バナー画像 お気に入り登録 応援する

文字の大きさ

第14話 満天の星空の下で

「よ、よろしくお願いしますっ」

 やや……いや、かなり緊張して、明菜が深々とお辞儀をした。
 これから長野へキャンプに出発となる。
 出発は夏輝の家からなので、明菜は夏輝の最寄り駅まで来て、そこで合流した。そして、夏輝の両親と初めて顔を合わせたのである。

「こちらこそよろしく。しかしこんな可愛らしいお嬢さんだとは思わなかった。夏輝も隅に置けないね」
「ホントねぇ。どうやって仲良くなったのか……」

 明菜の前にいるのは夏輝の父である秋名達季(たつき)と、母である秋名春香(はるか)だ。年齢は共に四十半ば。
 夫婦で写真家としてそれなりに成功しており、写真集などもよく出版している。
 夏輝も両親の写真は好きだ。

 中学生の時、人間関係に悩んで落ち込んだ夏輝を暖かく見守り、過剰に接することなく、それでも支えてほしい時に支えてくれるなどしてくれて、少なくとも沈みきるような事態にならなかったのも、感謝している。
 普段いないくせに、いつも見てくれているような――そんな両親だ。

 が。

 その息子が彼女(候補)を連れてくるとものすごい勢いで構ってくるのは予想できなかった。
 車は大型のミニバン――両親が撮影機材などを運ぶのに都合がいいからだ――で、運転は父、助手席に母で二列目に夏輝と明菜が乗る。
 だが、出発してからこっち、明菜の前の母がひたすら質問し続けていた。

「母さん、そのくらいにしてくれ。明菜さんが困ってる。最初にも言ったけど、同じ天文同好会の仲間ではあるけど、付き合ってるとかじゃないんだから」

 先ほどから母の質問は夏輝のどこがいいのかだの、夏輝の気になるところがあるかなどそんなのばかりを、しかもマシンガントークでしている。
 いつもはむしろ会話をリードする明菜だが、さすがにこれには対抗できないのか、圧倒されているようだ。

「あら。だって私、本当は女の子欲しかったのに男の子二人だったから、嬉しくて。それにしても、名前で呼び合う仲なのね」
「いや、これは事情がある。彼女と俺の名前が紛らわしすぎて、クラス全員が俺たちを名前で呼ぶことになってるんだ」
「……確かにすごい偶然ねぇ。あ、でもそれなら明菜ちゃん、私たちも名前で呼んでね。みんな『あきな』になっちゃうから。それとも『お母さん』でもいいわよ?」
「い、いえそれは……。えっと……春香さん、で」
「あら残念。でもなんか娘みたいで嬉しいわ~」

 そろそろ止まってほしい。
 というか、まだ父の方が落ち着いているから、早く運転を交替するポイントまで到着してほしい。
 運転を替わったからといっておとなしくなる保証はないが。

 さすがに高速に入って一時間ほどすると、母も少しは落ち着いた……というより眠くなったのかおとなしくなってくれた。
 明菜を見ると、疲れた、とまでは言わないまでも、圧倒されていたのか少しだけ安堵したようにも見える。

「ごめん、母さんがこういうキャラクターだってのは俺も知らなかった。大丈夫?」
「う、うん。大丈夫。うちのお母さんもこういう感じだから。……そのうち覚悟してね」

 何をだろう、と思ってしまう。正しくは、意味を理解しようとするとおそらく顔が真っ赤になるだろうから、夏輝はとりあえず現時点では理解することを放棄した。

「それにしてもお母さんが春で、夏輝君が夏、苗字が秋。あと冬があれば春夏秋冬揃うね。なんか面白い」
「いや、揃ってる。兄さんの名前、冬に也と書いて冬也(とうや)なんだ。予想できると思うけど、冬生まれ」

 そして夏に生まれたから夏輝。何とも安直な名前だ。
 ちなみに母は春生まれではない。

「すごいね。じゃあお父さんだけが違うの?」
「ともいえない。父さんの字、こう書くんだ」

 スマホで示した『達()』という文字に、明菜は目を丸くした。

「四季一家だね、ホントに」
「まあ、これも単独だと分からないことなんだけど、家族揃うとね」
「私たちと一緒だね」
「確かに」

 車はさらに一時間ほど走ると大きめのサービスエリアに入って、ここで昼食休みとなった。
 その後運転手が交替して目的地に向かう。
 その助手席の父が明菜に話しかけてきた。

