決戦の陸
ふーう……ふーう……
もう一回。
ふーう……ふーう……
心を落ち着かせよう。
心を落ち着かせ……そして今のこの状況をしっかり把握するんじゃ。
まずなぜここに寺川殿がおるのか?
新幹線や飛行機などの交通手段は寸断されておる状況じゃ。
じゃあなにか? まさか車で来たと申すか?
でも寺川殿の運転技術じゃどうあがいてもここまで来れないし、そもそも寺川殿の車は軽自動車じゃ。
4人乗りの軽自動車に6人も乗るのは……いや、確か道路交通法ではわっぱ3人で大人2人という計算だから、人数的に……いや、無理じゃ。
じゃあまさか7~8人乗りの自動車などをレンタルし……えぇーい! そこはどうでもいいんじゃ!
なぜ寺川殿がこの5人を率いておる?
そりゃまぁ、寺川殿の長屋はジャッカル殿の家の近くで、ジャッカル殿の母上とは今も交流があるというし。
そもそも寺川殿は幼稚園では康高の担任教諭でもあるし。
その康高は最近冥界四天王とよく一緒に遊んでおるし。
いや、それもどうでもいい!
やはりか!? やはりこの4人は徳川四天王なのかぁッ!?
「ちょっと待ってくれ、寺川殿! わし、頭の中が混乱して……」
しかしながら、わしがそう言いながら寺川殿に近寄ろうとした時じゃ。
ミノス殿が着ていたTシャツの腹部をたくしあげながら寺川殿に話しかけたのじゃ。
「テラ先生? このシール、とっていいよね?」
「ん? えぇ、いいわよ」
“シール”とは何か?
表現がわっぱじみておるので一瞬把握が遅れたけど、よくよく見てみれば4人の腹部に呪符のようなものを貼っておった。
これは先日あかねっち殿とよみよみ殿が貼っていたものと同じやつで、武威を封印する例の呪符じゃ。
そんでもって、4人は寺川殿の返事を待って、その呪符をべりべりと剥がし始めた。
「ひっ!」
ぬぉおおぉぉぉぉぉおおおぉおおぉ!
怖い! なんて武威じゃ!
これはまさしく徳川四天王の、あのおっそろしい武威に間違いはない!
それにしてもまだわっぱなのにこれほどの武威とは!?
「ね? 心強い援軍でしょ?」
いや、待て。
そりゃ確かにわしが信頼できる数少ない友人がこんな武威を持っておるとなると、それはそれは心強いけどさ!
現世における武威総量とは体の成長に沿って……じゃあこの4人の武威も今はまだ6割でこれほど……えぇーい! そんなことどうでもいいわ!
さすがに華殿とまではいかんけれど、2つ残しである吉継の武威と同等かそれ以上の武威を持つ戦力が一気に4人も増えたんじゃあ!
これが恐ろしいと思わずになんと言えよう!
「あはは! ついに光君にまでばれちゃったね!」
「でも光君も僕たちと同じ転生者だったんでしょ?」
「しかも康君と戦った人だったとか」
「ウケルよね! 今じゃこんなに仲いいのに!」
いや、ジャッカル殿たちはあくまでいつも通り。
さすれば何も恐れることはない。
唯一恐れるべきは……わしに出会った感動のあまり、泣きながらわしの体にしがみつき、かつわしの肩のあたりに噛みついておる康高のゆがんだ兄弟愛……じゃなくて――。
こういうことを仕込む寺川殿の悪巧み能力の高さか。
しかもじゃ。
「寺川殿?」
「ん?」
「この4人、すでに法威を扱っておる。いつじゃ? わしらが輪生寺に行った後じゃな? 知っておったじゃろ?」
「んふ! なんのこと?」
「誤魔化すな! わしら夏の自由課題を一緒にしておったからこの4人の夏休みのスケジュールも知っておるのじゃ!
夏の大会が終わったばかりなのに、この4人のサッカークラブは季節外れの遠征に行ったじゃろ!?
あれじゃな!? あの時実は輪生寺に行っておったのじゃな!?」
しかしながらその件については冥界四天王から返事が返ってきた。
わしの言葉使いをからかうように笑いながら……。
「あっはっは。光君? 何その喋り方!?」
「今時、そのしゃべり方はダメだよう!」
「転生者ってばれちゃうから。ね?」
「ちゃんと普通の子供みたいな話し方しないとね!」
あぁ、この4人、わしが記憶残しだってことは知らんのじゃな。
まぁよかろう。
「大丈夫だよ。学校では今まで通りの喋り方するから」
「うん、それなら安心だね」
そういって、カロン殿がわしの肩に手を置く。
他の3人もにこやかな笑みを浮かべながらわしを見つめた。
……
もうさ。難しいこと考えるのやーめた!
