され、そして小次郎の意識はわしに集中した。
「こざかしい真似を……」
最初はわしらを侮っておったであろう小次郎がそう言いつつ、真剣な表情に変わる。
そしてターゲットをわしのみに定め、おっそろしいほどの速度で反撃してきた。
「のわッ! んッ! ぐッ! ふん! おっと……うぉッ! ふおッ!」
必死の思いでスタッドレス武威を駆使し、金属バットも両の手で構えつつの防御態勢。それでも小次郎の猛攻を防ぐので精一杯じゃ。
なんだったらそれでも小次郎の斬撃を防御しきれず、わしの体の各所に小さな刀傷ができ始めたけど、そんなのにかまっておったら致命傷をくらいかねん。
長期戦になればなるほどわしの体は切り刻まれ、いずれは命も落とすじゃろう。
それほどまで劣勢なこの戦い。
でもわしは心の奥に余裕を持って戦っておった。
そうじゃ。わしはこやつに勝つつもりなど毛頭ないからな! ふっひっひッ!
「はぁはぁ……」
半分は本気、そしてもう半分は演技の混じった息切れをしつつ、わしはスタッドレス武威にてちょっと後退。
運のいいことに機動力はわしの方に分があるから、小次郎がわしを追ってきてもその長い間合いはあまり苦にならん。
んで、ここからわしの演技力が本領発揮じゃ。
「吉継ッ! やっぱ無理じゃッ! 2人でこやつを倒そうぞ!」
まずは味方である吉継すら驚くわしの言。
「あぁッ!」
吉継から若干イラついた感じの返事が返ってきたけど、それも当然じゃ。
わし、ほんの数秒前に小次郎を任せておけと言っておきながら、あっさりとそれを反故にしちゃったからな。
んで、ついでに言うと吉継の接近に備えてさっきまで儀式に集中しておったとみられる光秀や久秀が瞳を開け、吉継に対する臨戦態勢の武威と構えをしておったのだけれど、やつらもわしの言に「ふざけんな」といった感じで殺気のこもった睨みをわしに向けてきておった。
あとこの瞬間から光秀らに送り込まれておった華殿の武威の流れが途絶えておる。
故にこの儀式とやらは2人がじっとしておらんと機能せぬと考えられる。
意図せずにそれを止めたこと、そして光秀らに課せられた儀式の制約について把握できたあたりは思わぬ収穫じゃ。
唯一、“わしと吉継の2人がかりでないと太刀打ちできない”という高い評価を得た小次郎が満足そうな笑みとともに刀を構えたけど、うん、それはごめん。
この流れ――普通ならわしと吉継で前後から小次郎を挟み込み、これからさらなる激戦へと発展するパターンじゃ。それがクライマックスっぽいこの戦いにおける正しい展開じゃ
でもその激しい戦いを予期したであろう小次郎の笑顔も全くの無意味。というかわしの嘘のせいでそんな激戦にはならんのじゃよ。
しかもわしのせいで儀式を中断させられてしまった光秀たちが、小次郎に向かって反転した吉継の背後を追う形で参戦しようとしておるけど、その2人に対しても心の中で謝っておこうぞ。すまぬな。
「と思ったけど、やっぱもっかい作戦変更じゃっ! 吉継! 10秒かせげ!」
一気に戦場が混戦の様相を呈し、しかしながらその空気もわしのこの台詞で凍りつく。
……
……
「はぁぁーーーッ!? おい、三成! ふざけ……んがッ!」
一瞬の静寂の後、いい加減ブチ切れた吉継がそう叫んだけど、その言の最後には背後から迫っておった光秀・久秀コンビが吉継に攻撃を仕掛け、吉継はそれに応戦する。
一方で小次郎はというとわしの言に戸惑いを感じたらしく、吉継を挟み込んで先に始末するか。またはわしへの追撃を継続するか迷っておった。
わしはその隙にスタッドレス武威を駆使して全速バックじゃ。
どこまで後退するかというと、それは先ほどぶっ壊した入り口の扉があった場所まで。
困惑する小次郎との距離がおよそ10メートルとなったところでわしは金属バットを地に置き、背中の腰部分にガムテープで張り付けておった拳銃に手を伸ばす。
それを素早く構えつつ、指先から武威を拳銃に流し込む。
「そんな拳銃ごときで何ができるかァ!」
あっ、小次郎がわしに狙いを定めたようじゃ。
でも結局のところ、小次郎の反応は新選組の土方と似たようなもんじゃ。
小次郎が若干怒りを表情に出しつつ――んでもってやっぱりめっちゃ速い速度で接近してきておるけど、ここで吉継のスーパープレイじゃ。
「ふん!」
わしを守るため、吉継は小次郎以上の速度でやつを追い、そしていつものように小次郎の背後にぴたりとつく。
というか『10秒持たせろ』というわしの指示を、逆に『10秒持てばいい』という意味にとらえ、今の吉継は体に残った武威をすべて使い切るかの如く放出しておった。
