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13話 取り戻した自信

 支部が増えるたび、パッチワークによる神様の布絵を制作しているが、これまで全てターラの実家であるドルジェ子爵家からの寄贈で賄っていた。

 今や、父ではなく弟ビクラムが当主になっているが、それでも変わらずターラの発案による活動を支援してくれている。

 だが、今後も末長くパッチワーク制作を継続していくには、一貴族の経済力に頼り切りではいけない。

 現在のドルジェ子爵家は、商才に恵まれた当主が続き資産家だが、子々孫々ずっとそうだとも限らないし、ターラとの繋がりが薄くなれば、いずれ支援を取り止めるかもしれない。



 そんな未来を見据えて、ターラは新たな構想を練る。

 思いついたのは、ドルジェ子爵家以外の富裕層から、寄付を募ることだった。

 今も、まったく神殿への寄付がないわけではないのだ。

 もっと神様への信仰が深まり、寄付をして良かったと思ってもらえるような方法があればいい。

 

(寄付は善意の表れで、見返りを求める行為ではないけれど、それでも支援をした成果が目に見えたら、嬉しいのではないかしら?)



 ターラは自分に置き換えて考える。

 

(遠くの支部に新たな布絵が掲げられました、という報告で終わるのではなく、何かこう、手元に形として残る記念のようなものがあれば……)

 

 ターラだったら何を喜ぶだろうか。

 そして――閃いた。

 一定額の寄付をしてくれた人へ、家にも飾れるサイズのパッチワーク布絵を贈呈するのはどうだろう。

 これまでは神殿や支部に赴かなければ見ることが出来なかった神様の姿を、小さいとはいえ家の中に掲げられるようになるのだ。

 もしもターラが聖女ではなく、あのステンドグラスを毎日眺められない立場であれば、絶対に欲しいと思う品だ。

 

 ターラは久しぶりの思いつきに興奮して、急ぎ足で神殿長の部屋を訪れた。

 そして早口でまくしたててしまい、神殿長から水を差しだされたところで、しゃべり過ぎたと反省して口を閉じた。



「いやはや、これが聖女さまの突撃ですか。先代の神殿長の言った通りでしたね」



 決してターラを責めはせず、人好きのする顔で神殿長は笑う。



「気が逸り過ぎました」



 差し出された水で、ありがたく喉を潤し、ターラは心持ちゆっくりと続きを話した。



「小さいパッチワーク布絵は、これまでのパッチワーク制作で出た余り布を活用するため、初期投資は必要ありません。大きな作業場でなくても扱えるし、数人がかりで裁縫するような難しさもなく、パッチワークを習いたての人でもやりやすいでしょう」

「いいことだらけ、というわけですね。これを採用しない手はないでしょう」

 

 パッチワークの布絵は、ステンドグラスと違って、どうしても経年で傷み劣化する。

 いつか神殿に掲げられている大きな神様の布絵も、修繕が必要になるだろう。

 その時のために、寄付はいくらあってもいい、というのが神殿長の意見だった。



 またひとつ、神様のために役に立てそうだ。

 そんな喜びの気持ちのまま、ターラはビクラムに手紙を書いた。

 これまで支援してくれたことへの感謝と、これからはこんな方法で寄付を募ることになったと。

 ターラを慕うビクラムからは、素晴らしい発案であると褒め称える返事がすぐに届いた。



『富裕層を相手にするなら、贈呈する布絵の隅に、当年を表す数字を目立つように刺繍するといいでしょう。たいていのお金持ちは収集癖があるので、違う年版の布絵欲しさに、きっと毎年寄付をしてきますよ。見栄を気にする貴族ならなおのこと、どれだけその布絵を家に飾っているかで、裕福さを暗に示すことが出来ますからね』



