上洛の参
なぜじゃ?
なぜこの2人がここにいる?
どういうことじゃ?
これは夢なのか?
寺の本堂の中心でわしら3人は並んで座っていた。
左から順にわし、勇殿、華殿。
わしらと仏様の間に新田殿と鴨川殿が立ち並び、寺川殿と三原はわしらの背後に座っておる。
三原曰く午前の用事とやらが早く片付き、わしらよりも1時間遅い新幹線に乗ることが出来たとのことじゃ。
んで、わしらは京都駅でひと悶着起こ……寺川殿がひと悶着起こしておったから、結果三原たちはわしらより10分遅れるだけで輪生寺に到着することができたらしい。
だったら事前に電話の1つも入れろよ、と。
勇殿と華殿にあの言葉遣いを放っておる時のわしを見られたのじゃ。個人的にはとんでもない大事件なんじゃ。
ぶっちゃけ新幹線の中で叫んだ時も周りの大人に聞かれておったけど、あれは旅の恥をかき捨てられる状況ということにして除外できる。
けど、この2人は事情が違う。
輪生寺の中ならばと油断しておったわしを悔やむばかりじゃ。
その後本堂に来る前にみんな揃ってひるげを食べることになったんだけど、その間中わしは怒りに震えてたわ。
……じゃねーよ!
なんでこの2人がおるんじゃ!?
わしの独断だけど、陰陽師勢力の新人さんがわしと一緒に修行するんじゃなかったのか?
ぴりぴり敵対、ドキドキスリルとたまにほんわか友情。
それらが混ざり合う7日間ッ!
そんなひと夏の思い出を予想しておったんじゃぞ!
幼馴染の登場に驚くドキドキなんていらんわ!
「それじゃ最初は皆さんの体に起きている不思議な感覚について説明しますねぇ。皆さーん? 私のお話を静かに聞けますかぁ?」
「はーい!」
「はーい!」
新田殿の柔らかい声色が天井の高い本堂に響き、勇殿と華殿の大きな返事も響き渡る。
でもこの2人の登場が衝撃過ぎて、わしは返事をする気力もない。
大きな仏像の手前、仏様に失礼のないようにとなんとか正座の姿勢を保っておるけど、それが精いっぱいじゃ。
腰から上だけを力なくぐったりさせ、そんなわしを無視して新田殿の話は始まった。
「その前に、約束してほしいことがありまーす。皆さん、ここに来る前に聞きましたよねぇ?」
「はーい!」
「はーい!」
大したことじゃないけど、勇殿と華殿はいちいち手をあげて返事をしなくてもいいと思うんじゃ。
授業じゃあるまいし。
わしみたいに……こう、うなだれながらでも……。
「はい。じゃあ、石家君! 他の2人はちゃんと覚えているとおっしゃってますが、試しに君の口から言ってみてくださーい!」
「はい! “前世の素性について、お互いを調べようとしないこと”ですっ!」
やっちまったぁ! 元気よく答えちまったぁ!
いつもの癖でついつい……。
くっそ。なんてこっぱずかしい!
小学校に通うわっぱの悲しい習性。さっきから勇殿と華殿がそのノリになってるから、2人のせいじゃ。
あと新田殿もじゃ!
おぬし、わしが大人の精神を持っておること知っておるじゃろ?
絶対今わしを指名しながら、心の中で笑っておったよな?
なんでそんな嫌がらせするんじゃ?
新田殿? 性格悪いとは思わんのか?
いや、もしかして新田殿って結構性格悪いのか……?
「そうですね。正解です。皆さんは聞くところによると、東京では近くに住んでて幼稚園からのお友達だそうですねぇ。でも、前世のことはお互い探らないようにすること。わかりましたかぁ?」
「はーい!」
「はーい!」
「まっ、皆さんが同い年で、近所に住んでいるのは当然なんですけどね。ふっふっふ! 皆さんに転生術を施したのは何を隠そうこの私なんですから。管理しやすいように。同じ土地に同じ歳で生まれるように。寺川さんの目が届くところにおかないとね。ふっふっふ!」
あ、新田殿って性格悪いわ。
この野郎、急に悪の組織の幹部みたいな口調になりやがった。
すんごい秘密を暴露されたような気がするけど、それどころじゃないわ。
仮にも仏教の教えを広めようとする者が、そんなあくどい笑顔を見せていいのか?
