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遠征の肆


「わ……悪かったわよ……」

 悪魔の右手を収め、寺川殿が謝罪をしてきた。
 その感じから察するに、わしを暴力で尋問する気は無くなったらしい。
 あと寺川殿に謝られて思い出した。
 突如の訪問とラケットの件に関して、わしまだ寺川殿に謝ってなかった。

 ま、いっか!
 あんなことがあったわけだしな。

「んで……あなたは誰なの? 信長様ではない。それはわかるけど、これまでの話を総合するに、織田方の誰かでしょ?
 でも“敦盛”知ってるぐらいだから源平のどっちかっていう可能性もあるけど……あっ、それだったら“是非に及ばず”なんて台詞知らないか。“敦盛”の舞が仕上がったのだって、源平合戦の後だろうし。
 んで誰なの?」

 わしが泣きやむのを待たずに、寺川殿の質問が再開される。
 どうやらわしの人格について、ある程度は絞っておるらしい。
 でも駄目じゃ。
 寺川殿には本当のことを言うわけにはいかん。
 さっきから寺川殿がしつこくわしの事を聞いておるけど、その必死さの理由はわしにもわかるのじゃ。
 前世のわしらが敵対しておった場合、時代を超えた果たし合いが今ここで始まる可能性があるのじゃ。

 斎藤、今川、上杉、武田、北条……または徳川。その他多数の敵勢力。
 わしが殿下に仕えてから死ぬまでに、幾多の軍勢を滅ぼしてきた。
 上杉や毛利、伊達といった諸将のように桃山の頃になって恭順を示してきたとこもあるけど、それまでは命を奪い合う戦を幾度となく繰り返してきたんじゃ。

 敵対しておる時点で死んだ人物なら、織田家や豊臣家に恨みを持っておる可能性も十分ありうる。
 前世で死んだ後の歴史を現世で調べておったとしてもな。

 あと、寺川殿の言から察するに、転生者は戦国の世から転生したとは限らんっぽい。
 源平合戦。南北朝。応仁。
 または戊辰の可能性もあろうし、それ以外の比較的平和な時代からだってありうるのじゃ。

 ふっふっふ。
 “マンガ日本の歴史”で桃山以降の歴史もバッチリ調査済みじゃ!

 じゃなくて……
 そういうわけで、わしと寺川殿はお互いの素性を明かした瞬間に殺し合いを始める可能性があるのじゃ。
 でも寺川殿は大人だし、んでわしはわっぱじゃ。
 もちろんわしが勝てる可能性はかぎりなく低いけど、武威の件もあるし、わしがそれを持っていると疑っておるから寺川殿は警戒しておる。

 なので、まれにみる鬼の形相でわしの素性を探っておったのじゃろう。
 あっ、鬼の形相になるのは幼稚園で頻繁に見てるけど。
 ……それはいいや。

 さて、どうしようか。
 一応、寺川殿とは懇意の中だから――懇意っていうか先生と園児の関係だけどそこにはそれなりの信頼関係があるし、さっき寺川殿はお巡りさんの存在に怯えておったから、今ここでわしを殺める可能性も高くは無い。
 今わしがここに来ておるのは多くの大人が知っておるから、わしの身に何かがあったらお巡りさんから真っ先に疑われるのは寺川殿だからな。寺川殿がそれを嫌がっておるのは明白じゃ。

 でも、それもわしの希望じゃ。
 わしが石田三成だとばらした瞬間、これまでの関係や現在の状況そっちのけでわしに襲いかかる可能性もありうる。

 うーん。
 現世のわしにとって、初めて遭遇した同類じゃ。
 寺川殿は――もしかすると階段の男も転生者なのかもしれないけど、他にも似た境遇の人間と会っておることだろう。
 そういう状況で、転生者同士はどういうふうに接するのじゃろうな。
 前世の立場をフルに守るのか、前世のことは忘れて仲良うしようとするのか。
 そこらへんのしきたりがわしにはわからん。

 うーん。

 迷う。
 非常に迷うな。

 なので、今度はこちらから問いかけることにしてみた。

「うーん。寺川殿?」
「“殿”って何よ?」

 それ違うのか?
 わしはあくまでわっぱの言葉使いを守らねばならぬのか?
 そういえば寺川殿はわしが転生者だと知った今も、現代のおなごっぽい言葉をしっかりと維持しておる。
 いや、言葉使いから時代と勢力がばれてしまう可能性もあるから、そういうのを考慮して言を偽ってるのかもしれんな。

 ならばよい。わしもわっぱの言葉使いで行こうぞ!

「あのねぇ? テラ先生ぇ?」
「気持ち悪いわよ」

 どっちじゃ!

