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決戦の壱


 9月に入って最初の週末、わしは渋谷にいた。

 すぐ目の前にはハチ公殿の銅像がこちらに背を向ける形で街を見守り、その向こうには人の波がうねりを上げておる。
 この場所は東京に住む現代人たちが待ち合わせによく使う場所じゃ。週末ともなればこれぐらいの人通りは当然じゃろう。
 ハチ公殿の周りを囲む円形のベンチに座るわしの周りにもそれらしい人々がうじゃうじゃしてるし、皆平和で日常的な週末を過ごしておる。

 んで、そんな一般人とは対照的なのがわしらじゃ。
 隣には超警戒態勢の頼光殿。まだ残暑の厳しいこの季節にもかかわらず、頼光殿は黒のスーツ姿じゃ。
 本人曰く夏仕様のスーツだし、下は半袖のワイシャツ1枚だから意外と涼しいらしい。
 でも警戒心むき出しの頼光殿の目つきと併せると、若者賑わうこの街には不適切すぎる雰囲気じゃ。

 そして、わしらより少し離れた場所には北条さんの一味がおる。
 氏康殿を頭領とする戦国時代の後北条氏が20人近く。あと、鎌倉時代の執権北条氏の生き残りが数人集まっておる。
 あっちもあっちで警戒態勢マックスだけど、源氏を相手に劣勢を強いられていた彼らがこんな人目の付く場に出てきたのだから、怯えるのも仕方あるまい。

 そしてそんな彼らがここに居る理由。
 そうじゃ。これから源氏の勢力と直接対面し、この争いに終止符を打つための話し合いを行うことになっておるのじゃ。

 表向きは“北条勢力による源氏への降伏宣言”だけど、そこにわしが介入することで平和的な終焉を迎えるようにするのじゃ。

「ふーう」

 やばい。緊張して手の震えが止まらん。
 わしの企て、果たして上手くいくじゃろうか。


 この数日間、わしはこの状況を作り出すために、ありとあらゆる策を講じてきた。
 坂上田村麻呂殿を介した、各戦国武将勢力への情報提供。
 それだけでは不安だったのでわし自身もインターネットを利用して、各勢力がここに来るように仕向けておる。
 匿名掲示板やSNSを利用して、“例のイベントを見に来ない勢力は腰抜け”という風潮を、全国の転生者勢力たちの間に創り出したのじゃ。

 もちろんこれらの書き込みには最新の注意を払い、一般人がわしら転生者の存在に気づかないようにしておる。

 うっすらと――かろうじて――

 坂上殿経由でこのイベントの詳細を知っておる者たちだけがわしのメッセージに気づくようにし、かつ、わしの書き込みを見た武将たちの自尊心を煽るようなメッセージにすることによって、この場に来ざるを得なくなる。
 そんな書き込みを各サイトで行ったのじゃ。

 この際我が一軒家城が契約しているインターネットのプロバイダがどこかの勢力下だと、プロバイダ会社を通じてわしの住所が知れ渡ってしまう可能性もあるので、その点も注意しておる。
 父上から新たに教えを頂き、海外のサーバーを――特に、日本と縁の遠い国のサーバーを幾つか経由し、IPアドレスとMACアドレス、その他諸々の偽装をしておいた。
 ぶっちゃけなんで父上はそんな技術まで知っておるのか不審に思ったけど、その点は触れないことにしておこう。


 他方で、わしは信長様にお願いし、現場の交通規制と一般人の接近を防ぐためのお巡りさんの動員も準備しておる。
 その場所を渋谷のスクランブル交差点に指名した時、信長様から「アホ抜かすな」とのお叱りを受けたけど、わしが熟慮に熟慮を重ねて決めたこの場所だけは譲れん。

 入り組んだ交差点に、適度な人の流れ。
 そして交差点の周りに建ち乱れる建築物。

 人混みに紛れたり、交差点の近くにある店舗で客を装いながらわしらの成り行きを見守る。
 戦国武将勢力たちがそのようなカモフラージュを出来るように配慮せねばならぬし、広い公園や人気のない田舎だと身を隠すのが困難になってしまうからダメなのじゃ。
 その点においてこのスクランブル交差点は絶好の場所だし、野次馬たちが来てくれないとわしの企ての成功率が著しく下がるから、この場所だけは絶対に譲れんのじゃ。