「なーるほどォ!」
あと隣で物凄い納得っぷりを見せた勇殿。
少しテンション下げろ。新田殿の本性に気づけ。
「でも私としては、皆さんにはこれからも仲よくしていただきたいと思いまーす。皆さん? ちゃんと仲良くできますかぁ?」
「はーい!」
「はーい!」
もういいや。いちいちつっこむのも面倒じゃ。
話も長くなりそうだし、仏様とかもどうでもよくなってきたから……わしも足を崩して、ゆったりと聞いていようぞ。
「では、まず転生術から教えようと思います」
「はーい!」
「はーい!」
「転生術というのは、一度死んだ人の魂を現世に蘇らせる悪魔の所業でーす。皆さんはその術により、この時代に再び生まれてきましたぁ。でも転生術もまだまだ不思議なことばっかりでぇーす。みんなも頭の中に記憶が2つありませんかぁ?」
「私ありまーす!」
「僕もー! 僕もー!」
「そうですよねぇ。それは転生術が不完全だからでーす。皆さんも2つの記憶が混ざってしまって大変でしょう?」
「大変でーす!」
「僕もー! 僕もー!」
「そうですよねぇ。“あれ? もしかして自分って他の人と違うのかなぁ?”って悩んだこともあるでしょうに。今までよく頑張りましたねぇ。でももう大丈夫。皆さんに転生術の事を詳しく教えるので、これからは悩まなくてもいいですよー!」
「わっしょーい!」
「僕もわっしょーい!」
どうでもいいけど、多分東京に潜む寺川殿に仮の仕事として幼稚園の先生を提案したのは新田殿じゃな。
新田殿のうざ明るい話し方がそれを匂わせておる。
「寺川殿?」
「ん」
わしは背後を振り返り、小さな声で寺川殿を手招きする。
新田殿の“授業”が行われておるけど、今のところわしが知っておる知識しか喋っておらんので、しばし放置でいいじゃろ。
こそこそと寺川殿に聞いてみると、寺川殿に幼稚園教諭の仕事を紹介したのはやっぱり新田殿だった。
「そんなことより、ちゃんと新田さんの話聞きなさい」
「ちゃんとって言われても……」
最後に寺川殿から後頭部を小突かれ、わしはしぶしぶ前を向く。
転生術の説明が続き――いや、どっちかっていうと転生術がいかに不完全かの説明をしてる感じだけど、それがしばらく続く。
ついでに、新田殿は陰陽師勢力における転生術を実施する花形部署から10年ほど前に退き、その後この寺で武威修行の指導をしておることなどを話してくれた。
知らんがな。
まぁいいや。
んで新田殿はその花形部署とやらで、わしら3人の他にも数人の転生術を行ったらしい。
わしらに関していえば、4月生まれのわし、6月生まれの華殿、8月生まれの勇殿といった感じで2ヶ月おきに術を発動させたのじゃ。
なんでも1度術を行うと2ヶ月程度の休養が必要らしく、わしらもそのスパンで生まれたとのことじゃ。
これもどうでもいいんだよな。
まぁ、こっからが重要じゃ。
「そして、皆さんには通常の転生術を施すとともに、私が独自に研究した特別なオプションを付け加えることにしました」
そのオプションとやらの結果、わしは前世の記憶をまるまる持って生まれた。
そして――
華殿は武威を備えた状態で生まれるように仕向け、最後に生まれた勇殿にはその両方を持って生まれるように仕向けた。
華殿にいたっては前世の人物の武威総量が少なかったため、その量すら術で増やしたとのことじゃ。
もう、お好み焼き屋さんと同じぐらい手軽にぽんぽんトッピングしておる。
転生術を神の御業と畏れおののいていた過去のわしをぶん殴ってやりたいぐらいじゃ。