それゆえ吉継はいつもより俊敏な動きを見せ、結果小次郎の移動にも追いつくことができたわけじゃが、そこで吉継は短く声を発しながら小次郎に攻撃を仕掛けた。
でもじゃ。流石の吉継もこれで小次郎をしとめることはできん。
「えぇーい! こざかしい!」
背後に吉継の気配を感じた瞬間、小次郎は首元を狙った吉継の初撃をぎりぎりで回避。その回避も驚くぐらいの反射速度でありつつ、同時にわしに向けていた長刀を反転させ、吉継に向けた反撃も行いやがったのじゃ。
そして始まる吉継対小次郎の乱打戦。
「うらぁ、とうッ! 死ね、クソガキがァ!」
「ぐっ、ぬっ、ほッ! とりゃッ!」
2人の掛け声を耳にしながら、わしは拳銃に武威を込める。
ふと気づいたんじゃが、この時の吉継は金属バットで戦うわしよりさらに小次郎との間合いを詰め、お互いの胴体がぶつかるんじゃないかってぐらいの距離で戦っておる。
なるほどな。プラス・マイナスのドライバーを両の手に持って戦う吉継はある意味二刀流じゃ。
しかもその武器がそれこそサバイバルナイフぐらいの間合いとなると、小次郎相手にはこれぐらい接近して戦うのが望ましいのじゃ。
対する小次郎は吉継が仕掛けた極端な近距離戦ゆえ、刀の柄(つか)や鍔(つば)、そして刃渡りの根元部分でしか応戦できておらん。
ゆえに一時的にしろ、今は吉継の優勢。さらには吉継がわしを守るためにわしと小次郎の間に回り込むことで、吉継の背後を追っておった光秀たちがこちら側に来れずに立ち止まっておる。
ふっふっふ。左右に展開された武威の壁。おそらくはわしらから陰陽師たちを守るために用意されたものなのだろうけど、それが今や光秀たちの左右展開を邪魔する障害となっておる。
もちろんやつらには小次郎対吉継の戦いに参戦するという選択肢もあるのじゃが、吉継の猛攻撃を防御する小次郎の長い刀が空間を乱舞しておるゆえ、小次郎の背後からでも下手に近づけない状況じゃ。
でもそんな吉継の優勢も長くはもたん。
「くそがきがァ!」
「ぐほッ!」
長刀に有利な間合いを確保するため、ここで小次郎が前蹴りを放つ。
それが吉継の腹部を襲い、吉継はわしの方に向かって5メートルほど後退させられた。
これにてそれぞれの配置はある意味最初の状況に戻ったようなもの。
同時にわしの武威センサーが吉継の武威切れを示し、それゆえ吉継はほとんど生身の状態で小次郎の蹴りを受けてしまった。
「げほッ……げほッ! かはッ! くそッ……あやつ、体術もなかなか……げほほッ!」
こちらに背を向けた状態なので詳しくはわからんが、足元に落ちた血の量から察するに、吉継は吐血もしておるらしい。
というわけで明らかに状況は悪化しておるのじゃが――
「じゅ……10秒持たせた……ぞ……」
そう。吉継が必死の思いで戦い、それは見事わしに10秒という時間を授けてくれた。
「うむ。よくやった、吉継よ。今度エクレアおごってくれようぞ」
「ふざけんな……げほっ……わしは……ごほっ……チ、チーズタルト派じゃ」
「そうじゃった。勇殿もチーズタルト派じゃ。さすればそれでよいな?」
「あいわか……った……げっほ……! ところで三成よ? わしは休んでよ……よいな?」
「あぁ、十分じゃ。しっかり休め」
そんなやり取りをしている間にも吉継の体はふらふらと揺れ、わしの最後のセリフが終わるのを待たずに床へと沈み込む。
わしはというと、その背中を見守りながらも両の手でしっかり拳銃を構え、狙いを定めた。
「やっと1匹か。まぁ三成の方もさっさと殺って、上も片付けに行かないとな」
地に伏す吉継を見下ろしながら、小次郎は余裕の表情。
わしが拳銃を構えても、なお余裕の表情じゃ。
「だからそんな拳銃が何の役に立つんだよ。まぁいい。わかった。それ撃ってこい。そんなものが今何の役に立つのか、絶望とともに教えてやる。
光秀さんと久秀さんはちょっと下がってろ」
小次郎の指示に従い、その向こう側におった光秀たちが少し後退する。
しかしわしもここで余裕めいた笑みを浮かべた。
「覚悟せよ!」
そしてわしは拳銃のトリガーを引く。
激音とともに武威のこもった銃弾が銃口から飛び出した。
しかし……
……
……
その銃弾はこちらを向く小次郎の左肩のあたりをかすめ、その向こう側へと飛んでいった。
それを認識し、小次郎が高笑う
「ふ……くくッ! あっはっはーッ! おい。ここまで引っ張っておいてそりゃねーだろッ!? まさかまともに弾ァ当てることもできねぇなんて!
