前哨戦の伍
敵ルール破り勢のせん滅戦じゃ。
場所は広島市内を流れる太田川の河川敷。行ってみれば、すでに敵味方合わせ10を超える死体が転がっていた。
まぁ、わしの武威センサー情報によると敵が最初に殺し合いを始めたっぽいから、その場におる味方の兵を責めるつもりはない。それと、わしら基本的に死体が転がっているからといって心を乱すようなことはない。
いや、唯一前世の記憶も幼い華殿だけが少しショックを受けておるようじゃな。夏のあの夜、平家の刺客をあんな風にぼこぼこにしたくせに、よくもまぁそんなしらじらしい反応を……。
じゃなかった。華殿の反応を観察しておる場合ではないわ。
現場に到着するや否や、真っ先に三原が戦闘に乱入。敵が名乗りを上げるわずかな時間にも、「俺は源義仲だ」という簡素な名乗りを返しつつ、次の瞬間にはその相手を撲殺。と思いきや懐に隠し持っていた脇差サイズの日本刀を手に取り、平家のてだれを3人まとめて相手にし始めおった。
――なんてことに衝撃を受けていたら、さらなる衝撃じゃ。
三原の放つ激しい武威に隠れるように頼光殿が他方面へ展開。頼光殿自身は名乗りを上げる慣習がなかったらしく、そんな頼光殿に驚きながら慌てて応戦する平家の武士どもを音もなく殺害し始めた。
一瞬じゃ。頼光殿はわずか一瞬で5人もの敵兵を地面に倒れさせておる。
わしの言う「武威同士の争いのない平和な転生者社会」に感銘を受けておったくせに、意外と好戦的じゃな。
相手を殺す気満々で動き出し、しかもしっかり一番多く敵を殺してるわ。
んでお次は利家殿。こちらは銃刀法ガン無視の槍を持参しておったので、それで敵兵に襲いかかっておる。
三原と頼光殿の急襲によって、後方へと退避しようとする平家の兵をその槍で3人、ぶすぶすと突き刺した。
そして同じく、体は小さいながらも戦国上位クラスの武威を持つ吉継が、利家殿に少し遅れる形で戦線に乱入。天才的な感を持つ吉継だけあって、この状況における自身の役割を負傷した味方兵の護衛兼救助にあると刹那に気付いたじゃろう。わしらがここに到着したときにはそういう負傷兵が一か所に集まって外向けの円陣を組んでおったのだけど、その味方の周囲を包囲しておった敵兵10数名に襲いかかり、その包囲を解こうとしておる。
吉継がそれらの兵の相手を始めたことで、円陣を組んでおった連中がその陣の中に匿っていた重傷の負傷兵に対する救護行動を始めおった。
それでさ。ここまではいいんじゃ。
完全に乗り遅れたのがスタッドレス武威の準備をしておったわしと、同じく破格の武威の放出に時間がかかっておった華殿な。
三原たちはほんの10秒ほどで敵を掃討しちゃうし――いや、その途中わしらに襲いかかってきた敵もおったのだけど、それは余計な気を利かせた頼光殿が音もなく殺しちゃって、結局わしら2人だけなんにも活躍できなかったのじゃ。
「あ……あれ? 終わっちゃったね」
「うん。そうだね」
「み、光君? わた……私たち、なにしようか……?」
「ん? うーん。何もすることないかなぁ……」
蚊帳の外に置かれたわしと華殿、こんな感じで恥ずかしそうに言を交わす。
しかし次の瞬間、武威センサーを広げておったわしはその反応の異変に気付き大きく叫んだ。
「全員、臨戦態勢を維持。東に警戒せよ! あと、華ちゃんも早く武威の準備して!」
「う、うん。わかった!」
華殿が呪われたかのような唸り声を再開し、わしもスタッドレス武威の準備へと移る。
そのわずかな間にも、吉継がわしらの近くに戻り東の方へ向いた。
「三成? 何か来ておるのか?」
「あぁ、こやつらとは比べ物にならん。さっき話しておった敵拠点からなかなかのつわものどもがこちらに向かっておるんじゃ」
「ほう。それはつまり……そやつらをつぶせば、拠点の1つをつぶしたことにならんか?」
「ふっ。吉継は変わらんな。そうじゃ。そもそも今宵攻め落そうと思っていた拠点の兵が向こうから出てきたんじゃ。手っ取り早いことこの上ないわ」
そして不敵な笑顔を交わすわしと吉継。
敵の強さがなかなかだったので氏直に少し離れたところに引くよう指示を出しておると、ほどなくして東の闇から4人の人影が見えてきた。
「ふん。義仲の姿があるな」
「あぁ、気を付けていこう」
「しかし、他にもなかなかのてだれがいるようだ」
「あれは……もしや織田家の前田利家ではないか?」
などとそれぞれがゆったりと歩きながら語り合い、しかしながらその歩く姿に隙はない。
それと、どうやら頼光殿の立場について平家側は把握しておらんらしいな。
まずは平家にも顔の広まっておるらしい三原。次に政権与党の若手議員である利家殿についてあれこれと会話を交わしておる。
そんで我々との距離が20メートルほどになったところで、4人のうちの1人が言った。
「それとかの有名な石田三成。渋谷の件では1人だったが、他に2人の子供がいる。記憶残しは1人ではなかったということか……?」
ぶぁっはっは! 何か勘違いしておるぞ!