でもさすがの新田殿といえども……いや、新田殿が陰陽師の中でどれぐらいのランクにおるのか知らんけど、転生術にオプションをつけるのは新田殿しかできないらしいので、陰陽師としては相当の使い手なのじゃろう。
そんな新田殿も、勇殿のオプション付けには失敗したとのことじゃ。
「小谷君? 前世の記憶と武威について、今はどんな感じですかァ?」
「記憶と武威……? うーん。いっつも知らない子供の記憶が、頭ん中に生まれています。僕はもうすぐ10歳だけど、“あっち”も同じぐらいだと思います。たまにわけがわからなくなるからすっごい嫌です。でも、武威ってやつは……うーん……よくわかんない」
そうじゃろうそうじゃろう。
前世の記憶が今生の経験とともに常に脳内に生まれ出でる。
1つの脳で2つの人生を生きておるようなもんじゃ。
さぞかし辛かったろうに。
――そうじゃなくてさ。
いや、もう駄目じゃ。
衝撃過ぎる事実がいくつも発覚して、わし気持ち悪くなってきた。
「そうですかぁ。でも、武威は生命の源と言えるもの。小谷君もいつか死にそうな目に会うことがあったら、その時にでも目覚めるでしょう。もしかすると、その時に私のオプションも一緒に発動して、大きな武威を突然操れるようになるかもしれません」
「わーい! やったぁ! じゃあ、僕ここに来る途中にあった崖から飛び降りてみる! 強くなれるかなぁ!?」
やっぱ勇殿は勇殿じゃな。
もちろん、勇殿の企みはわしがしっかり止めておかね……じゃなくてさ。
もう嫌じゃ。
気持ち悪くなり過ぎて、今度はわしが吐きそうじゃ。
「ダメですよ! それはさすがに危険過ぎます。あと私の研究した独自のオプションですが、参考にした古い文献によると、もろもろの調整をする時はだいたい10年単位で設定できるようになっておりました。小谷君に関しては生まれた瞬間にオプションを発動するようにしておいたのですが、それは失敗したとして――もしかすると失敗したオプションが遅れて発動する場合、10年単位でその機会が訪れるかもしれません。確か小谷君ももうすぐ10歳。その時に私のオプションが発動するかもしれませんね。誕生日はいつですか?」
「はーい! 8月20日生まれでーす! 明後日でーす!」
おっと、そうじゃ。
わしから勇殿にあげる誕生日プレゼント。
勇殿も日頃から熱心に工具集めに勤しんでおるから、ここ数年で勇殿の工具コレクションもだいぶ充実してきておる。
なので今年のわしは方針を変えて、ラジコンヘリコプターなどプレゼントする予定じゃ。
でも今年のわしは京都に来ることになっていたので、誕生日当日に勇殿の城に届けてもらうよう、事前に母上にお願いしてあるのじゃ。
といっても勇殿がここにいるならば話は別じゃ。
寺川殿にお願いして、明日中に誕生日ケーキでも入手してもらおう。
じゃなくてケーキのことを思い出したら、なおさら胃が気持ち悪くなってきた。
これ、もう無理じゃ。
「ちょっと……新田さん?」
「はい? どうしました?」
「具合悪くなってきたんだけど……ちょっと席外していいですか?」
ちなみに勇殿たちがおるので、新田殿に対するわしの言葉遣いはわっぱの方じゃ。
もう手遅れのような気もするけど、ここだけは譲れん。
「そうですか……それなら仕方ありませんね。石家君の気持ちも分かりますし、席をはずして貰って結構ですよ。少し休みながら、頭を整理してください」
本当に分かってんのか?
この2人はわっぱの理解力でなんとなくおぬしの話を聞いておるのだろうけど、わしは大人の理解力で衝撃的なこの場に居続けておるのじゃぞ?
