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凱旋後の壱


 やっべぇ……めっちゃやっべぇ……。

 ……いとピンチじゃ。

「早く言ってよ! 光君が石田三成って人なんでしょ!? そうなんでしょ!?」

 渋谷スクランブル交差点会談の3日後。場所は一軒家城のわしの部屋。
 放課後、野球の練習が始まるまでそれぞれの一軒家城で入念なストレッチなどしようと言いながらバイバイしたはずの勇殿と華殿が、突如我が城に攻めてきたのじゃ。

「インターネットで話題のあの動画は映画の宣伝じゃない! 光君の言ってたこと、本当なんでしょ!? 三原コーチもいたし!
 ねぇ! 僕には嘘つかないで!」

 ちなみにな。
 渋谷でわしが石田三成だと宣言した『渋谷スクランブル交差点会談』。あれは信長様率いる日本政府の協力により、世間的には映画のロケということになっておる。
 もろもろが現実離れしたあの状況じゃ。豊臣恩顧の大名たちが武威の速さでわしの元に飛んできたし、義経と三原、そしてわしも人間離れした動きをしてしまったし。
 一般人にとっては映画のロケで、人間離れしたわしらの動きはワイヤーアクション。
 それが一番納得しやすいのじゃ。

 ゆえにあの時スマフォのカメラなどで一般人が撮影し、ネットの世界に送り込んでしまった動画などは全てが『映画のロケ』という設定の元、架空の映画製作会社の著作権保護の名目でがちがち削除しておる。

 それでも増え続けるのがネットの世界における不祥事動画の運命なのじゃが、政府が関わった言論統制とあらば多少の制御は効く。
 いずれその『映画』は製作会社の破産によってお蔵入りとなる設定じゃが、人の噂は75日ともいうし、こんな感じで火消しをしておけば人々の記憶から消え去ることになろう。

 転生者を除いてな。

 そしてもちろん、勇殿と華殿もあの会談がただのロケではないことに気づいておる。
 この3日間という時間もネットの猛者たちがあの動画の盛り上がりに火をつけ、それが一般人、そして勇殿のような小学生にまで噂が流れる期間としてちょうどよい。

 つーか昨日の時点でわし、足軽組の同僚から「光君? 動画見たよ。なになに? 光君、映画出るの?」などと聞かれたしな。
 そん時は例によって誤魔化しておいたけど、やはりこの2人を誤魔化すことはできん。
 大方昨日の夜あたりにわしの動画をネットで閲覧し、華殿の策略の元このような突如の来襲へと至ったのじゃろう。
 勇殿は真面目な表情でわしの正体を問い、一方で華殿はわしのベッドの上に胡坐をかき、ニヤニヤしながらわしらのやり取りを見守っておる。

「……んふふ!」

 華殿の笑顔がいと不気味じゃ。

「……」

 さてどうするか。
 そもそも自分以外の人物に前世の名を問いかけるのはいろんな意味でご法度のはずじゃ。
 この2人、寺川殿からそう教わっておらんのか?

「えぐっ……なんでそういう態度とるの……? 僕には本当のこと言えないの……? ぐす……光君? なんで……」

 やっべぇ。無言を貫くわしの態度に勇殿が泣き始めよったわ。
 ど、どうしよう……?

「あーぁ、光君が勇君泣ぁーかせたぁ!」

 華殿、うっさいわ! そんなにやにや顔でこの状況楽しんでいるおぬしに言われとうない! 口出しすんな!
 それとその態度ォ! 勇殿は友情の有無を疑って泣き出しておるのに、そんなにやにやしてるってことはやっぱり華殿がこの奇襲の発起人じゃな!?

「な、泣かせてないよ!」
「うっそだァ! 光君が泣かせてんじゃーん!」
「うん! 僕泣いてるよ! 光君!? だからほんとのこと言ってよ!」

 そ、そうじゃな。わしが勇殿を泣かせておる。
 混乱しすぎてつまらん嘘ついた。すまん。
 あと勇殿? 勇殿は男のわっぱなんだから、せめて涙アピールだけはするな。そんなことするわっぱじゃなかったろうに。
 それとも……これも華殿の策略か?