純粋な記憶残しはわしだけだし、勇殿はその上を行く“2つ残し”、華殿はさらなる上に位置する神レベルの“武威残し”じゃ!
いや、でもここは勘違いしてもらっておこうぞ!
「そうらしいな。気を引き締めていこう」
「そうだな。あの子供たちは俺が始末する。いいな?」
うんうん。せいぜい引き締めよ。
しかしあれじゃな。武威センサーを持つわしがいうのもずるい気がするけど、こやつらここに来るまでの間に華殿の武威に気付かんかったのか?
そりゃ確かに今の華殿は一度武威の開放を止めちゃったから、まだ武威を本来の量まで放出はしておらん。今隣で唸っておるけど……。
だから武威使いに破壊的な絶望をもたらす例の効果は出ていないけど、ここに広がっている武威のほとんどは華殿のものだからな。
そのことを知っておれば、わしら3人をまとめて相手にするなんてこと、死んでも言えないと思うんだけど。
まっ、いっか! もろもろ誤解しておいてもらおう!
「さて……」
わしが心の中で悪いことを考えておると、新手のうちの1人が言った。
「我が名は平教盛(たいらののりもり)!」
それに続き、他の者も……。
「同じく、我が名は平教経(たいらののりつね)!」
「平時忠(たいらのときただ)!」
やっぱ名乗るんじゃな。まぁよい。しばし観察していようぞ。
「藤原景清(ふじはらのかげきよ)だ。平景清でもかまわん……」
とおもったけど、おっと! 大変じゃ。
先程わしらをまとめて相手すると言い放ちおった男、悪七兵衛(あくしちびょうえ)の異名を取る豪傑じゃ。
さすればあやつはもしかするとこの空間に広がる武威のほとんどが華殿によるものだとわかったうえで、わしら3人を相手しようと言っておるのかもしれん。
むーう。教経なんて平家最強クラスの武将だし、その父親である教盛だって歴戦の猛将じゃ。
時忠だけはどちらかというと武功というより“平家に非ずんば人に非ず”を言い放ったことで有名だけど、なかなかの曲者だという。
それぞれ気を引き締めていかねばな。
それと……それじゃあこちらも名乗りを上げておいた方がいいのかな?
「み、三原よ? こちらもやるか?」
「ん? あぁ……我が名は源義仲……」
「私は内緒だ」
「豊臣家五大老筆頭、前田利家!」
「豊臣家家臣! 従五位下、刑部少輔。大谷吉継なり!」
「同じく豊臣家五奉行! 従五位下、治部少輔。石田三成じゃ!」
「東京都中野区立中野西小学校ぉ! 4年3組ぃ! 宇多華代ぉ!」
……まずさ。華殿だけ世界観がおかしいんじゃ。
あと、三原はこの文化の当事者だったんだからもっと自信を持って名乗れよ。なんでちょっと恥ずかしそうやねん。
それと、頼光殿が身分を隠したのは出雲神道衆と坂上田村麻呂勢力の内事情だから仕方ないとして、利家殿? いつから五大老の筆頭になった? なんでこのタイミングでサバ読んだのじゃ?
あと吉継はでしゃばり過ぎな。肩書き的にはわしの方が上なんだから、わしに先に名乗らせろよ。
うーん。まぁいいか。
わざわざ相手の文化に合わせてやったんじゃ。即席だったのになかなかクオリティの高い名乗り合いだった――ということにしておこうぞ。
それより“戦”じゃ。
「三原は教経を頼む」
「おう。腕が鳴るな」
「頼光殿は、教盛じゃ」
「はっ!」
「利家殿は時忠と名乗った男を頼みます」
「おう。任せろ」
そんでさっきわしらに宣戦布告した男な。
「吉継と、華ちゃん? 僕たちはあのおっきい男の人ね。向こうも望んでいるっぽいから3人でかかるよ?」
「がってんしょうちのすけじゃ!」
「わかったよーう」
吉継よ、どこで覚えた?