「光君? 大丈夫? 僕のこと……嫌いにならないでね?」
「お外行く? 連れてってあげようか? ほら! 私、足の武威強いから光君担いでも余裕だよ!」
挙句、今後のわしとの関係を危惧した勇殿と、よくわからん自慢をしてきた華殿から優しい言葉を受ける始末。
もう駄目じゃ。
わしの理解力がこの状況を受け止めきれん。
「いや……大丈夫。1人で行けるよ。あと、嫌いにならないから安心して……」
わしは最後に2人に笑顔を向け、席を外すことにした。
と、その前に……。
聞いておきたいことは今のうちに聞いておこう。
「……新田さん?」
「はい?」
「転生者の現世における名前についてなんだけど、前世の名前と関係あったりするんですか?」
「……いえ。それは有るとも無いとも断定できません。よく似た名前になる場合もあれば、1文字だけ同じということもある。または1文字もかぶらないことだってざらです。私たちとしてはできる限り多くの文字を関連させて、魂と体の繋がりを強めたいのですが、そうもいかないのが現状です。名前を関連させる効果は転生術の一環ですし、それもしっかりこなしてこその転生術なのですが……。
ちなみに、きらきらネームという言葉をご存知ですか? 最近増えてきているのですが、あのきらきらネームを命名する能力を持つ親には、なぜか字を似せようとするわれわれの術の影響を跳ね返す力が備わっております。
もしあなたが将来誰かの素性を名前から予想しようとしても、本人の口から聞かない限りそれはあくまで予想の範疇を出ません。
もちろん本人の口から聞いたとしても、それが嘘だという可能性もあります。
それどころか性別すら違ってたりすることもありますし、信頼できる人間の口から信頼できる状況で言われないかぎり、信じてはいけません。
くれぐれも独断で相手の前世を特定しないようにしてくださいね?」
あぁ、思い出すわ。
5年前のあの日、寺川殿がわしのことを鬼の形相で問い詰めてきた日のことじゃ。
寺川殿があんなに警戒してたのもやはり当然だったのだし、あの時わしはぼろぼろ泣いてたから、寺川殿もわしの言うこと信じてくれたんじゃな。
三原に暴露した時は……確かあの時のわし、脅されておったような……。
いや、思い出したくないから考えるのはやめよう。
それと、あともう1つ。
「それと、前世の僕はさすがに10歳の時はまだ人殺し……じゃなくて、武威を持ってなかったけど、なんで今の僕はもう持ってるんですか? 僕、前世では15歳ぐらいに武威に目覚めたんですけど」
「それはですね。武威は記憶と違い、新たに得た体の運動能力に関係するからです。4、5歳ぐらいになると大人とほとんど変わらないフォームで走ったり、ボールをしっかり投げたりできるようになるでしょう? 前世における武威覚醒年齢が幾つであれ、現世の体がそういう運動を出来るようになれば勝手に武威を覚醒し、成長とともに大きくなっていくのです。宇多さんは例外ですけどね。
私もはっきりとは言えませんが、記憶の復活は時間経過に依存し。武威の復活は体の成長に依存する。元々武威とは体に染みついた力ですので、そのようなことが起きるのでしょう」
ぜっんぜんわからん!
あれか? 哲学の話か?
ふーう。ふーう。おえっ……。
まぁよかろう。それだけ聞ければよい。
武威の訓練方法は後で教えてもらえるだろうし、本人たちの前では言いたくないけど勇殿と華殿の理解力に合わせたこの講習会はペースが遅過ぎるんじゃ。
さすれば一時退避じゃな。外に出て少し風に当たろうぞ。
「ほら、私が連れてってあげる」
寺川殿もわしの心の混乱具合に気づいてくれておる。
いつも以上に優しい動きで、ふらふら歩くわしの体を抱き上げてくれた。
この抱かれ心地。
安定感といい安心感といい、寺川殿はだてに幼稚園で先生をしておるわけではない。
わしは具合も悪いし、昨日もあんまり寝てないし。
いろいろと疲れたから、このまま深い眠りに就いてしまいそうじゃ。
「光君、また後でねぇッ!」
「光君? 僕たち、ずっと友達だよね?」
本堂を去る時、勇殿と華殿の声が聞こえてきたので、わしは軽く手を上げる。
唯一、勇殿の台詞が今後のわしらの友情に危険をもたらしそうな前兆を匂わせておったので、それにしっかりツッコんでおきたかったけど、今はその元気もない。
本堂を出た途端セミさんの声が一段と大きくなり、しかしながらわずかに通り抜ける風がわしの体の変調を少しだけ癒した。
じゃなくってさ!
