第40話 ヤンキーとの遭遇
誠は高さ二十メートルを超える大きな扉の隙間から外を眺めた。
そこにはこれまでの話を総合した結果、あるべき場所にあるべき駐車場がそこにあった。
広い駐車場に車の数はまばらで、その中央に明らかに場違いなランの黒い最新型の高級自動車があった。多くはスポーツカー、そして税金が安くなる『軽自動車』の可愛らしい車が並んでいる。
誠は車の見本市と化している駐車場に足を踏み入れた。
「スポーツカーは技術部の人達のかな?技術系の人は男が多いからこう言うスポーツカーに金を惜しまない人多そうだな。運航部の女子は基本的に軽かな。ポップな色は女の子っぽいもんな。それと……どう見ても型落ちの軽。これも技術部の男衆だな。金が無くて廃車置き場にある鉄くずを再生した……そう言う先輩いたな……大学時代も」
そんな独り言を口にしながら、誠は学生時代を思い出していた。
「上半身裸の馬鹿そうな兄ちゃん……」
車が無くなって、ラインが適当に引いてあるだけの地面の向こうに、誠は人影を探した。
すぐにそれは見つかった。駐車場の隅に見える掘っ立て小屋の前にその奇妙な生き物は背中を向けて座っていた。
「あそこか……それにしても……敷地内に森?」
何故かその半裸の男の向こうには森があった。東和陸軍の敷地の中には、こうした森があることがあるので、誠はどうせ神社でもあるのだろうと割り切って、深く考えないことにした。
近づくとその日焼けした背中を見せる男の向こうにバイクが停まっていることと、その隣の青い箱がクーラーボックスらしいことがわかった。誠は汗をぬぐいながらそのチンピラ風の茶髪の男の方に向かった。
空は先程の曇り空から、カンカン照りの快晴にかわっていた。日差しが容赦なく誠に照り付ける。東和共和国宇宙軍の夏服がいかに東和の夏に向かないものか、誠は身をもって体験していた。
急に後ろに気配を感じて誠が振り返るとそこには軽自動車が一直線に誠に向かっているのが見えた。型落ちのボロボロの軽自動車。明らかに技術部の所属であることは誠には一目で分かった。
おんぼろ車はそのまま誠を避けて一直線に、いわゆる『班長』のところに向かった。
もうすでに大声なら聞こえるところまで、誠は『班長』の兄ちゃんとの距離を詰めていた。声の主の運転席から降りてきたのは小柄なつなぎを着た整備員だった。
「遅れました!」
誠より年下とわかる真新しいつなぎの整備員はそう言って運転席から飛び出して叫んだ。
「西!早くしろよ……後輩が見てんぜ」
上半身裸の馬鹿そうな茶髪の兄ちゃんの言葉を聞くと若い整備班員は急いで後部のハッチを開けた。彼が取り出したのは、クーラーボックスだった。彼は整備班長と思われる半裸の男の脇に置かれたクーラーボックスと持ってきたクーラーボックスを取り換える。その作業の間に若者は誠と目が合った。
西と呼ばれたその若者は持っていたクーラーボックスをアスファルトの地面に置くと誠に向けて敬礼した。
「そいつは新米。お前は先輩だ。気をつかうことはねえんだ。オメエが生まれた階級と生まれた身分がすべての甲武国ではそうかもしんねえが、ここは東和共和国だ。俺の兵隊は俺流で育てる……敬礼なんぞ止めて、そこにある空き缶の箱。とっとと積んで帰れや。オメエの仕事はそこまでだ。とっととやれ」
その言葉を受けても、二十歳に届くかどうかの若い整備員は誠と整備班長の間で困っていた。
「さっさと片付けろ!」
整備班長の怒鳴り声でその若い整備員は弾かれるように段ボール箱に飛びつき、それを軽自動車の後ろに押し込んでそのまま車を走らせて消えていった。
「あのー」
誠は先程の指示があまりに乱暴なので注意しようとした。
誠が半裸の男の真後ろに立った時、その男はクーラーボックスを開けた。
「ビール飲むだろ。冷えてるの持ってこさせた」
それだけ言うと男はクーラーボックスを開けた。先程の空き缶の数からして、相当飲んでいるはずだった。男の前にはバイクがあった。実に見事な整備されたバイクだった。エンジン回りは磨き上げられて光を放っていた。
「バイク……好きなんですね」
半裸の男の隣に立って、誠はそう言った。男は誠にビールを手渡した。
「勤務中ですよ」
拒む誠を見て男はニヤリと笑う。笑顔の似合う二枚目。醤油顔の典型的な顔。見える上半身は鍛え上げられていて、筋肉質だった。
「島田……島田正人」
ビールのプルタブを開けながら男はそう名乗った。
「僕は……」
誠が話し出そうとすると、島田は一気にビールを口から流し込んだ。
「知ってるよ。俺には一応部長権限があるからな。そんぐらいわかる。下手なんだって操縦」
そう言いながら、島田は隣に立っている誠を見上げてニヤリと笑う。
「めんどくさいねえ。演習中に障害物にどっかーんなんてされた日にゃ、うちの兵隊いくらあっても足りねえや。シュツルム・パンツァーが動けなくなって回収するときもうち等技術部がやるんだ。シミュレータと、あの偉大なるちびっ子の指導で多少ましになってくれや」
それだけ言うと島田はビールの残りを飲み干す。誠もやけになってビールを飲んだ。のどが渇いていたのでそれなりにおいしい。そしてビールをくれた島田を見ると、満面の笑みを浮かべていた。