 手紙の最後の方に、添えるように書かれていた商魂たくましいビクラムの案に、ドルジェ子爵家の資産はしばらく安泰そうだとターラは思った。



 ◇◆◇



 ステンドグラスの絵を簡略化して、小さなパッチワークに適した図案にし、試作をしたり改良したりと、ターラの毎日はまた忙しくなった。

 思春期のシャンティにイライラをぶつけられ、すっかり参っていたターラだったが、新たな目標が出来て元気を取り戻した。

 早朝の森の見回りでも、神様の役に立つ活動をしているという自信からか、堂々としていられる。

 笑顔が多くなったターラに、神様も嬉しそうだ。



「いろいろなターラを見たいと思っていたが、泣いているターラを見るのは苦しいと分かった。だからもう泣くな」



 もっと笑えと頬をつついてくる神様に、ターラは胸がきゅっと痛くなるのを止められない。

 聖女として、神様に恋をするのはあるまじきことだと分かっていても、この気持ちを消せそうにない。

 消せないのだったら、徹底的に隠し通すしかない。

 しかし、神様はターラが大泣きしてしまったあの日から、接触過多になってしまった。

 何がなくとも、常にその腕の中にターラを囲いたがるのだ。

 

「ターラがここにいると落ち着く」



 そんな理由で腕を回されてしまっては、ターラの顔は赤くなるしかない。

 隠し通しているとは言えないターラだが、神様が男女の機微に疎いから助けられている。

 少しの間だけ、そう言い訳をして、ターラは大人しく神様の腕の中に囲われる。

 誰にも邪魔されない、そんな優しい日々がしばらく続いた。

 

 ◇◆◇



 ダンダンダン!



 真夜中に祈りの間の扉が、荒々しく叩かれる。

 こんなことは初めてで、ターラは驚いて飛び起きた。

 一体、こんな時間に誰が訪ねてきたのか。

 神様に見られてからは、厚めの生地の寝間着にしているターラだったが、それでもガウンをしっかり羽織って外へ向かう。

 入口の外に立っていたのは、ランプの灯りだけでも青ざめていると分かる神殿長だった。



「神殿長? どうしたのですか?」

「大変です。シャンティが神の森に侵入しました」

「え……?」



 神の森は聖女以外侵入禁止だと、10歳のときには理解していたシャンティ。

 それが、もうすぐ成人しようとする今、どうして――。



「神殿長、詳しい話を聞かせてください」

「神殿の中でも、この話を知っている者は数名です。私の部屋で話をするのは危険なので、中に入れてもらってもいいでしょうか?」

 

 ターラは神殿長を祈りの間の居室へ招き入れ、椅子にかけるよう勧めた。

 そして顔色が悪い神殿長のために、ぬるい白湯を差し出す。

 神殿長はありがたく白湯を受け取り、ごくりごくりと半分ほど飲み干した。

 ふうと一息つくと、肩を落とした神殿長は、シャンティが起こした事件を話し始めた。

 

「神殿の見回りをしている者が、夜更けに外から帰ってきたシャンティを見つけました。そのときの恰好がおかしかったので、シャンティを呼び止めたのです」

「そもそも夜更けに外から帰ってくる、という事態がおかしいですよね」

「それが……見回りをしている者によると、シャンティはこれまでにも何度か夕方に神殿を抜け出し、学習の会で仲良くなった友だちと外で会っていたようです。神殿に仕える者と違ってシャンティの立場は孤児なので、規律についてはあまり厳しく問わなかったみたいですね」

 

 シャンティが独り立ちするまでは、神殿中が親代わりとなって、見守ろうということになっていた。

 見回りをしている者も、シャンティに息抜きをさせてやりたくて、立場を理由に目こぼしをしていたのかもしれない。

 

「それでは、呼び止めたくなるほどのシャンティの恰好というのは?」

「外套から素足が出ていたので、襲われたのかと心配して声をかけたと言っていました。それに対してシャンティがなんと答えたと思いますか?」



 ここで神殿長は頭が痛いとばかりに、片手で顔を覆った。

 

「神の森に行ったと答えたのですか?」

「それならまだ良かったのですよ。よりにもよってシャンティは、神様と将来を誓い合った恋人同士になったとうそぶいたのです」

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