今日のわし、ツッコミの頻度が過去最高を記録してる気がするけど、そうじゃなくて!
寺川殿もじゃ!
こんのばばぁ……。
全て知っていながら、それを今の今まで黙ってたのか?
なんという外道じゃ!
勇殿たちの素性は明かせないとしても、転生者であることぐらいわしに教えてくれてもいいじゃろ!
転生者のしきたりに背くことも重々承知しておるけど、そこはわしとねね様の関係じゃろうよ!
あとすでに二日酔いくっせぇ!
わしの体まだ酒を受け入れる機能がないし、ただでさえ気持ち悪いんだから、その臭いがしんどいわ!
このまま吐いてやろうか!
それと、今になって思えば新幹線の中で寺川殿がわしに言い放った意味深き念押しについてじゃ!
あれはわしが現世を嫌になった事を危惧したわけではなく、もちろん新田殿に対する殺意の可能性を確認したわけでもない!
勇殿たちの登場によって、わしが彼らに対して過剰な警戒心を出さぬよう念押ししてたんじゃ!
あぁ、くっそ!
今の状況の何もかもが寺川殿の仕組んだ罠だったんじゃ!
「客室に布団敷いてもいいけど、どうする? 適当にそこらへんで休めば大丈夫そう?」
「……あ、うん。あっちの外廊下あたりで……風通しが良さそうじゃ」
「おっけー!」
うん。いや、まぁ、こんな感じですっごい優しい御方でもあるんだけどさ。
うーん。
今日のところはひとまず引くか。
今度、寺川殿の長屋に泊りに行く時に仕返ししてやればよいのじゃ。
学校で使う白の絵の具をいい感じの形状に固め、寺川殿のファンデーションとすり替えてやろうぞ!
ふーう。
悪戯考えたらちょっと気分がよくなった。
さてさて、わしがよからぬことを考えておるうちに、わしを抱きかかえた寺川殿は本堂の外廊下を進んで行く。
日陰で風通しのよい場所まで移動したところで、わしをあおむけに寝かせ、わしの頭を太ももに乗せてくれた。
「どう? ビックリした?」
「ビックリしたも何も……混乱し過ぎてこの様じゃ」
「ふふふっ! そうね。あの2人はまだ事の重大さに気づいていないっぽいけど、あなたは違うものね」
……
「寺川殿?」
「ん?」
「いつからじゃ? あの2人が転生者だと、いつから知っていた?」
「うーん。いつだっけ? でも、確か勇多君はあなたよりも先に知っていたわ。
華代ちゃんは……うーん。多分……あなたと同じぐらいの時期かな。いや、ある意味あなたと一緒……ひまわり組の子たちが勇多君を殴った時、あの子、外にいたのに物凄い速さで教室に来たでしょ?」
「……あぁ。覚えておる。そういえばあの時寺川殿はわしと話しておったな。華殿が外にいたことを、寺川殿も確認しておったのじゃな? 懐かしい話じゃ」
「そうね。懐かしいわね」
「つーかよくよく考えたら、華殿のあの動き。今にして思えば、あんなもん間違いなく武威の動きじゃ。わし、心ん中で一生懸命否定してたけど、やっぱそういうことだったんじゃな?」
「くくっ。華代ちゃんには“目立つからやめろ”って言ってたんだけどね。一般人の動きのレベルに収めるようにさせたいんだけど、子供だから加減も知らないし、あの子、意外と人の言うこと聞かないのよ」
「そうじゃろうな。だからこそ華殿じゃ。夏休みの最後に地獄見ればいいんじゃ」
「ん? なんの話?」
「いや、なんでもない。んであの2人はわしが転生者だと知っておったのか?」
「んー……それはどうかしらねぇ……多分……知らなかったんじゃないかな。勇多君も華代ちゃんも、別々に私のところに相談しに来たから、私も別々の件として対応してたし……」