まぁよい。
ではいこうか。
「それじゃ、双方見合ってーーぇ! よーい……ド……え?」
なぜかその場の仕切り役になっていたわしが「よういドン」の掛け声を上げようとした瞬間、それをあざ笑うかのように三原が動き出す。
無視されたようでむっかつくけど相手も驚いておるから、これも三原の作戦と思っておこうぞ。
そんでそんな三原の突撃に教経が応戦し、それを合図にさらなる乱戦が始まった。
まずは敵のど真ん中に突っ込んだ三原。
三原はそのターゲットに教経を定めておったけど、突然の接近に敵4人がまとめて応戦しようとしたんじゃ。
しかしながら一瞬遅れて三原の動きを察知した頼光殿が、三原に追いつき――いや、ここは三原がわざと追いつかせたと言ってもよかろう。
んでその頼光殿が音もなく教盛に接近し、懐から出したサバイバルナイフで心の臓を狙う。
でも相手の教盛の実力も大したもので、そんな頼光殿の攻撃を苦も無くいなしおった。
と思ったら突撃の最後は利家殿じゃ。
スピード感は三原や頼光殿に劣るものの、槍を優雅に舞わせ敵をもれなく散開させた。
そしてこっからが個人戦じゃ。
わしらも一斉に動き出し、まずは華殿が藤原景清に襲いかかる。
目にもとまらぬ動きはなんだったら三原や頼光殿より速いんじゃなかろうかというものだけど、相手もその違和感に気付き、背後へ大きく跳躍した。
その誰もいなくなった空間に華殿が到着し、空振りの蹴りを放っただけで地面の砂利がめくれあがってしまった。
「んな? なんという蹴りだ……」
後方跳躍中の景清が目を見開いて驚いているけど、今更じゃな。
それより華殿が放つ武威が作り上げる破壊の空間に気付けよ。
いや、景清ももう気付いておるな。闇に眼を凝らしてよくよく見てみれば景清が冷や汗をかいておるし、そもそも華殿の蹴りを受けずに回避したということがその事実を示しておる。
でも景清の相手は華殿だけではない。
めくれ上がった砂利に隠れるように吉継が追撃し、わしもその2人を迂回するようにして景清へと接近する。
スタッドレス武威を用いたおかげでわしの機動力は上がり、直線的に景清を追った吉継とほぼ同時に景清へと追いついた。
「とう!」
「えい!」
そして2人同時に攻撃。
この際、吉継は勇殿の工具コレクションの中からプラス・マイナスのドライバーを両手に持ち、わしはというと扱いに慣れた金属バットを振り回す。
まぁ、武器はどうであれ、こんな感じで息の合ったコンビネーションを出来るのがわしと吉継の関係じゃ。
その攻撃に敵も意表を突かれ、わしのバットと吉継の右手を防御したものの、吉継の左手に持ったマイナスドライバーだけは防ぎきれなかった。
「んぐ」
結果、吉継のマイナスドライバーが相手の太ももに刺さった。
ちょー痛そうじゃ。
わしだったらせめてプラスドライバーで刺されたいものじゃ。
――いや、どっちでも痛いか。
そんでその次の瞬間、わしと吉継は背後に逃げるように跳躍した。
わしらの後ろから破壊の源が迫っておったからな。
「わっしょーい!」
そうじゃ。華殿じゃ。
今度は少し上に跳んでからのかかと落とし。
でもそれも普通の攻撃ではなく、対戦車ロケット砲クラスの威力を持ったかかと落としじゃ。
どーん。
効果音もそれにふさわしいもの。
是清はこれもなんとか両の腕で防御したが体中に衝撃を受け、動くことすらできなくなった。
んで、敵がそういう気配を見せたら、そこをいやらしく突くのがわしと吉継な。
「三成! 一気に仕留めるぞ!」
「おうよ!」
その後、わしと吉継が波状攻撃を仕掛け、たまに華殿が会心の一撃を加えつつ――3分後には是清が地面に倒れ込んだ。
「三成よ? どうする? ひと思いに……?」
「いや、やめておこう。他のみんなはどうするか分からんが、こやつは生かす。清盛に恩を売っておこうぞ」
武威センサーによると三原も敵を打ちのめし、頼光殿や利家殿も無事に勝利を収めたことを確信しつつ、わしは最後に慈愛の眼差しを浮かべながらそういった。