おいおい、マジかよ! あっはっはっ! ひぃ、ひぃ、くくく。腹痛ェ!」
まぁ、反応としてはそうなるじゃろうな。小次郎の背後にいた2人も似たような反応じゃ。
だけどな。
わしが狙ったのはおぬしではないのじゃよ。
「ん?」
まず異変に気付いたのは小次郎。
空間を満たすとてつもない武威に体が反応し、恐怖でカタカタと震え始める。
「ま、まさかッ!?」
そう叫んで小次郎が慌てて振り返ったけど、時すでに遅し。
わしの標的は華殿を拘束しておった陰陽術――そしてそれを発動しておった陰陽師なのじゃ。
「貴様ぁッ!」
「くそッ!」
遅れて光秀らが悔しそうな表情とともに叫んだけど、それも遅すぎじゃ。
わしの放った銃弾は小次郎の左肩近くを通過した後、華殿の周りを四角形に囲む形で鎮座しておった陰陽師のうち2人を結界ごと貫通。
寺川殿のマンションの壁に2メートルほどの風穴を開ける弾丸じゃ。威力もその範囲も結界を破るには十分じゃし、わしの立つ位置さえ微調整すれば、そのうち2人ぐらいなら簡単に殺れるんじゃよ。
2人の陰陽師を一直線上に見ることのできるその位置がたまたまこの地下室の入り口あたりだったんだけど、もろもろの嘘を重ね、相手も油断させ、吉継の頑張りもあった結果めでたく放つことのできたこの銃弾は、十分にその役目を果たしたのじゃ。
んでもって解放される華殿。
4人の陰陽師のうち、何となくその半分ぐらい殺っておけば、華殿を拘束しておる結界術を無効化できるかなと思っておったけど、まさにその予想通りじゃった。
結界を構成しておった陰陽術が解除され、空中にぷかぷかと浮いていた華殿がゆっくりと床に着地する。
大魔王の降臨みたいな光景だけど、それも仕方なし。
「この……この……この……このお札が……私の……この、この……!」
床に着地するや否や、華殿がそう呟きながら体中に貼られていた呪符をバリバリと剥がす。
それらが1枚剥がされるごとに空間を漂う華殿の武威も量を増し、10秒ほど後には恐ろしいほどの武威が空間を満たした。
「えぐ……えぐ……おまえさぁーまぁーッ! 怖かったよーゥ!」
よほどの恐怖を感じておったのじゃろう。いつもニコニコしておる華殿が珍しいぐらいに激しく泣きじゃくりながら、こちらに向かってきた。
しかしながら武威の放出を可能とした今の華殿は、あくまで破壊神じゃった。
まず……華殿の最初の獲物は華殿から見て一番近くに位置しておった光秀・久秀コンビじゃ。
普通さ。この戦を仕掛けた悪の親玉みたいな立場のキャラは、ラストバトルにおいてそれなりに目立ってしかるべきじゃと思うんじゃ。
だけどこの2人においては大した台詞を発する状況もなく、わしらを窮地に追い込むような活躍シーンもなく。
「あんたたち……邪魔ーッ!」
華殿が泣きながら2人に蹴りを放ち、その攻撃で2人は即死する。
本人たちも何が起こったのかわからないぐらい速くて破壊的な蹴りだったため、2人の頭部がスイカ割りのスイカさんのごとく四散してしまった。
うん。わしに向かってくる華殿の進路に立っておったというだけで、この最期じゃ。
ラスボスとしてこれほどまでにみじめな存在などあろうか……?
