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12話 早過ぎる招待状

 手紙を読んだきり、黙ってしまったファビオラをアダンが心配する。



「お姉さま、大丈夫ですか? なんだか顔色が良くないですが……」

「っ……!」



 話しかけられて、ファビオラはハッと覚醒した。

 

(しっかりしなくちゃ! お茶会の時期がずれようと、私は王太子殿下に会ってはいけないのよ)

 

 早逝した双子の妹ラモナに似たファビオラの銀髪へ、レオナルドは異様な執着心を見せる。

 その片鱗は、初めて顔を合わせた、お茶会のときから現れていた。

 

(少女だった頃のように、この銀髪を朱金色に変えられたらいいのに。在学中の染髪は校則で禁止されているから……)



 それならばファビオラは、レオナルドから逃げ続けるしかない。



「お茶会への招待状だったけれど、旅と日にちが被っているし、お断りするわ」



 すぱっと言い切ったファビオラに、家令が驚く。



「旦那さまに相談しなくて、大丈夫ですか? 王家主催のお茶会でしたら、旅程を変更してでも出席した方が――」

「今の私にとって、この旅よりも大切なものはないの。だから参加しないわ」

 

 理由はまだ分からないが、ファビオラがレオナルドを避けているのを、アダンは知っている。

 だからアダンも、ファビオラの肩を持った。



「不参加の意志は、ボクからお父さまへ伝えておきます。それよりもお姉さま、急がないとルビー嬢が待っているのでしょう?」

「そうだったわ、フーゴ男爵邸へ迎えに行く時間よ」



 ファビオラとモニカは、荷物を積んだ馬車とは別の馬車へ乗り込む。

 アダンと家令が、その出発を並んで見送った。



「お姉さま、お気をつけて。旅の無事をお祈りしています」

「ありがとう、アダン。お土産を買ってくるわね!」



 大きく手を振り、ファビオラはグラナド侯爵邸を後にした。

 馬車が見えなくなってから、こっそりと家令がアダンに耳打ちしてくる。



「坊ちゃま、本当によろしいんでしょうか? このお茶会で、レオナルド殿下が将来の王太子妃を見初める可能性も――」

「あるだろうね。だからこそ、お姉さまを参加させられないよ。今は商会を立ち上げることに、奮闘されているから」



 その邪魔をするのならば、レオナルドだって排除する。

 不敬になるから、その言葉は飲み込んだが、アダンは心底そう思っていた。

 

(レオナルド殿下はあれから何度も、ボクに声をかけてきた。その目的は――お姉さまだ)



 最初にレオナルドとの接点を持ったのは2年前、アダンが学校へ入学した年だった。

 王太子という身分高いレオナルドに呼び止められ、浮足立ったのは否定できない。

 そして赤味を帯びたレオナルドの髪色に、もしかして? という思いも抱いた。



(だけど、お姉さまの反応から鑑みるに、レオナルド殿下はあの男の子ではない)



 だったらレオナルドを、ファビオラに近づける必要はない。

 そう考えたアダンは、長期休暇の前や試験の合間を狙って声をかけてきたレオナルドを、ことごとく跳ね除け追い返した。

 それはファビオラにとって僥倖だった。



(丁重とは言え何度も断っているのに、嫌な顔ひとつせずにまた誘ってくるあの精神力――さすが王太子殿下、ただ者ではない)



 アダンは諦めの悪いレオナルドに感心する。

 

(しかし、それだけお姉さまに興味があると言うことだ。もしかしてお姉さまはすでに、レオナルド殿下に見初められているんじゃないか?)



 あり得る、とアダンは考えた。

 姉贔屓の激しいアダンにとって、ファビオラ以上の女性は存在しないからだ。



(もし、お姉さまが旅へ出ずに、お茶会へ参加していたならば、そこでレオナルド殿下の婚約者に内定していただろう)



 たらればの話ではあるが、アダンはふるふると首を横に振る。

 いくらレオナルドがファビオラを好ましく想おうと、それは駄目だ。



(気がついていないかもしれないけれど、お姉さまはずっとあの男の子を慕っている。きっと、お姉さまにとっての初恋なんだ)



 ならば、アダンのすることはひとつだ。

 ぐっと拳を握りしめ、決意表明をする。



「微力ながら、ボクも応援します。お姉さまとあの男の子が出会うまで、なんとしてでもレオナルド殿下を遠ざけてみせます」



 しかし今回のように、正式に招待状を送ってこられては難しい。

 さすがに何度も断り続けると、グラナド侯爵家の印象が悪くなるだろう。



(そこは、お父さまに頑張ってもらうしかない。お姉さまが嫌がっていると伝えれば、きっとなんとかしてくださるはずだ)