 ふーう……ふーう……。

 落ち着け、わし。
 まぁいい。
 気持ち悪がられようが構わぬ。
 駆け引きの技術に、頭の中でわっぱの言葉に変換する作業を重ねるのは難しいからな。
 ここは片方を捨てねばなるまいて。

「先ほどは取り乱してしまい、誠に申し訳ない。でも寺川殿からかような話を聞き、わしの心中も穏やかで……」
「ところでさ。あなた、5歳なのにやっぱり記憶はしっかり持ってきたのね。まぁ、生まれた瞬間に“是非に及ばず”って台詞知ってた時点でそうじゃないかって思ってたけど。どういうことかしら?」

 あのさぁ、寺川殿。人の話は最後まで聞こうや。
 最悪、途中で割り込むとして、話を明後日の方向に跳ばすのはやめ……なんじゃと!?
 記憶が残っておるのはまれと申すか!?
 ちょっと面白そうじゃ! そういうことは先に言え!

「どういうことじゃ?」
「ん? あぁ……。基本的に転生した者は生まれた時点で前世の記憶が皆無なの。それで、歳をとるごとに前世における同年齢の時の記憶が徐々に蘇ってくるのよ。5歳なら、前世の記憶も5歳の時まで。たまにそういう子いるでしょ? テレビとかで聞いたことない?」
「さぁ。わしは基本的にわっぱ向けの番組とスポーツ番組と車の番組しか見ないから。あっ、でも国営放送もよく見るな。国営放送のおねえさんがそんなことを言っておったという記憶は無いぞ」
「どんな番組選びよ。でも子供向け番組は置いておくとして、他の番組の選び方は大人のそれよね。どうせ子供番組は周りと話し合わせるために見てるだけでしょ?」
「ふざけんな! オチムシャFIVEはわしの青春じゃ! よくもわしの想いを無下にしよったなぁ!」
「落ち着け!」
「落ち着けるかぁ! 訂正するのじゃ! さもなくば、たとえ寺川殿であっても……」

 叫びながら、わしはしゅわしゅわ飲料の器に差されたストローを手に取る。
 攻撃力は低かろうが、これを寺川殿の鼻にぶっ刺せば、相応のダメージを与えられよう!

「うろたえるな!」

 んで、寺川殿が再度武威を放ちやがった。
 卑怯じゃ。武威見せつけるなんて卑怯じゃ。

「いいからストロー置きなさい。そう、そうやってゆっくりと……」
「ふーう。ふーう。わかった。話の続きを……」
「えぇ。それで……子供が前世の記憶を口に出す。あれ、そういう話なのよ。でもまぁ、歳をとって判断力がついてくると、みんなもれなくそれを隠すけどね。いい歳して、前世の記憶喋っててもいいことないのよ」

 まぁそれはわからんでもない。
 特に今のわしのように、敵対勢力に警戒するならなおさら隠さねばならん。

「んでんで?」
「あなたはそうじゃなくて、前世の記憶をまるまる持ってる。便利なようで、辛いでしょう?」
「まぁ確かに。今でもわしをはめたあのクズの顔が夢に出るわ」

「ほーう。そのクズとは?」

 ……

 ……

 あっぶねぇ!
 寺川殿、わしに誘導尋問仕掛けよった!
 危うく“徳川家康”って口に出すところじゃった。
 さればわしの生い立ちがさらに絞られることになるし、寺川殿が徳川方の誰かだった場合、やっぱり殺されてしまう可能性もある。
 うん。気を引き締めていこう。

「あやつの話は、どうでもいいじゃろ。それと……わしは稀有な状態で生まれてきたのじゃな。それはわかった」

 えーと……この件はもうよいか。
 思えば階段の男もそれを匂わせる言を放っておった。
 あの言の意味もわかったし、何よりわしの記憶についてはわしが1番よく知っておる。
 これ以上面白い話にもならなさそうじゃな。
 それよりも、今思い出したんじゃが、あの男のことじゃ。

「あの男は何者なんじゃ?」

 もちろん寺川殿は容易に答えてくれはしまい。
 でもこっからはわしが攻める番じゃ。
 現状では、どう考えたってわしの方が知識が乏しい。そんなんでわしの素性を話せるわけなかろう。
 情報戦は少なくとも敵と等しく。
 そうでもしないとまともに戦えんのじゃ。

 と思っておったら、寺川殿が簡単に答えてくれたわ。

「あいつの名前は三原義則。前世の名は“源義仲”よ。京で狼藉を働き、味方に討たれた可哀そうなやつ……」

 おいおい! 結構なビッグネームが出てきたんだけど!
 いや、さっきからの話の流れでそのクラスの転生者がいてもおかしくなさそうだったから、心の準備はしてたけど!

 いやはや。そういうのがおるとは……。
 でも、それを知ればあの武威の強さも納得じゃ。
 わしだってこの時代では結構な有名人っぽいけど、やつが生きていたのは火縄銃が無くて、刀や槍でやり合った時代じゃ。
 その時代の戦場で名を馳せるほどの有名人ならば、あの武威も手に入れることが出来よう。

 はぁ。
 殺されなくてよかったぁ。

 あと、そんなやつがさっきまでこの部屋に来ていたということは?