「相談……?」
「えぇ。そうよ。あなたにはわかりにくいのかもしれないけど、2つの記憶が同時に生まれるって結構辛いのよ。1分、いや1秒経つごとに、今自分が見ている光景と違う情報が脳に入ってくるの。そんなの幼い時は理解なんてできないし、まるで自分の人格が他の誰かに侵されていくような感覚に陥ったりもするの」
「……そうじゃな。わしには容易に想像できんが、軽く考えただけでも気が狂いそうじゃ」
「勇多君は特にそういうのを気にしがちだから、しょっちゅう私のところに来ていたわ。ふふっ!」
「なにが可笑しい? 勇殿の辛い過去じゃろう? そこ笑うところか?」
「くっく。そうじゃなくて……あの子、その時は毎回私にしつこく確認するの。あなたの前でおかしな行動してないかってね。あなたに疑われていないか、すっごい気にしていたわ」
勇殿、かわいいにも程があろう。
健気過ぎてこっちが泣けてくるわ。
「そうか……じゃあわしら、実は2人して同じこと心配しておったんじゃな」
「えぇ。でも華代ちゃんもそうよ。あの子いっつも明るく振舞ってるから想像できないでしょうけど、あの子も結構辛い思いしてるのよ。加減をできないから、しょっちゅう武威の動きを周りに見せてしまう。もちろん私たちはそれが武威によるものだと理解できるけど、普通の子はそうじゃないから、他の子から距離を置かれがちなの」
「確かに……あのスピードで走るわっぱ。わしが転生者じゃなかったら、華殿の化け物みたいな動きは怖くて仕方ないわ」
「実はね、あの子、今も頻繁に私んとこに来てるのよ。あなたと同じように。でもあの子が来るのは平日だから、あなたと日にちが合わなかっただけなのよ」
「そうか……さすれば納得じゃ」
「ん? 何が納得なの?」
「寺川殿? 華殿に野球を提案したのは、寺川殿じゃろう?」
「その通り。さすがね」
「あぁ。華殿が4年2組で浮いておるというのはなんとなくわかる。休み時間はたいがいわしのところに来るか、または勇殿とよみよみ殿のところに行っておるからな。
4年生ともなれば、本格的ないじめが始まる年頃じゃ。わしの前で華殿が明らかないじめを受けていたら、わしがそいつらを一族郎党まとめてぶっ殺してやるけど、わしが気づかないレベルでいじめの前兆が少しずつ始まっておるのだろうな。
だからそれを肌で感じた華殿は、わしらのところに逃げてくるのじゃ。
わしと勇殿。あとジャッカル殿たちもそうだし、よみよみ殿とあかねっち殿も、華殿が周りの人間に危害を加えるような人物ではないことを重々知っておる。華殿がわしらを頼ってくるのも自然なことじゃ。
あかねっち殿とよみよみ殿なんて武道を習っておるから、華殿の身体能力に対して怯えるどころか羨ましがっておるぐらいだしな。
でも最近あかねっち殿とよみよみ殿もそれぞれの習い事に忙しいようじゃ。なので華殿は足軽組の交友関係を広げようとせず、わしらのチームに入ることにした。わしらにしがみつくようにじゃ。
そういうことじゃろう?」
「そうね。まさか術を行った新田さんもそこまでは予想できなかったでしょうけど、華代ちゃんは人間関係の構築がとても難しい条件で生まれたのよ。あの子の持つ周囲とのギャップは、他の転生者の非じゃないわ。いつもにこにこ明るい子だけど、それには理由があるの」
「そうじゃな。華殿の笑顔も逆に心の苦しさの表れじゃ。笑顔で誤魔化し続けたのじゃ。よくここまで耐えてきた。うぇっぷ」