「明菜さんは御両親が海外ということだけど、どちらに?」
「はい。外資系の会社で働いていて、今はアメリカです」
「それまでは海外に?」
「あ、いえ。小学生の小さい頃はアメリカにいましたが、以後は日本です。父は単身赴任していたのですが、私が高校に進んでから母もついていって。たまに帰国してくれますが……今年は正月に。あと、今月、夏休み後半に帰ってきてくれる予定です」
「そうか。まあうちは放任だからなぁ。夏輝が家事全部出来てくれるから助かっている」
「それに任せっきりになって何カ月も帰ってこないのはどうかとは思うんだけどね」
「ははは。でも夏輝も冬也もまっすぐいい子に育ってくれたから、父さんは嬉しいよ」
「とまあ、こんな感じの放任放蕩親です、うちは」
「放蕩親ってのはひどくないー、夏輝君」

 運転中の母が割り込んでくる。
 明菜は我慢できなかったようで、しばらく笑いが止まらなくなっていた。

 車はさらに高速を二時間余り走った後、高速を下りて幹線道路をしばらく走り、やがて森に囲まれた県道に入っていく。
 そのあたりで窓を開けると、空気が冷たく感じた。
 もうかなり標高が高いのだろう。

「わぁ……夏とは思えない涼しさだね」
「うん。それに空気もきれいそうだ。天気もいいし、期待できるかな」

 天気予報では、しばらく晴天が続く見込みだ。
 山の天気は変わりやすいというのは周知なので確実とは言えないが、二泊三日の予定の中で、全く星空が見えない、という事はないと思う。

「着いた。ここだよ」

 車が止まったのは、大きなやや古い感じの建物の前だった。
 特に看板などは出ていない。
 丘の上めいた場所で、高い木々もあまりなく、周囲は開けている。

「ある種秘境扱いされてる温泉なんだけど、ここからちょっと行ったところがキャンプもできる場所になってるんだ。水やトイレはそっちにもあるし、電気も通ってる」

 かなり至れり尽くせりという気がする。
 本当に穴場だ。
 何より、周囲が高い山や木々で囲まれてないこの場所は、天体観測には絶好の環境だ。

「さて、ここからは歩いて荷物持って行かないとね。父さんは手続きしてくるから、母さん、案内してあげて」
「はいはーい」
「二人は初めてじゃない感じだよね?」
「そうね。ここは何回か来てるわ。前に冬也連れてきたことあるわよ。彼女と一緒に」
「へ?」

 そんな記憶はない。
 いくら兄の彼女が一緒とはいえ、自分一人置いて行かれたようなことはなかったはずだが。

「ほら、貴方が夏休みにおじいちゃんの家に行ったことあったでしょ。あの時よ」
「ああ……」

 祖父は夏輝が中学一年くらいまでは近所に住んでいたが、その後田舎に行ってしまった。
 そこは星がきれいなので、中三の夏休みの間、居座ったことがある。
 その時に兄はここに来ていたのか。

「で、こんどは夏輝が彼女連れてくるんだから、ここはそういう場所なのかしらね」
「だからまだ彼女じゃないって……」
「私も付き合ってる時に、初めて父さんに連れてきてもらったのよ、ここ」

 秋名家の伝統なんだろうか、と思ってしまう。
 ただそれなら、いつか二人だけで……と考えてまだ付き合ってないのに何を、と浮かびかかった考えを放り出すべく頭をぶんぶん振り回した。

「夏輝君どうしたの?」
「な、何でもない。あ、それは重いから持つよ。こっちお願い」
「あ、うん。ありがと」

 少し歩いたところにあるキャンプ場は、他に人はいないようだった。
 プライベートとは聞いていたが、本当に独占状態である。

 とりあえずテントを張り始める。
 今回に関しては男性用、女性用で二つだ。
 さすがに明菜と同じテントとなると、夏輝も理性が保てる自信はない。
 そもそも、観測会も最近は結構理性総動員でなければもちそうにないのだ。
 泊まり込みまでしたのは最初のこと座流星群の時だけで、以後は八時過ぎには帰っているが、いずれまたやるとしたら――今度は賢太を無理にでも巻き込むしかない気がする。