わしがやつらに若干の同情を覚えるのも無理はない。
でも華殿は止まらん。
お次の餌食は佐々木小次郎じゃ。
「くそッ! この化け物め!」
超速で動く華殿の進路にぎりぎり割って入れるだけの実力を持っていただけに、小次郎は刀を構えながら華殿の前に立ちふさがった。
だけど、それが奴にとっての最期のセリフ。
華殿が長い刀の間合いに入る前からぶんぶんと刀を振り回しておったけど、その刀は間合いに入った華殿がいとも簡単にがっちりと掴み、そして華殿はその刀をポキンと折ってしまった。
その握力に驚く間もなく華殿の前蹴りが小次郎の胸部を襲い、そのままの勢いで華殿の足が小次郎の胸を貫通する。
わしらが立っていた位置関係の都合で、小次郎の血や肉片がわしと――そしてわしのちょっと前に伏しておる吉継の背中にめっちゃかかったけど、華殿はお構いなしじゃ。
小次郎の体を足から離すため華殿がブンっと足を一振りし、小次郎の亡骸は横の方へと飛んでいく。
「おーまーえーさーまーァ!」
さて、これにてこの場の戦いは終了。勝者は華殿。
と思ってわしも両手を広げて華殿を抱きしめてやろうと思ったんだけどさ。
……
こう、なんというか……
うん。最後の獲物はわしじゃった。
「ぐっ! うぉッ! “うた”よ、なにをッ!?」
華殿がわしに向かって駆け寄り、2人の距離がおよそ1メートルとなった時じゃ。
前世からの関係も含めての熱き抱擁。そう思って左右に広げようとしたわしの両腕は、華殿の両足によってカニばさみのごとくがっちりと抑えられた。
んでもって、華殿の両手もわしの頭蓋の左右をがっちりと抑え込み、わしはその場に背中から倒れた。
「んちょ……ねちょねちょ……んー、ぬちょぬちょ……べろべろ……うふん……ちゅぱちゅぱッ……」
そして華殿の舌がわしの口内に侵入し、めっちゃ暴れだしたんじゃ。
「んちょにゅちょ……ちゅっちゅ……ぺろぺろ……」
いや、待て! いろいろとおかしいじゃろ!
華殿を見事救出し終えたこの状況なら――そして華殿が前世における立場を明確にしたこの状況だったら、抱擁どころか多少のフレンチちゅっちゅはあり得よう!
フレンチちゅっちゅというか、小鳥さんちゅっちゅというか!
そんな感じで軽く唇を合わせるぐらいなら、流れ的にはありだと思うんじゃ!
だけどじゃ! こんな濃ゆいディープちゅっちゅをさせられ、しかもわしは現世におけるこの体でのファーストちゅっちゅじゃ!
まぁ、わしには前世の記憶もあるし、ちゅっちゅの1つや2つでうろたえることはない!
でも体の自由を奪われ、しかも華殿が破壊的な武威を放出しながらちゅっちゅを強制してくるこの状況は、さすがに怖すぎるんじゃ!
「れろ……んばっ! ちょ……ちょっと待……待って、うた……ぬちょ……い、息が……」
しかし、華殿の舌は止まらん。
およそ1分。わしにとっては途方もなく長い時間華殿はわしの口内を舐め回し、そして犯行は突如終わる。
「はぁはぁ……うた、何を……?」
突然華殿がわしへの拘束を解き、わしはというとなぜかおなごのように両足を横に流しつつ、涙目で華殿を見上げた。
かろうじてその意を問うてみたけど、声も涙声じゃ。
んで問題はその問いに対する華殿の反応な。
「ふーう……」
わしへの乱暴を済ませた後、気の済んだであろう華殿はすぐさま立ち上がり、口の周りについた涎をぬぐいつつも獲物を前にした獣のような目でわしをじっとりと見下ろしてきよる。
いや、獲物を前にというか、すでに獲物を喰ろうた後というか……まぁ、そこらへんはどうでもよいか。
「安心した!」
たった一言。
わしに対する乱暴を謝ることもなく、華殿は満面の笑みでそう言った。