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最終決戦の参

 およそ5分、新幹線の変わり果てた姿に涙しておったあの時のクロノス殿のごとく、わしは心の傷とマジで向き合った。
 周囲に散らばる新鮮な屍たち……伝説の忍び……軒猿……。

 その諜報力を我が手中に収め、ついでに上杉家御用達の軒猿を手に入れたという自己満足にも浸ってみたいと思うておったわしじゃが、その小さな夢を今さっきまさに自分自身の手で木っ端微塵にぶっ壊してしまったのじゃ。
 繊細なわしが心と膝を折って地面に崩れ落ちるのも無理はない。

 でも、あれ? ちょっと待て。
 いろいろとおかしいぞ……?

 何を隠そう、わしは越後の謙信公と懇意の仲じゃ。
 そして上杉景虎である虎之助殿ともマブダチじゃ。

 ではなぜ上杉家お抱えの軒猿がわしらに襲い掛かってきた?

「くそ……」

 それこそ虎之助殿が言っておったな。
 敵味方が入り乱れ、誰が敵で誰が味方に回るかすら容易に判別できない戦場。それが今の京都じゃ。
 それゆえ突如降りかかった対軒猿戦。

 いや、先ほどの戦いも、その原因というか理由というか。そういったものはすでに上杉家に内在しておったと考えられる。
 軒猿の忍びたちが陰陽師の諜報員である時点で、その主たる謙信公との間には盤石な信頼関係などありえないからな。
 というか軒猿の忍びたちは陰陽師勢力の意のままに、これまで上杉の情報を盗み出していたということじゃろう。

 なーにが『誇り高き忍び』じゃ。
 こやつら、主君のことめっちゃ裏切っておるやんけ。

「そういうことならば……くっくっく……そんな輩どもはいらんな……うむ、いらんいらん……ふっふっふ」

 自分の中でなんとか理由付けを済ませ、わしは思考の最後にそう呟きながら笑う。

「光君、どうした?」
「凹んだり笑ったり……気持ち悪いわねェ」
「お? 光君もついに思春期かな? あははッ」

 数秒前まで悔しがっておったので、それを心配してくれていた周りのメンバーから若干の誹謗中傷を受けたけどまぁよい。

「ふーう」

 わしはゆっくりと立ち上がり、上を見ながら深く息を吐く。
 うん。あやつらはただの裏切り者じゃったのじゃ。そうじゃ。そうに違いない。
 と、何度も心の中で繰り返しながら雲一つない初秋の空を見上げ、心を落ち着かせること数秒。

 ……

 ……

「戻ったか?」
「おう」
「くっくっく。光成? お前ってさ。たまにすげぇバカだよな。忍びごとき、どうでもいいだろ?」
「……」

 わしの隣に立っていた三原が悪い顔で笑いながらそう言ってきたけど、相手にする気もない。
 うーん、そうじゃなぁ。新田殿……いつか新田殿に転生術をお願いして、再度軒猿のメンバーを転生してもらおうぞ。
 そしてそれらの人材をわしの懐刀として……よし。これならいける! そやつらに幼き頃からわしに対する忠義の心を植え付け、と同時に情報戦術のイロハを叩き込むことで、陰陽師勢力や頼光殿の出雲勢力に肩を並べるスパイ組織に成長させるのじゃ!

 という光り輝く未来の可能性にも気づいたので、わしの心の回復はわりと順調だったのじゃ。
 そして心の調子が元に戻ったのなら、再度考え込まねばならぬことがある。

 軒猿の奇襲、虎之助殿から一言あってもおかしくはない。ということについて。
 昨夜の電話において、虎之助殿からはなんら不審な様子は感じ取れんかった。むしろ率先して敵側に潜入し、その情報をわしらに渡すという難儀な役目を自ら買ってくれておる。

 ゆえに虎之助に関して、わしからの信頼は揺れてはおらん。
 にもかかわらず、今回の奇襲において虎之助殿からの連絡はなかった。

 なぜじゃ……?