 途中で合流した父も協力してテントを張り終えたら、早速夕食の準備に取り掛かる。
 定番だが今日はバーベキューだ。
 ちなみにテントに泊まるのは今日だけで、明日は先ほどの温泉施設に泊まるらしい。
 まだ少し時間があるので、二人はその間に流星群を見るのにいいポイントを探すべく周囲を歩いて、一時間ほどで戻ってきた。

 戻ってくると、もうバーベキューの準備が始まっている。
 両親はさすがに慣れた手際で、夏輝も明菜もほとんど手伝う必要さえなかった。
 炭に点火するのは結構難しいと聞いたことがあったのだが、あっさりとやってしまっている。

 そうしている間に日は暮れていき、太陽が山の稜線の向こう側に消える。
 時刻は七時少し前。
 流星群が見え始めるのは九時過ぎからだ。

「うわぁ……星、凄い」

 明菜の声に空を見上げると――文字通り雲一つない空に無数の星々がその姿を現し始めていた。
 まだ西の空がわずかに明るいにも関わらず、東の空はすでに星々が無数にきらめいている。
 都会とは全く違う星空だ。

「今日は特にいいね。少し前に雨が降ったらしいから、それで大気の塵もなくなっているんだろう」

 父の言葉に、夏輝は天気のめぐりあわせに感謝した。
 確かに雨の後の星はきれいに見えるという。
 今回は本当に運よく、好条件が重なってくれているらしい。

「さて、先にご飯にしよう。その後は二人は……このキャンプ場内なら、安全だからどこに行ってもいいよ」
「と、あと……さすがにこういう場所だと、ケーキってわけにはいかないけど。夏輝、明菜ちゃん。お誕生日、おめでとう」

 母親の言葉に、二人は思わず顔を見合せた。

「あ、そうだった」
「なんか……忘れてたね」

 今日が八月十三日だった。
 もちろん覚えてはいたのだが、出発してからは旅行のことで頭がいっぱいですっかり忘れていた。
 実は明菜へのプレゼントは用意はしてあるのだが――少なくとも今渡すのはさすがに恥ずかしい。

「ホントはプレゼント、と行きたいんだけどまあそれは戻ってからで」
「俺はいいよ。この星空で十分すぎる」
「私もです。なんかこれ以上って、無理な気がします」

 二人で空を見上げる。
 刻一刻と夜に向かうごとに、星々の輝きが増えていく。
 それはまるで、星の絨毯が拡がっていくようであった。
 少なくとも、両親からもらうプレゼントはこれで十分すぎる。

「すごく、きれい」
「……うん」

 夏輝と明菜は、自然に手をつないでいた。
 それを両親は嬉しそうに見ていたが――それに二人が気付くことはなかった。

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

「美味しかったね、ごはん」
「ちょっと……食べ過ぎた、かも」
「大丈夫?」
「多分」

 少しお腹をさする。
 二人は今、大きな岩の上に座っていた。
 そろそろ、流星群が見え始める時間帯なのだ。

 両親が片付けは任せてくれていい、と言ってくれたので、二人は光源から離れたところまで移動してきた。
 スマホや念のためのライトは持ってきているが、今はそれらも点灯していない。

 本当は、家から持ってきている天体望遠鏡で色々見ようかと思っていたのだが、この星空は望遠鏡越しではなく直接見る方がいいと思ってここには持ってきていない。
 幸い、二人とも視力はとてもいい。

「すごいね……本当に降ってきそう」
「俺も今まであちこち行ったことあるけど、これだけきれいなのは、ちょっと記憶にないな……」

 そのあまりの美しさは、もはや言葉にできないほどだ。
 もっとも、同じような空は――かつても見たことは多分ある。
 ただ、その時より今の方がきれいだと断言できるのは――自分一人ではないからだろう。
 隣にいる明菜の存在が、星をさらに美しく見せてくれている、と思える。

