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遠征の参


 寺川殿の言を聞き、わしもにやりと笑う。
 なかなかに興味深い話じゃ。

「ん? それはどういう意味じゃ? 武威って鍛えることができるのか?」
「えぇ。私もよくわかんないんだけど、あの時代ではまだ不可解な存在だった武威もこの時代になっていろいろと研究されて、ちょっとずつ解明されてきたらしいの」
「そうなのか? それはつまり、わしも三原みたいな武威を纏うことができるということか?」
「それはどうかしら……? マジな殺し合いをしない限りは、そう簡単に増えないと思うんだけど。
 でも武威操作を学んで効率よく使えるようになれば、ある意味総量が増えたと同じことになるんじゃない?」
「確かに。寺川殿の……さっきわしを抑え込んだ強さも、それの効果なのか?」
「ふっ。察しがいいわね」

 わしの察しがいいとか言う前に、あんなもん前世のねね様と比べれば違和感ありまくりじゃ。
 でも、その……修業なのか勉強なのかわからんけど、そのために京の都に行ってみる価値はありそうじゃな。

「転生者はみんなそこで武威を鍛えておるのか?」
「いや、それは無理よ。あなたも知ってるでしょ? 日本中で転生者の勢力争いが起こってるの。
 京都陰陽師の中には転生者同士がもっと激しく争って、それに一般人が巻き込まれることで魂のストックを貯めようと目論む派閥もあるけど、最近京都陰陽師を敵視する勢力も出てきたの。
 なのにわざわざ武威の秘訣をばらまいて、敵の戦力を高めることなんてできないでしょう? わたしはそもそも京都陰陽師の諜報員としてこの地に来てるから、その前に教えてもらう事が出来たんだけど、一般的な転生者に広めることなんてとてもじゃないけど出来ないのよ」
「ほう」

 武威を育てる。
 なかなか魅力的だし、武威の弱いわしが天下を目指すならばその必要もあろう。
 でも……。

「うーん。それはなかなかに興味深い話じゃ。でもわしの父上や母上にどうやって話をつけるか。あと夏休みは野球の大会も集中しておるから、それも出たい。今年の夏は勇殿のデビューシーズンじゃ。わしとしては手始めに勇殿の名を東京中に轟かせておきたいのじゃ」
「何で広めたいのが勇多君の方なのよ。そこ、自分じゃないの?」
「だから“手始めに”といったであろう? わしが真っ先に目立ってしまうと、転生者に勘づかれる。その前に勇殿の名を轟かせ、来年あたりについでとばかりにわしじゃ。
 うちは弱小野球チームだから、強いところと練習試合すると敵はわしらを舐めきって控えの2軍メンバーを出してくるのじゃ。
 腹立つし強い敵といっぱい戦わないと成長できんから、今シーズン中にうちも強豪チームの仲間入りを果たし、そういうのを早急に辞めさせねばならんのじゃ」
「ふーん……少年野球もいろいろあるのね」
「いろいろあるんじゃ」

 ……

 いやいや。沈黙するなよ、寺川殿?
 別にわしは悲嘆にくれておるわけではないぞ?
 今年の4年生はなかなかの人材揃っておるし、うちにはもう1つの秘密兵器もあるし。

 と思っておったら、寺川殿は別にわしのチームの行く末を心配しておるわけではなかったな。

「じゃあ三原と相談しとく。野球の方に影響出ないように。あとあなたのご両親にも話つけとくわ」

 諸々の問題に対して、思案しておったらしい。
 でも相変わらずの強制具合じゃ。
 思えば三原も似たような流れでわしをチームに入団させやがったな。
 最近のファミレスでの会談では意外とわしの意見に耳を傾けてくれるけど、結局詰めのところは三原の独断じゃ。
 転生者ってみんなこんな感じなのじゃろうか。

「じゃあよろしく頼む。一応言っとくけど、わしが1週間も京都に行くとして、その件は事前に康高の耳に入らないように気をつけてくれ」
「あはは! そうね。そうしとくわ!」
「でも、何で今になってそんなこと言い出したのじゃ? 勢力争いになにか異変でもあったのか?」

 次の瞬間、寺川殿の瞳がさらに鋭い光を放つ。

「これ」

 寺川殿が視線をテレビに映し、それを見ろと顎で促した。
 テレビはずっとついたままじゃったが会話に集中していたわしがふと意識を向けると、ニュース番組が放送されておった。
 東京都を含む北関東圏に爆破事件が多発しているというニュースと、その事件に対する会見を行っておる総理大臣の映像が流れておる。