「寺川殿は……源氏の者か?」
「いえ。私はその時代じゃない」
「じゃ何か? あやつは寺川殿の男か?」
「んなわけあるかぁ!」

 再び武威を放ち、わしの顔を掴む寺川殿。
 そろそろ殺されるかもな。

「す……すまぬ」
「あいつは私に協力を求めにきただ・け・だ!」
「きょ……協力? あと、離してくれ。あやつが寺川殿の男だったらと思うと……将来の婿候補として……わし悔しかっただけだから……。でも、それを聞いて安心した……」

 あっ、離してくれた。
 ま、悔しいというのはウソだけどな!
 将来正室にと思っておったけど、最近やたらと暴力受けるし。
 そんなおなごは御免じゃ。

 あと寺川殿よ。こんなわっぱに好かれて顔を赤う染めるな。

「最近、大阪の方で平家のやつらが調子乗ってるみたいなの。んで鎌倉の源氏勢力が討伐に動き出すことになって、私、関係ないけど協力を求められただけよ。まぁ、玄関で追い返してやったけどね!」

 ほう。
 平成の源平合戦とな!?
 それはいと楽しそうじゃ。
 あと転生者同士の情報交換とか人脈とか、そういうのはわりと活発に広がってるっぽいな!

 でも、源義仲とは……?
 確か義経とか範頼に討たれた人物のはずじゃ。
 だけど現世では鎌倉の源氏勢力とやらに加わっておるということか?
 ふむ。各勢力についてはいろいろと複雑な事情がありそうじゃな。
 そこも聞いてみよう!

「他には?」
「他? 他には……そうねぇ。東京自体、各勢力が入り乱れているわ。この土地は昔の京みたいなものだからね。政治の世界と経済の世界。あと暴力団とかが仕切る裏の世界。地方に根付く勢力が東京の富や資産を狙ってその奪い合いをしているのよ。武威を使った戦いをね。かくいう私もその1人だけどね。
 関東だけでも、鎌倉の源氏と北条。あと、北条の中だけでも執権時代と戦国時代でバトル中。
 関西は中国・四国の平家。京の足利。そこら辺が京都と大阪の利権を奪い合ってるわ。
 東北は、義経派が仕切るもう1つの源氏が岩手と宮城に拠点を置く藤原と組んでるし、他にも伊達とか最上とか。
 あと、そーゆーのとはタイプが少し違うけど、京都陰陽師や出雲の勢力。最近、戦国時代の武将勢力も各地で力をつけ始めてるし、その2つが暗躍を強めているわ。
 最後に、日本全国に勢力を広げ、不可侵の力を持つ坂上田村麻呂勢力。
 あなたも気をつけなさい。どこで誰が歩いているかわかったもんじゃないのよ」

 気をつけるどころか、すっごい面白いぞ!
 転生者はそんなにおるのか?
 しかも、みんなで殺り合っておるのか?
 それはすごいぞ。わしも将来、その天下取りに加わりたい!
 さすれば、前世におけるわしの友人にもいずれ会うことが出来るだろうしな。
 やばい。すごい嬉しくなってきた。
 吉継とか、左近とか! あと、兼続にも! みんなどんな姿なんじゃろうな!
 わしは今、わっぱの姿じゃ! 早くみんなに会って、そう言いたいな!

 それと、今の寺川殿の説明を聞いてわかったこともある。
 各勢力が混ざったり離れたりしておる現状。
 つまり前世の立場を厳密に守ろうという風習は弱いということじゃ。
 でも、さっきの寺川殿はわしの素性を必死に暴こうとした。

 あと――
 寺川殿の言う各地の勢力の中に、大切な名が2つ入っておらん。
 無意識に避けたのじゃろう。
 だから確信した。
 思えば、わしの名は石田三成を匂わせておるが、それとは別にあのにっくきクズタヌキの孫の名も入っておる。

 徳川家光。

 わしの氏名の中2文字がそうなっておるのじゃ。
 だからじゃな。
 寺川殿は今、二択で悩んでおる。
 わしの前世が豊臣家か徳川家か。

 でもじゃ。
 そこまでくれば、わしが逆に寺川殿の素性を絞れるのじゃ。
 わしの知っておる人の中で、あのようにわしの顔面を掴む御方は1人しかおらん。
 加えて堺に進出しようとする鎌倉源氏が協力を仰ぐ可能性のある人物。
 堺に詳しい人物。

 寺川殿の歳が20の後半だとして。
 彼女が前世の記憶を20の後半まで取り戻しておるとして。
 前世ではわしと出会ったばかりの頃じゃな。覚えておるじゃろうか……?
 いや、現世で歴史を学べば、改めてわしの名を知っておることじゃろう。
 佐吉じゃ。長浜の城で殿下の周りをうろちょろしておったあの佐吉じゃ。


「ねね様。お久しぶりにございます。三成じゃ」


 わしは5年ぶりにねね様との再会を果たした。


しおり