 と電話の向こうにいる信長様を何とか説得し、5分間だけスクランブル交差点の一斉通行止めを取り付ける事ができた。
 数分後には100人近いお巡りさんが交差点の近辺に一斉展開し、交通規制を始める予定じゃ。


 加えて、わしの首元にはタレントなどがテレビの収録などで使う無線マイクが仕込まれておる。
 これは源氏との話し合いが終盤になった時に使う予定だけど、寺川殿が北条さんからもらった報酬金の一部を使い、スクランブル交差点から見える商業用の大型モニターも短時間レンタルしておる。
 準備は万端じゃ。

 ちなみに寺川殿は陰陽師の諜報員という立場上、姿を現すわけにはいかん。
 なので寺川殿は交通規制の外側にできるであろう一般人の野次馬に混ざって待機することになっておる。
 いざとなったらわしのことを助けに来てくれる算段じゃ。

 まぁ頼光殿もいることだし、スクランブル交差点近くの本屋さんには康高の絵本の買い物に付き合わされている綱殿もいるから、乱戦が起きてもわしの身は安全じゃろう。


 1つだけ不安があるとすれば、三原じゃ。
 一昨日、放課後に三原の事務所を訪れ、わしの計画を報告した。
 んで昨日三原から電話があったんだけど、あやつはこのイベントに源氏側の一員として参加するつもりらしい。
 いざ乱戦が始まったらわしに真っ先に襲いかかり、忌まわしき飛び膝蹴りをお見舞いするつもりだから覚悟しとけと言われておる。
 あと義経も似たような動きをするし、そういう事態を引き起こすのが義経だとも言われた。

 それが冗談なのか、真剣な忠告なのかなのかはわからん。
 けどあの笑みのこもった怪しい口調は電話越しでも分かった。
 三原が何かを企んでおる時に醸し出す雰囲気なのじゃ。
 とりあえず常に注意しておこうと思う。

 わしが準備したのはこれぐらいじゃな。
 あとは、実際に源氏の者たちを前にした時の、わしの話術。
 ――それと演技力。

 それらに全てがかかっておるし、現世のわしにとって晴れ舞台でありながら最大の山場といえよう。
 坂上田村麻呂勢力や信長様の協力を得ている立場上、あの2人にわしの実力を見せつけ認めさせるチャンスでもあるのじゃ。
 同時に、もしこの計画が失敗したら坂上田村麻呂殿や信長様の顔を潰すことにもなる。
 絶対に失敗できんのじゃ。

「ふーう」

 約束の時間まで残りわずか。
 緊張が刻一刻と高まり、溜息のようなものが止まらん。

 そんなわしの呼吸に気づき、隣に座る頼光殿が話しかけてきた。

「大丈夫ですか?」
「あぁ。心臓バッコンバッコンしてきたけど……大丈夫じゃ」
「そうですか。やっぱり私も同行しましょうか?」
「いや。離れたところで見ててくれ」
「そうですか……」
「あぁ、でもいざとなったら頼む」
「わかりました。それとそろそろ交通規制が始まる時間ですけど、他の勢力はどうですか? 集まっていますか?」
「うん。大丈夫じゃ。こんなおびただしい数の武威……初めてじゃ」

 ハチ公殿の銅像からスクランブル交差点までは少し離れておるけど、わしの武威センサーには、全国から集ったであろう戦国武将勢力の反応がたっぷりと探知されておる。
 勢力の数はおよそ30。それぞれの勢力が10~20の手勢を連れてきておるから、その合計は100や200では収まらん。

 スクランブル交差点の近くの建物にテナントとして入っているファミレスさんや喫茶店の窓側の席。
 その店舗が入っているビルディングの屋上。
 遠くの立体駐車場に待機している集団もいるし、たった今渋谷駅の改札を抜けたばかりの集団もいる。
 車でこちらに向かっておる勢力も。