「これ……?」
「うん。これよ」
「これ、やっぱり……?」
「えぇ。その“やっぱり”」

 もちろん情報に乏しいわしでもわかる。
 爆破事件。
 いや、爆弾の威力と見なせるほどの破壊。
 完全に武威同士の戦闘の跡じゃ。

「先月、大阪に勢力を伸ばしていた平家を三原たち鎌倉源氏がやっとの思いで広島まで押し戻すことができたらしいの。
 そのおかげであなたを京都に行かせても大丈夫になったんだけど、逆に共通の敵を無くした関東圏が妖しい雲行きになってきたわ」
「関東圏といえば、鎌倉源氏と執権北条氏。あと後北条氏……」
「そう。そこに奥州源氏が北から手を伸ばしてきてるっぽいの。
 鎌倉源氏が執権北条を裏切り、奥州源氏と手を組んだ。裏切られた執権北条氏が壊滅状態に陥って、後北条がそれに手を貸そうとしている。
 近いうちに源氏と北条で大きな争いが起きるわ。1週間後か、はたまた1年後か。
 それがいつになるかわからないけど、今のうちに京都に行って鍛えてきなさい。今後もしあなたが戦いに巻き込まれたとしても、生き残れるように。ねっ!」

 ふーむ。それゆえの打診か。
 現代は武力による制圧と、経済による侵略。あと選挙による民主主義の国だからそれに先立つ人心の掌握。
 一概に“勢力”といっても、いろいろ分野が違ったりもしよう。
 その“勢力”について平家と源氏の争いがどのように繰り広げられたのかも聞いておきたいけど、長くなりそうじゃ。
 ここはひとまず寺川殿の提案に納得せねばなるまい。
 源氏からすれば、わしも北条さんと同じ“戦国大名”のくくりに含まれる。
 敵の目がわしに向くことも考えられるのじゃ。

 あぁ……今になって本当に後悔してきた。
 わしが生まれた時に起こした“是非に及ばず”事件。
 その台詞だけでわしが信長様だと決めつけたバカな転生者はいないと思うけど、少なくとも戦国武将の誰かが転生した事を世間に宣言することになったのも確かじゃ。
 あっちについたりこっちについたりと、帰属本能に乏しいのも戦国武将の特徴だし、源氏は北条さんの戦力を正確には測りきれまい。
 ならば“戦国武将”をまとめて始末したほうが簡単。
 みたいな考えを源氏が持ち始めたら、間違いなくわしにも火の手が及ぶ。

「わかった。よろしく頼む。日程が決まったら教えてくれ。ジャッカル殿たちと夏休みの自由課題をする都合もあるし」

 ちなみに、少し話が変わるけど――
 わしの小学校では夏休みに“自由研究”とか“自由工作”という課題は出されん。
 研究だけ、または工作だけと限定せず、それらをまとめて“自由課題”として出されるのじゃ。

 んでわしとジャッカル殿。あと同じ足軽組のカロン殿と別の足軽組に属する勇殿。挙句は隣の小学校に通うクロノス殿とミノス殿。
 まぁ、あの頃から続く仲間で協力しながら毎年自由課題をこなしておる。
 テーマはジャッカル殿が得意とするマーケティング分析。
 例の大型ショッピングモールで6人による人海戦術を行い、客足分析を行っておるのじゃ。

 表計算ソフトを扱えるわし。
 分析の結論として予期せぬ考察を持ち込む勇殿。
 そしてこの研究の基盤を支えるジャッカル殿の知識。
 いろんな特性を駆使して、毎年課題の質を上げながら取り組んでおるんじゃ。

 さっきから大人の会話をしたり、わっぱの事情を持ち出したり。
 寺川殿と喋ってるわしが混乱してきそうだけど、どっちの生活も手を抜くわけにはいくまいて。

「ふふっ。今年もその課題なの?」
「あぁ、わしらは毎年これじゃ。みんなでわいわいやるのも楽しいし、夏休みの大切な行事と見なしてもいいぐらいじゃな」
「ふーん。まぁ、私としては教え子たちがいつまでも仲よくしてるのは嬉しい限りだけど。あっ、あともう1つ、大切なことを言うの忘れてた」
「ん?」
「遠山先生。覚えてる? 幼稚園の時に、私の代わりに来た先生」
「あぁ、覚えておるぞ。無能でやる気もない。挙句口も悪い先生殿じゃった」
「あの人、平家勢力の諜報員だったの。思いっきり騙されてたわ。てっきり山梨の武田勢力だと思ってたけど、身元は全部嘘。平家における私と同じ役目を請け負っていたのよ」