 そう思ってふと隣の明菜を見ると――明菜もまた、夏輝を見ていた。

「夏輝君、星、見ないの?」
「……いや、見てる、けど」

 明菜の瞳にも、わずかに星空が映っている。
 それがとてもきれいに思えた。

「……ちょっとだけ、星が見えなくなっていい?」
「え」

 夏輝が確認するより先に、明菜の顔が近づき――夏輝の視界を埋める。
 何をしてくるか、という理解と期待がないまぜになり――夏輝は目を閉じた。
 唇に、柔らかい感触が触れる。

 それはほんの一瞬のようでもあり、永遠のようにも思えた。

 二人の顔が離れる。
 この時間、月はまだ登っていなくて星明りだけなのだが、それでもわかるほど、明菜の顔は真っ赤だった。
 ただ、それは自分も同じだろう。

「……よかったのか、俺で」
「今更だね。それに、二回目だし」
「へ?」
「覚えてないかな、膝枕の時」

 記憶をたどる。
 膝枕をされて、あの時はうっかり明菜の前で眠ってしまった。
 その、眠る直前の感覚が――思い出される。
 夢だと思っていたが――現実だったらしい。

「あ」

 同時にあの時のやり取りが思い出され、一気に顔が紅潮したのが分かる。

「えへへ。なのでこれは、セカンドキスなのです」

 明菜がはにかむ様に笑う。
 それがあまりに愛おしくて、夏輝は明菜の肩に手を添えて彼女を正面から見つめた。

「今更かもしれないけど――俺と、付き合ってくれるか?」
「――うん」

 明菜はそのまま夏輝に顔を寄せて――再び二人の影が重なる。
 今度は先ほどより長いと思えたが、それに比例して愛おしさが溢れてきそうだ。
 再び離れた明菜の顔は明らかに真っ赤でありながら、とても嬉しそうだった。
 
「ね。きーくん、って呼んでいい?」
「へ?」
「『夏輝君』だと、クラスのみんなと同じで特別感ないし。呼び捨てはなんか違うなぁって。だから、きーくん」
「……みーちゃんと同じつけ方か」
「そ。ダメ?」
「それはいいが……もしかしなくても、俺も変えないとダメか?」
「きーくんはもう決まってるよ。他人行儀なさん付けしなければおっけー。男子でさん付けしないのを許すのはきーくんだけだから。それとも合わせて、なーちゃんにする? あきちゃんとかあーちゃんでもいいけど」

 頭の中で反芻してみるが、どれもあまりにもハードルが高い気がした。
 あえて比較するなら、さすがにさん付けをやめる方がマシだとは思える。
 ただ、クラスメイトの前でそう呼ぶのは、その後が怖すぎるが――。

「……まだ、さん付けなし、かなぁ……」
「じゃ、決まりね。今後さん付けしたら私、不機嫌になるからね」
「不機嫌になると……どうなるんだ」

 怖いもの見たさで聞いてみる。

「んー」

 明菜はそれこそ小悪魔的と表現できるような悪戯(いたずら)っ気たっぷりの笑みを浮かべて。

「きーくんに抱き着いて離しません」

 言うと同時に夏輝に抱き着いてきた。

「ちょ、明菜さん!?」
「ほら、さん付け。ほらほらー。離さないぞー」
「わ、わかった、わかったから、離してくれ、明菜」

 満足したのか、明菜は夏輝を解放した。
 山の上で風は涼しいとはいえ、夏なのでそれなりに暑さも感じるため、今の明菜はTシャツ一枚でその下はもう下着である。
 そんな彼女に抱き着かれて平静を保つのは、不可能に近い。

 明菜はなおもくすくすと笑っていた。
 その時。

「あ、流れた!」
「俺も見えた。すごいな、二つ一気に来た」
「すごいね。やっぱ学校より、ずっときれい」

 その後観察を続けていると、本当に次々と星が流れる。
 流星群の発生する高さは時間を追うごとにだんだん高くなり、首を上げているのに疲れた二人は、岩の上に寝転がっていた。

「すごいね……こんなにたくさん見れるなんて」
「うん、去年はバイトやってたから、これは見れなかったんだよな。でも、こんなすごいとは思わなかった」
「きーくん、連れてきてくれてありがとね」
「連れてきたのは俺じゃないけどな……でもそのうち、今度は明菜と二人だけで来たいな」
「うん、楽しみにしてる」

