5-7 黒咲ノアVS姫川天音
イベント終了後、部室に集まったわたしたち天文部メンバーは情報を共有した。
「黒咲ノア。あの子を利用するだけ利用してポイしましょう」
折笠さんが天使の微笑みで恐ろしいことを提案した。
彼女の思考回路が容認できないレベルらしい。だがeスポーツ部発足のためには五人目のメンバーが必要。
ノアちゃんは折笠さんが自分に好意的だと解釈している。折笠さんは本当に恐ろしい人だ。
「彼女は将来破滅すると思うけど、それを温かく見守りましょう」
「引き留めてあげてください!」
わたしこと鳴海千尋は思わず大きな声をあげた。
「わたくしは話を聞くかぎり悪い子でもないと思います」
村雨さんが恐る恐る手をあげて発言した。
「そうね。明日も来るだろうから。そのとき会ってみましょう」
姫川さんは余裕しゃくしゃく。アクアマリンの瞳を閉じてすまし顔。
「どうして明日彼女が来るってわかるんですか?」
わたしが思わず問う。
姫川さんはわたしの瞳を直視した。私も見かえした。彼女の瞳は深い湖の水面を連想させる。そして彼女は口角をあげた。
「あたしは運命を信じてる。その子が仲間になるならあたしたちは引き寄せあう」
姫川さんは奥深い人だ。わたしなんかには測り知れない。
かくして文化祭最終日。終了間際に彼女は現れた。
「おハローございます。姫川さんは御在宅ですか」
青い髪にもみあげを伸ばした触覚ヘア、くちびるにはピアス。彼女の名前は黒咲ノア。
「うざ。御在宅って、家じゃないし。いま夕方だし。あたしが姫川」
姫川さんも彼女が開発したノア言語に目を細めた。
「あなたが格闘ゲームをやるならボクと対戦してほしい。もしあなたが勝てば来年この部に入部する」
「へえ。じゃああたしがあなたに負けたらどうしてほしい?」
「ボクの舎弟になってもらう」
これは負けられない……!
「姫川さん、そんな条件呑んじゃだめですよ」
村雨さんが止めに入る。
姫川さんは目を輝かせ仲間であるわたしたちを見やった。
「あたしたちの夢が叶うのにあと一歩だよ。あたしの人生はあたしがルール! シナリオを描くのはあたし! あたしの電子辞書に敗北の文字はない。削除したから」
姫川さんはこういうとき笑うんだ。それも最高の笑顔で。
「ヒメ。なんで電子辞書って言ったの?」
折笠さんの指摘が入る。
「後夜祭がはじまる前に終わらせましょう」
「ヨー」【承諾を意味するノア言語】
黒咲ノアちゃんは左腕の包帯をするすると外した。
「青龍の封印を解くときが来たようだな」
左腕には青龍の刺青が巻き付くように描かれている。
「その入れ墨本物⁉」
「NO。パピーが入れ墨したら部屋没収っていうから、ペイントです」
パパ、グッジョブ!
姫川さんもノアちゃんも自前の携帯ゲーム機を鞄から取りだし回線を繋ぐと対戦がはじまった。
姫川さんの持ちキャラは主人公格のアストリア。もと暗黒傭兵部隊
ノアちゃんの選んだキャラは女医のセラノ・カーマイン。原作小説では第一巻に登場する。盗賊の砦で医師をしている女性である。小説では非戦闘員だったが、原作小説が格闘ゲームになるにあたってプレイアブルキャラクターに昇格した。
なんと試験管を相手に投げつけるアグレッシブなキャラだ。
文化祭イベントも滞りなく終了して一般客が帰宅の途につく時間帯。窓からトワイライトな夕焼けが差し込む部室にて。
わたしたちは閉幕式をすっ飛ばして黒咲ノアVS姫川天音の試合を見守った。
つづく