 ……

「おい! まじか!? 大丈夫なのか?」
「大丈夫って、どっちが? 私? 遠山先生?」
「寺川殿の素性じゃ! あと、わしの秘密もじゃ!」
「あぁ、それなら大丈夫。あなたの素性はばれてないはず。あの時ちょっと疑ってたけどね。あなた、給食の時に他の子とカレーのおたまの取り合いしたんでしょ?」
「うーん。したようなしてないような。そんなのしょっちゅうだったから覚えておらん。それが何か?」
「そん時のあなたが必死過ぎて、疑ってた遠山先生もあなたを調査対象から外したらしいわ。あんなに食い意地の張った子、誇り高い武家の子ではない。って」

 ぐっさり……

 わしのもろいハートに、結構大きめの杭を打たれた気分じゃ。

「いや、どうでもいいじゃろ。メニューがカレーだったんなら、当時のわしとしても仕方なかろう。でも……じゃあその感じだと、寺川殿と遠山殿は転生者同士の会話をしておったってことか?」
「ん? うん、当然。だから“騙されてた”ってこと。でも、あの人が平家だってわかったから、殺しておこうとしたんだけど、寸前で逃げられちゃったの。おそらく彼女は今平家と一緒に広島まで退却してるんだろうけど、関東圏では全勢力のお尋ね者だから、もし街中で見かけたら私か三原に伝えてね。今度こそ始末しないとね」

 簡単に言ったけど、寺川殿も現世で人殺しやってるっぽいな。
 まぁいいけど……。

「わかった。覚えておく」
「よろっ!」

 さて、そろそろ寝る時間じゃ。
 わしはさっきまでかぶってた毛布を隣の部屋にある寺川殿のベッドに戻したり、自分の使う枕とわっぱ用の小さな毛布を隣の部屋のクローゼットから運び出した。
 その途中ついでに寺川殿のベッドのベッドメイキングをするわし。それに気づきながらも居間で寝そべったまま動こうとしない寺川殿。
 これがかろうじて前世の主従関係を匂わせておるけど、幼稚園の頃は寺川殿と仲よく同じ布団で寝たりしておった。

 でも今はわしの体が大きくなってシングルベッドじゃ狭くなったし、季節柄暑苦しいので、最近は居間にあるソファーで寝るようにしておる。
 枕と、冬に使う掛け布団は寺川殿の持つ来客用をお借りしておるけど、ふわふわソファーは寝心地十分じゃ。
 わしのこの幼い体を至極の抱き枕と認識しておる寺川殿が、ソファーで寝床を整えるわしのことを恨めしそうに見ておるけどな。

 今のわしには週末に野球があるので、寺川殿の要求には応えられん。
 ここに泊まるのも同じく週末だから、寺川殿に一晩中はがい締めにされてしまうとわしの眠りが浅くなって、次の日の練習に響くのじゃ。
 それを避けるためにわしはソファーでしっかり寝て、次の日の練習に備えるようにしておる。

 ソファーの上に枕を置き、それに頭を乗せながら、満足そうな笑みを漏らす。
 ふとテレビを見れば、相変わらず爆破事件のニュースを続けておる。
 総理大臣殿もこんな時期にその役目に着いてしまって可哀そうに。
 まぁ、この総理大臣が転生者だったのならまわりは相応の武威使いが固めておるだろうし、その身も安全じゃろう。

 話がてら会見の様子を見ていたけど、記者の質問に対する無難な返しと、国民の安全を守るという意志。
 そういうものをしっかりと伝えておる。
 所々、転生者に向ける忠告めいた言を暗に匂わせておるし、こやつならばこれ以上事件を拡大させることはなかろうて。
 もしかするとすでに源氏と北条さんとこに話つけに行っておるかも知れんしな。
 そもそもこの程度の規模の争い、日の本全体をになう立場からしたら些細なことじゃ。
 表向きは対岸の火事のごとく、経緯を見守る態度を示すのが正解なのかも知れん。

 でも、この総理大臣。どこかで見たような……。
 顔はわしと同じく面長。
 もしやつが転生者だったら、前世でわしと会ったことあるかもな。
 前世におけるわしの父上だったりな。
 殿下も総理大臣になったって言うし、そう考えるとわしも将来意外と簡単にあの椅子に座れるかも知れん。
 夢が広がるな!

「あの方、危機管理能力は相変わらず半端ないわね」

 寺川殿がテレビを見ながらふとつぶやいた。

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