 いや、その理由もうっすらわかる気がする。
 わしの敵として“反三成派”に潜伏しておる虎之助殿。しかしながらこれまでのわしと虎之助殿の関係を知っておる者も、陰陽師勢力には数多くおるはずじゃ。
 つまるところ、あっちはあっちで周囲から疑いの目をかけられ、思うようには動けぬ状況じゃ。

 まぁ、結果としてわしらは無事に対軒猿戦の戦闘を乗り越えられたわけじゃし、虎之助殿からの事前連絡がなかったとしても大きな問題ではない。
 というか虎之助殿からの情報に頼ってばかりもいられないしな。

 よし。ここでもう一度気を引き締めなおそうぞ。

「三原よ?」

 いろいろと考え込み、そして無理矢理自分を納得させ、そしてわしは三原に話しかける。
 実のところ、先ほど広げた武威センサーがさらなる異変を察知しておったのじゃ。

 京都の各所に点在しておる20を超える集団の武威反応。それらのうち、いくつかの集団が対軒猿戦の戦闘開始と時を同じくして、こちらに向かってきておる。
 もちろん、わしらがここにおるという情報が軒猿を経由して反三成派に広まっておるのは当然じゃ。
 ゆえに襲い来るさらなる敵戦力。各々の集団の戦力自体は今のわしらでも普通に迎撃できるレベルじゃが、それが幾重にも襲い来るとなれば話は違う。

 だからこそ、わしはここで1つの事実を確認せねばならぬのじゃ。

「ん?」

 わしの言に、三原がふと返事を返す。
 さっきまでわしのことを笑っておった三原は最初軽い感じで返事を返してきておったのじゃが、わしの表情が少し真剣なものになっておることにすぐさま気づいた。

「どうした、光成? まだ敵が残っているのか? 周囲にそれらしい気配は……」

 当たらずとも遠からず。
 三原はきょろきょろと周りを見渡すが、次に遭遇するであろう最短距離の敵はまだ数キロ離れたところにおる。
 ゆえに少し勘違いさせてしまったことを申し訳なく思いつつ、わしは三原に問いかけた。

「わしらは今、“勢い”に乗っておるか?」

 昨夜三原は言っておった。
 戦は時に“勢い”というものも重要じゃと。
 その言を聞いておるのはわしと吉継のみだったので、わしら以外の他のメンバーは問いの意味が分からん様子で首をかしげておる。
 だけど三原はその問いをしっかりとかみしめるように、一度視線をわしから外して遠くを見つめ、数秒の後に再度視線をわしに戻した。

「あぁ、勢いに乗っている」

 その答えには、周囲のメンバーも深い意味が分からないながらも何となくといった様子でうなづく。
 三原の答えに全員が賛同のようじゃ。もちろん三原本人の表情からも確信めいた意思がうかがえる。

 ふむ。さすればこれは対忍者戦を無事に乗り越えたという今の勢いを尊重せねばなるまい。
 襲い来る敵を駆逐し続け、そして二条城へとなだれ込む。
 今のわしらの戦力ならそれも可能じゃろう。

 ――と思うだろうな。数時間前のわしなら……。

「じゃあ、その勢いを一度……そう、一度自ら抑えなくてはなるまい」

 わしらがここにおる理由。それは戦に勝つためではなく、華殿を救うことにある。
 それを忘れてはならん。
 ゆえに華殿の救出が叶うまで、慎重に慎重を期せねばならぬのじゃ。

 ふっふっふ。一晩たってだいぶ頭が冴えてきたな。
 冴えてきたというよりは“冷静さが戻ってきた”と表現したほうが良いのかもしれん。
 でも、そう……わしはあくまで慎重に。それこそがわしのあるべき姿なのじゃ。

 吉継に言われたからな。くそ、なんか吉継に上手く言いくるめられた感も否めん。
 けどまぁ、吉継がそういうのであればそれが正解なんじゃ。

「どういうこと?」

 しかし、ここでそう問うてきたのはあかねっち殿。この時のわしと三原のわずかなやりとりから話の大筋を把握し、そしてややあやふやな表現で呟いたわしに相槌を打つかのごとく割って入ってくるあたり、頭のキレ具合がかつての兼続と重なる。
 なのでわしは視線をあかねっち殿に移し、その問いに答えることにした。

「今、この場所にいくつかの敵集団が向かってきているんだ。でもそれを相手にしている余裕はないんだよね」
「うんうん。華ちゃんの救出が最優先だからね」
「そう。だからその敵はやり過ごして、一気に敵本拠地を攻める。この方法がいいと思う」
「そうね。じゃあそれ採用で……」

 ちょっと待てぃッ! “採用”ってなんじゃ!? なんで上司目線やねん!!