 父トマスは国王ダビドの親友で、母パトリシアは王妃ペネロペの親友だ。

 お互いに年が近く、仲良くなったのは学校生活を通してだったと言う。



(学校を卒業後、お父さまもお母さまも、一臣下として線を引いているから、王家とは距離があるように見えるけれど――)



 トマスとパトリシアが、ファビオラを王太子妃にしようと思えば、決して不可能ではないのだ。

 だが、それをしていないということは、望んでいないということ。



(お父さまとお母さまは政略結婚だけど、相手を尊重し、想い合っているように見える。後継者であるボクは仕方がないとしても、お姉さまには好きな人と結婚できる道を、残してくれているんじゃないだろうか)



 多忙な両親の愛情は見えにくいが、ないわけではない。

 それを知るアダンは、ふっと口元を緩めた。



(もしも無理やり、お姉さまがレオナルド殿下に娶られそうになったら、真っ先に暴れるのはお母さまかな? それともお父さまかな?)



 その両方ともが想像できたから、アダンは噴き出して笑った。

 

 ◇◆◇◆



「いよいよだわァ! このお茶会で、きっとレオさまの婚約者が決まるのよォ!」



 招待状を胸に抱き、飛び回ってはしゃぐエバの甲高い声に、使用人たちが体をビクつかせる。

 気分屋のエバは、沸き起こる感情に任せて行動しがちだ。

 機嫌がいいときと悪いときは、最も当たり散らされると、みんな身をもって学んでいた。



「新調したドレスを並べて! それに合わせた宝飾品と靴もよ!」



 すでに夜更けだが、これからエバの衣装選びが始まるらしい。

 きっと徹夜になると、使用人たちの暗い顔が物語っていた。



「晴れだった場合と曇りだった場合、そして雨で室内開催になった場合の、三通りを考えなくちゃ!」



 ぞくぞくと並べられるドレスたちは、どれも一度も袖を通されたことがない。

 エバは月に何着もオーダーするので、着るのが間に合っていないのだ。



「レオさまは、銀色がお好きなのよねェ」



 何着かある銀色のドレスが、さっとエバの前に用意される。

 ここで遅れようものなら、容赦なく物を投げつけられるだろう。

 

「う~ん、どれがいいかしらァ? イラつくけれど、最もラモナの髪色に近いのはコレね」



 それは水面に反射する光を集めて作ったような、光沢のあるドレスだった。

 

「こうしたドレス選びも、レオさまの情報をより多く持っている私が有利なのよォ」



 くふふ、と含み笑う。

 そんなエバの一挙手一投足を、使用人たちは警戒している。



「お茶会の席でレオさまに不敬を働く下賤な女がいたら、容赦なく排除しなくちゃ。そうねェ、どんな手を使おうかしら?」



 これまで退学に追い込んだ令嬢たちは、学校内だったり、その帰り道だったり、人けのないのを見計らって影に襲撃させた。

 しかし、王城は警備の眼が厳しい。

 大勢が集まる場で秘密裏に何かを行うのは、難しいかもしれない。

 

「ちょっと、考えを聞かせなさい!」



 エバが唐突に尋ねる。

 周囲にいた使用人たちは、誰が答えればいいのか分からず、互いを見合いオロオロし始めた。



「茶に薬を盛るのがいいでしょう。まとめて数人、退席させられます」



 すると、どこからともなく現れた黒いローブをまとった男が、エバの隣に立っていた。

 得体の知れない男の登場に、使用人たちは驚いて後ずさる。

 しかしエバはどこ吹く風だ。



「それってェ、どんな薬?」

「気分が悪くなる薬はいかがですか?」

「駄目よ、気分が悪くなるだけじゃ。あいつらは厚かましいんだからァ。これ幸いと、いつまでも王城で寝そべってるかもしれないわ!」

 

 エバの機嫌が悪くなる。

 使用人たちは息を飲み、すくみ上った。



「それでは、腹下しの薬はどうでしょう? 飲めば手洗いから、戻ってこられなくなります」

「いいわねェ! うっかり漏らすほど、盛ってやりなさい!」



 手洗いに駆け込むのが間に合わない令嬢の姿が見たいわァ、と手を叩きエバが笑う。

 とんでもない内容だが、男は冷静に頷き返した。



「かしこまりました。すべては、エバさまの仰せの通りに」

 

 一礼をすると、音もなく男の姿は消えた。

 神様の御使いの一族とされる王家の血へ忠誠を誓う影にとって、王妹の娘エバの命令は絶対だ。

 その正邪など、問題にならない。



「ますます楽しみになってきたわ! さあ、次のドレスを選ぶわよォ!」



 こうしてエバは鼻歌交じりで、朝まで使用人をこき使った。

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