どうでもいいんじゃ!
この4人と康高。新たなメンバーがわしの仲間になったのじゃ。
その一点だけ理解すればよかろう。
「よぉーし! みんなで敵を倒しに行こう!」
「おーう!」
「いこ―!」
「うぃーーすぅッ!」
「うっしゃー!」
「いぇーす! れっつ、ぱーりぃー!」
わしは極限まで混乱した結果、思考するのをあきらめた。
そんで近所の公園に遊びに行くような軽いノリで4人に指示を出す。
わしの肩に噛みついておった康高の興奮も収まりつつあったので、康高もいつもの様子で異国かぶれの返事を返してきた。
だけど――わしの武威センサーにひっかかっておる敵の拠点にいざ攻め込もうかと思ったんだけどさ。
徳川家康である康高の戦線加入を全部隊に宣言したら、とてつもないことが起こった。
なんと康高が動き出したことにより、幕末会津藩、越後長岡藩勢力が味方として参戦を表明したんじゃ。
これはすごい!
そりゃたしかに幕末の旧幕府勢力にとって江戸幕府を開いた家康は神様みたいな存在かもしれんけど、まさかここでそんな勢力が出てくるとは?
さすが上杉の残した『義』の教えが根強く残る地域じゃな。
あと白虎隊のわっぱたちに会いたい! めっちゃ会いたいんじゃあ!
と、わしは内心喜んでおったのもつかの間。よくよく考えたらその2藩が加わったことで、仙台における対伊達・最上戦の勝敗は明白となった。
むしろわしらが今でしゃばらんでも、今現在わしが武威センサーで把握しておる敵の拠点をひとつ残らず味方に教え、十分な戦力と十分な下準備の元に攻撃を仕掛ければ、敵を逃すことなくせん滅させることが出来るのではなかろうか?
いや、待て。
それじゃどうにもこうにも戦い方が普通すぎる。普通すぎて、伊達さんとこの政宗(クソガキ)に上手いことしてやられそうじゃ。
ならどうするか?
会津、長岡の2藩がこちらについたことは敵も知っておるだろうし、敵はこちらがそれを踏まえた上で仙台に攻め入ると思っておる。
そこを裏切りたい。
うーむ。
敵の裏をかく策……普通じゃない作戦……
普通じゃない……
……存在の……康……高……?
うぇっひっひっひ。いいこと思いついた!
こちらの戦い方は標準的な包囲戦にしときつつ、早速平泉へと向かおうぞ。
平泉へと行くと見せかけて……その途中で敵とぶつかるように仕向けるんじゃ。
うっひっひ!
そうすれば仙台の敵は三方ヶ原の徳川勢のごとく、そして関ヶ原でのわしら西軍のごとく、やつらの拠点からノコノコと出てくるはず。
しかも徳川家康たる康高まで一緒にいるとなれば、平泉の義経たちですら出てこようぞ。
やつらは平泉へと向かうわしらを南北から挟み撃ちにしようとするじゃろうからな。
んでそこをこちらの全軍をもってつぶしにかかるんじゃ。
場所は蔵王……いや、宮城県と山形県の間にある船形山あたりが適切か。山の中なら双方好き放題に暴れられるしな。
康高を餌としてちらつかせる外道行為だけど、わしの武威センサーが効く範囲に敵味方全てを入れるようにすれば戦いは圧倒的に有利になるし……そしてわしの友人や三原、そして頼光殿一味といった手練れが一緒にいれば康高の身だって安全じゃ。
ぐぇっへっへっへ!
そうと決まれば即行動!
「いや、ちょっと待って! その前に僕の作戦聞いて!」
今さっき勢いよく敵の拠点に乗り込もうと掛け声をあげたばかりだったので、わしは慌てて皆を落ち着かせる。
「実は……今思いついたんだけど、僕に考えがあるんだ!」
しかしわしがあれこれと今後の作戦を説明したら、その場にいたメンバー全員から……いや、何のことなのか分かっていない康高以外の全員からとてつもない非難を受けることとなってしまった。
「佐吉……さいてー……」
「ひどい。まさか康君をおとりにするなんて……」
「光成? それはさすがに……反吐が出るんだが?」
「三成様? 人道を……人道を外れてはなりませんよ?」
寺川殿、クロノス殿、三原、そして頼光殿といった順番でこのような言を吐き捨ててきたので、わしは折れそうになる心を何とか立て直しながら――そんでもってジャッカル殿たちも追撃をしてきたので、わしはちょっと泣きそうになりながら、みんなに仙台市内から脱出するよう下知を出した。