 などとツッコミを入れようとしたのも束の間。次の瞬間にあかねっち殿は冥界四天王の方に顔を向ける。

「そういうわけだから、これから隠密行動に入るよ? みんな、わかった?」

 そして血気盛んな冥界四天王たちに自重を求めるあかねっち殿……。
 あれ? これさ。わし、リーダーの座を完全に奪われてねぇ……?
 と思ったけど、このタイミングでわしの斜め後ろにおった吉継がわしの左肩に手を置き、何か意味ありげにゆっくりと頷いてきやがった。

 あぁ、うぜぇ。
 これでいいんじゃろ? わかったから。わし、なるべく冷静な立場で物言いするから。
 だからそんな……赤子を見つめる母親のような視線でわしを見るな、吉継よ。

 いや、違った。吉継の野郎、頷いた後にわるーい笑顔でこっちを見やがった。
 これ、リーダーシップをあかねっち殿にとられそうになっているわしをからかってるだけじゃな。こんちくしょう。

「ふん」

 なんかむかついたので、わしをからかっておる吉継の手を軽くいなし、わしは機嫌の悪そうな吐息を短く吐いた。
 その反応を見て吉継の笑みがさらに増したけど、まぁ、相手にするのはよしておこうぞ。

 それよりじゃ。
 敵の接近がなかなかに速い。
 これはそろそろ移動を始めておかねばならぬな。

「みんなァ? とりあえずこの場を離れよう」
「そうだね」
「よし。光君についていけばいいんでしょ?」
「気配は消して。あははッ、隠密行動ってなんかドキドキするね」

 わしの掛け声に各々が答え、そして武威を収める。
 武威を足に集めて跳躍する移動方法はなかなかに目立つから、ここから二条城までは地面をひたすらに進む行軍じゃ。

「よし、行こう」

 そしてわしの再度の掛け声に反応し、皆一斉に走り出す。

 でもじゃ。武威センサーによる索敵機能を持つのはわしのみ。
 ここから二条城までの移動はわしのナビによるものだから、主導権はあくまでわしにある。
 ふっふっふ。さっきあやうくあかねっち殿に負けそうになったけど、リーダーシップを争う戦いでたかが齢15のおなごに負けるほど、戦場におけるわしのアビリティは低くな……

 ――ってわし、めっちゃあかねっち殿と張り合ってるゥ!

 落ち着け! そう、落ち着けわし!
 誰がリーダーだとか、そんな小さなこと考えておる場合ではないのじゃ!

「よし、ここからちょっと迂回する感じで……」

 その時、前方数百メートルの距離まで迫ってきておった最初の敵集団をやり過ごすため、わしは進行方向を変えた。
 ちらりと背後を見れば、皆おとなしくついてきておる。
 気配は抑え……しかしながらその瞳には戦特有のギラギラとした殺気をにじませつつ。

 ふむ。隠密行動となればまれに闘志も収めてしまうことがあるが、そこらへんは十分に理解しつつ、いつでも敵との戦闘に備えている皆のこの感じ――14、15の若い武者たちながらもやはり頼もしい。

 そう認識し、わしはここで左手を軽く上げる。
 そのしぐさを合図とばかりに、背後の皆々が足を止めた。

「じゃ、ちょっとあそこの大岩の裏に隠れよう。あっちの山腹のあたりを敵が通り過ぎるから」

 んでもって皆で大岩の陰に息をひそめ、50メートルほど離れたところを通り過ぎていく敵をやり過ごす。
 こんな感じで山中を移動し、そして京都市街地においてもビルとビルの間や、塀の物陰に隠れたりして進軍を進めた。

 そして時刻が正午を少し過ぎたあたりで、わしらは二条城の近くにたどり着いた。


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