どうでもいいけど、吐き気がぶり返してきたわ。
あと華殿のあの性格を考えると、もう1つの事実も判明したわ。
寺川殿があのホラーゲームを何度もクリアーした理由。
絶対華殿じゃ。
あの動きができる華殿ともなれば、そんじょそこらのジェットコースターでもスリルを楽しむことができんのじゃろう。
そのドキドキ感をホラーゲームに求めたのじゃ。
「まぁよい。問題はこれからのことじゃ。
わしはさっきまで転生者としてのわしの将来だけを考えてここに来た。いずれぶち当たる武威同士の危険な戦いに備えるためじゃ。
でもこれからは勇殿と華殿のことも……いや、華殿はすでに武威を操っておるから大丈夫か……。わしの武威探知能力を誤魔化すぐらい巧みな武威じゃ。一流の殺し屋のレベルといってもいい。
だとしても勇殿は違うじゃろう。わしのような大人の危機管理能力もなければ、華殿のような物理的な退却能力もない。
もしもの時に一番命を落としやすいのは勇殿じゃ」
「ん? でも新田さんの話じゃ、勇多君もいずれ前世の記憶と武威を取り戻すんじゃないの?
しかもじっくり時間をかけるんじゃなくて、一気に前世の全てを取り戻す。みたいなこと言ってなかったっけ?」
「そ、そう言えばそうじゃな……」
「佐吉? あなた心配し過ぎよ。それとも、具合悪過ぎて判断力鈍った?」
「そんなわけあ……うぇっぷ……」
「あはは! これじゃあれだね。一番危ないのあなたかもね。あなた得意の探知能力もだいぶ鈍ってるみたいだし」
「おい! わしの力をあなどるな! 華殿には誤魔化され続けたけど、わしの……おえぇえぇぇ……」
「ばかっ! 足の上で吐くなぁ! うわっ……きったな……」
「ほーい! 光くーん! 元気になったぁ? 和尚さんのお話、一旦休憩になったから、氷持ってきたよー!」
その時、外廊下を「しゅたたたたっ!」って走る足音とともに、華殿が姿を現した。
両手で抱えるほどのでっかい氷を買い物用のビニール袋に詰めて軽々と持っておる。
「ちょ……華ちゃん? そんなおっきな氷……どこから持ってき……おえっぷ」
「ん? これ? これねぇ、和尚さんが裏の山の洞くつの奥にでっかい氷があるって教えてくれたから、取って来たんだぁ!
うーん。光君顔色悪い。まだ気持ち悪そうだねぇ。じゃ、やっぱり氷枕しないとね」
やっぱわしらと接する時の華殿は笑顔満点。いと楽しそうじゃな。
でもじゃ。
華殿の背後で、外廊下をふらふら歩きながら近寄ってくる勇殿。
わしと同じぐらい具合悪そうじゃ。
どうしたんじゃ?
「勇君? 勇君も気持ち悪そうだけど、どしたの?」
「おえっぷ……いや、さっき華ちゃんと一緒に山登ったんだけど、華ちゃんが“このままじゃ日が暮れる。私の背中におんぶして!”って……。
華ちゃんの背中に乗ってたらすっごい揺れて……酔っちゃった……」
「もう。勇君はそうやってすぐに酔うんだから。私1人で行った方がよかったね!」
「そ、そうかも……おっ……おぇっ……それで、華ちゃん? これ。和尚さんに聞いたけど、マイナスドライバーしかないって」
「うん。それで大丈夫だよ!」
その後、華殿は勇殿から受け取ったマイナスドライバーで氷をがしがし割り始めた。
笑顔で氷を割る姿はちょっと怖い。
「勇君? ど……どんまい……僕もまだ気持ち悪いから、ここで一緒に休も?」
「うん。それじゃ……お言葉にあまえ……おえぇ」
結局、わしと勇殿は全快まで1時間の休憩を要することとなった。