 来年は受験のことを考えるとさすがに難しい。
 ただ、その先、大学生になればきっと二人だけで出かけることもできるだろう。
 その時まで今の関係が続いていることを夏輝は疑問に思わなかったし、それは明菜も同じ気持ちだと確信できた。
 そう思えることが、嬉しい。

「あと、そうだ。なんか今更という気もするけど」

 夏輝は一度身体を起こすと、持っていたボディバッグからきれいに包装された包みを取り出した。

「お誕生日おめでとう、明菜」
「え。持ってきてたんだ」
「うん、まあやっぱり当日に渡したくて」

 明菜は嬉しそうに受け取る。掌より少し大きな、直方体だ。

「開けてもいい?」
「どうぞ。気に入ってもらえると嬉しいけど」

 開いた箱から出て来たのは――ほぼ同じ大きさの箱状のもの。

「これ……小物入れ……違う、オルゴール?」
「当たり。底にゼンマイを回すネジがついてる」

 言われて、明菜はネジを回す。
 鮮やかな旋律で音楽が流れだした。

「あ、これ、私の好きな曲……でも、きーくんに言ったことあったっけ?」
「さすがに選曲は悩んでね……賢太に協力してもらった」
「あ、もしかしてみーちゃんに?」

 夏輝は頷いた。
 さすがにこの選曲は、夏輝では思いつかなかった。
 自分たちが生まれるよりもはるか以前の、星を見上げて幸せを祈る、緩やかなメロディーの曲。
 あまりに有名なため、夏輝も曲は知っている。

「ありがと。すごく嬉しい。大切にするね」

 そういうと、明菜も持っていた手提げバッグから袋を取り出した。

「これ……俺に?」
「うん。考えること、一緒だったね」

 受け取ると、明菜が頷いてくれたので包みを開く。
 出て来たのは、少し変わった形のマグカップだ。
 すべて木でできていて、つなぎ目がないので一つの木材を彫って作ったものだとはわかるが、夏輝は見たことがない。

「ククサっていって、北欧の工芸品。白樺のこぶ(・・)をくりぬいて作ったものでね。『贈った人も贈られた人も幸せになる』って云われてるの」
「……ありがとう。本当に嬉しいよ」

 このプレゼントにどれだけの想いが込められているのか。
 これ以上ないほどに伝わってくる気がした。

 もう一度、明菜を抱きしめる。
 明菜もまた、夏輝の背に回した腕に力を込めた
 夜が深くなってきて少し冷えるが――お互いの温もりが気持ちいい。

「それにしても、なんだけどさ」

 明菜が抱き合ったまま、思い出したように呟く。

「この先一緒になったら、その時ちょっと……面倒というか面白そうだよね」
「面白そう?」
「名前」
「……ああ……確かに」

 離れた二人は、どちらともなく笑った。

 一緒になる――つまり結婚した時。
 現在の法制度では、どちらかに姓を合わせなければならない。
 しかし二人の場合、明菜が『アキナアキナ』になるか、夏輝が『ナツキナツキ』になってしまう。
 何の冗談だ、と思えるが――仕方がない。
 ただ、そこまですぐ考えてくれるということが――同じ未来を見てくれているということが――夏輝には嬉しかった。

 もう一度、手をつないだまま横になって、星空を見上げる。

「まあ、その時に考えるか」
「楽しそうだよね」
「確かに。どちらにせよ、一発で覚えてもらえそうだな」
「そだね。じゃ、その時まで……ううん、その先もずっとよろしくね、きーくん」
「こちらこそよろしく、明菜。しかしその呼び方、クラスメイトの前でもする……んだよな」
「もちろん。二学期から頑張ってね、きーくん」

 二学期からのことを考えると、ほんの少しだけ気が重くなりつつ――。
 それでもきっと、楽しいことの方がずっと多いに違いない。
 そしてそれは、これからずっとそうなのだろう。
 この、遥か昔から変わらぬ星空のように。

 その未来を――夏輝も明菜も、強く願い、そして信じていた。

しおり