「うーん」

 くっそ。めっちゃ劣勢じゃ。
 じゃあ……どうするか……?
 ここは本当のことを言うべきか?

 ……

 いや、言うべきなのかもしれん。
 勇殿は――そして華殿もわしの親友じゃ。
 多くの者がわしの正体を知っている今、この2人だけが知らないというのもおかしな話なのかもしれん。
 そういうとこが『親友』とは何たるかの分水嶺とも考えられる。

 じゃあこの2人がわしの正体を知った上でのデメリットは?
 以前ならわしの正体を知ることで、この2人にも危険が及ぶと考えておった。
 でも片方はとんでもない武威使い。もう片方も戦国トップクラスの武威を纏うことが出来る。
 そして同時に、この2人は法威という新たな技術も習得中じゃ。

 いかんせんまだ幼いこの2人が転生者社会に身を投じることの不安もある。
 しかしスクランブル交差点の1件からわしにもかなりの数の手下が出来たし、その規模はもはや現在の日の本においても屈指の勢力と――いや、だからこそこの2人が我が勢力の弱点になりうる……いや、だからこそこの2人にはちゃんと事情を説明して、日頃からわしの味方による護衛をしっかり……

「ふごっ」

 泣いている勇殿をそっちのけでいろいろと考え事をしていたら、それが気にくわなかったであろう華殿にあごを蹴られた!
 つーかわしのベッドの上に座ってニヤニヤしていたはずの華殿が一瞬でわしと勇殿の間に回り込み、わしのあごに回し蹴りを入れやがった!

「黙ってないで答えなさいよゥ!」

 いやいやいやいや! 怖いって!
 怖いというか、華殿の回し蹴りって人間のそれじゃないから!
 ギリギリ武威と法威で守ったから大事にはいたらなかったものの、危うく首の骨が……うわ。あごやられたから頭がぐわんぐわんしてきた!

「おっ、へっ、たっ!」

 華殿の一撃で目が回ったわしはグラグラしながらも必死に姿勢を維持する。勇殿が慌ててわしの体を支えてくれたけど、こういう暴力は本当にやめようや、華殿?
 最悪ストレス発散用に三原を用意してあげるから、わしのようなわっぱの体じゃ本当に死ぬ恐れが……。

「だ、大丈夫? 光君? 僕の顔見て! うわ、黒目がグルングルンしてる! 華ちゃん!? やりすぎだよ!」
「だってェ。光君、光君のくせにぐだぐだ迷っているから」
「迷ったっていいでしょ!? 僕たちにとって昔のお名前を教えるってそういうことだから!」
「うーん。でもォ……」

 おっ、珍しく勇殿と華殿がいい感じに喧嘩始めそうじゃな。

 ――じゃなくて。

 ……

 むーう。勇殿?
 勇殿のそういう素直な優しさとか雰囲気は卑怯だってば。
 そんな優しさを垣間見てしまうと、迷ってたわしが馬鹿みたいじゃ。

 グルングルンもだいぶ収まってきたし、うん、勇殿を信じよう。

「そうだよ。勇君と華ちゃんが見たであろう動画の内容は本物。本物というか、僕たち転生者にとっては現実に起きた事件。
 そして……僕の前世の名前は……石田……。そう、『石田三成』っていうんだ」

 しかしわしが前世の名を名乗った瞬間、勇殿が不思議な言を放ちよった。

「そう。じゃあ、僕の中にいるもう1人のおじちゃんが用事あるって言ってるから『代わる』ね?」

 そして次の瞬間、勇殿の体からとてつもない武威が放たれ始めた。

 あと、今までわしが見たことのないおっそろしい勇殿の激怒顔も……。

「みぃーつぅーなぁーりぃー? 貴様、なぜ容易に徳川方に捕まったぁ? あぁ!?
 もし負け戦になったら、わしのことを見捨ててでも大坂に戻って再起を図れと言ったよなぁ……? あぁ?」

 あと正座でわしを尋問しておった勇殿が目にもとまらぬ動きで飛び膝蹴りを放ち、わしのあごにデジャブ感マックスの痛みが再度襲いかかった。


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