 今わしが目で確認できる範囲にも、通りに立つサラリーマン風の集団や団体観光ツアー客を装っている集団が僅かな武威を垂れ流しながら時を待っておるのじゃ。

 ふーう……。

 よかったぁ……。

 本当によかったぁ……。

「そうですか。それはよかった」

 もちろん頼光殿もわしと同じ気持ちじゃ。
 この数日間わしの家族の護衛任務だけではなく、わしと一緒にインターネットで書き込みとかしてくれたからな。
 綱殿も卜部殿もわしの計画の全てを知り、わしとともに準備を進めてくれたいわば“戦友”なのじゃ。

「あぁ、重ね重ね礼を言う。本当にありがとう」
「ははっ。まだこれからですよ。源氏を前にして、あなたがどれほどの事を言えるか。それに全てがかかっています。全てはこれからですよ」
「あぁ。そうじゃな」

 頼光殿の勇気づけに短く答え、わしは下を向く。
“これから”
 その意味は1つだけではない。

 わしはこれから“石田三成”として現世の転生者社会に名乗りを挙げることになるのじゃ。
 わずか10歳。
 たとえわしに前世の記憶が残っていると言っても、“石家光成”という名で生きる現代において、その名乗りは早すぎるような気もする。
 気もする。というよりは、不安で不安で仕方ない。

 父上と母上。そして康高。
 大切な現世の家族に少なからず影響があるだろうし、3人の身の安全を考えたら、今わしが天下取りに乗り出すのは決して望ましいことではなかろう。


 でもじゃ。
 この件を丸く収め、坂上田村麻呂殿や信長様を認めさせることが出来れば、わしの家族は強力な庇護の下に入ることになる。
 特に徳川家康たる康高は、総理大臣である信長様から行政権力を駆使した守りを受けることになろう。
 わし自身他人の権力を笠に着て勢力を伸ばすつもりはないけど、これだって立派な人と人との繋がりじゃ。
 そういうのは大切にせねばなるまいし、それを邪険にするのも愚かなことなのじゃ。

 ――などと自分を言い聞かせている場合ではないな。
 お巡りさんの乗るパトカーが数台、目の前を通り過ぎていった。
 時間じゃ。
 北条さんの一団もスクランブル交差点に向けて移動を始めたし、その一団がわしの前を通り過ぎる時に、氏康殿がわしにアイコンタクトしてきおった。

「では、行ってくる」
「えぇ。ご武運を」

 わしも立ち上がり、頼光殿に短く告げる。
 北条さんの群れに混ざり、交通規制が始まったスクランブル交差点へと赴いた。

 途中、離れたところからこちらを見つめる坂上田村麻呂殿に気づき、小さく会釈しておく。
 ついでに近くのホテルの一室からこちらを見下ろしている信長様にも深い会釈をしておいた。

「先に伝えておきたい。我々のためによくもここまで動いてくださった。礼を言う。これが無事に終わったら祝杯などあげましょう」

 その時、氏康殿が歩きながらわしに話しかけてきたけど、縁起の悪い台詞だったので無視じゃ無視。

「先に伝えておきたい。我々のためによくもここまで動いてくださった。礼を言う。これが無事終わったら祝杯などあげましょう」

 って同じこと2回言いおったわ。
 わしが聞こえてなかったと思ったらしい。
 す、すまん。氏康殿。

「あぁ。気にするな。同じ戦国仲間じゃ」

 そんな言葉を返しているうちにも、目の前にはかの有名な交差点。
 だけど迅速に展開したお巡りさんたちの規制によって一般人は歩道から出ることを許されず、道路を走る車もにわかに途絶えた。
 一般人の中には映画か何かの撮影が始まるのかと勘違いし、スマートフォンで撮影を始めておる者も多数おる。
 もちろんこちらとしてはそういう勘違いは望むところじゃ。

 というかその勘違いを促すために、こんな大掛かりな交通規制を敷いたんだしな。

「来ました。源氏のやつらです」

 わしらが交差点の中央に到着すると同時に、背後に立っていた氏直殿が静かに言った。
 わし自身武威センサーを発動しておるからその存在に気づいておったけど、道玄坂下の方から200を超す集団がこちらに向かって歩いていた。


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