山怪を調べてるんですか。
山の怪。
そんな言葉があるんですね。
あ!
サンカイザーのサンカイって、そういう意味だったんだ!
ええ、知ってます。
ローカルヒーローってやつ。
あの人、隣の県の人ですよね。
本当に大変な、そう難事件だったんですね。
あまり質問しないから?
自由に語って良い?
分かりました。
問わず語りってやつですね。
じゃあ、山で夫婦を見つけたときの状況から。
えーと。3日前の学校へ行く途中です。
晴れてました。
変わったことですか?
一緒に登校してた子たちが、やたら山の方を見てましたね。
いつもいっしょに登校する仲間がいるんです。
夫婦を探してたんですね。
その時で、もう4日も行方不明になってたんですよ。
僕ですか?
ムダだと思いましたね。
だって、夫婦がいなくなった山から学校近くまて、30から40キロくらいありますよ。
いくら百万山といっても、道はあるし。
それより、ころんでケガしたりの方が心配ですよ。
熊だっているんですよ。
でも、みんながさがしてる姿は、うれしかったな。
こんな優しいやつらなんだなって。
で、僕もつられて山を見たんです。
そしたら、道をおりてくる夫婦と鉢合わせたんです。
・・・・・・けっこう深い森の道だから、気づかなかったのでしょうけど。
その場にいきなり現れたみたいに見えましたね。
フラフラした足取りで、目の焦点があってない、っていうのかな。
話しかけた子もいましたけど、気づいてないようでした。
スマホを持ってた友だちが、行方不明者の服装を確認してくれました。
それでやっと分かったんです。
2人は、道を下りていこうとしました。
だけど、そこは谷が入り組んでいて、山奥に行くんです。
友だちの1人を近くの大人に助けを求めにやって。
残りで夫婦をひき止めてました。
そしたら、僕がおじさんに捕まったんです。
ランドセルを開けられて、エンピツとノートをうばわれて。
いきなり地面に這いつくばって書きながら説明を始めたんです。
これが、そのノートです。
名前は、あづる としお。
ーーノートには"亜鶴 杜志雄"。
妻は、したえ。
ーー"慕笑"と書かれている
どの文字も、大きさがふぞろいのデコボコだった。
鬼気迫るって言うんですかね。
次々に話ながら、書いてました。
とりあえず、そこに動かなくなったから、捕まえるのはやめました。
奥さんの方は、しゃがみこんで、それっきりです。
怖かった。
おじさんは書き終わったら死ぬんじゃ、と思うほど、やせこけて。
奥さんの方も何かの拍子に、と思えて。
無事に下山できてよかった・・・・・・。
おばさんは、東京で病院の院長をしていて、おじさんが医長なんですね。
亜鶴クリニック。
こっちへは、娘さんに会いに来たと言ってました。
けど、娘さんの働くカフェって、ハテノ市にあるんですよ。
100キロ以上はなれてますよ。
ーー筆者は、土地勘のない人なら、同じ県なら一まとめに考えると思う、と伝えた。
・・・・・・そうかもしれませんね。
その、喫茶店の名前は、グラリオススメ。
殿様気分を味わえるゴージャスな内装と、店長自慢のケーキが売りだそうです。
娘さん、亜鶴 友笑(あづる ともえ)さんは、そこのウエイトレス。
店長は有村 修さん。
2人は、お付き合いしているそうです。
亜鶴夫婦は、この2人の様子を見に来たようです。
ですが、気に入らなかったようですね。
その、有村さんの学歴とか、これまでの経歴とか。
あと、喫茶店はスゴい高級そうですけど、実際には近所のお年寄りのたまり場だそうです。
で、お店では言われるまま、焼きそばとかたこ焼きとかだすとか。
そういうの、亜鶴おじさんは嫌で仕方がないみたいで。
「素人でもできる仕事なんて仕事と呼べない! 」とか叫んでました。
そうだ。
叫んでる時だけは元気でしたね。
で、今村さんに「今までで一番大変だったことを教えろ!
たやすく乗りこえてみせる! 」と言ったそうです。
それが、百万山の登山だったんです。
さっきも言いましたが、あの山は大変登りにくい山ですよ。
僕は市のイベントで登ったことがあるからわかります。
車が入れる道路も上の方はないです。
登ったのは、亜鶴夫婦と娘さん、有村さんの4人。
有村さんが案内人になりました。
安全なルートを選んだんですね。
室堂までに夕方前にはつきました。
ーー室堂は山頂のすぐ下にある、泊まれる場所。
修験者が宿泊や祈祷する場として拠点となる堂のことを指す。
そこまで行って、1泊。
暗いうちに山頂に登り、日の出を拝みました。
僕のときは雨だったから、行けませんでした。
うらやましいです。
その後、ちゃんと麓近くまで戻ってきたんです。
そのまま下山すれば、夕方までには確実につける場所です。
でもそこで、亜鶴のおじさんがとんでもない事を言いだしたんです。
道から、麓の街が見えたそうです。
ハッキリと。
とても近く見えたんでしょう。
だったら、まっすぐ降りた方が近道じゃないか、って。
すぐに有村さんは止めたそうです。
それでも、亜鶴おじさんは有村さんの登山がまどろっこしかったんでしょう。
有村さんは、そこで休憩することにしました。
多分、休んでる間に頭を冷やすことを期待したんでしょう。
でも、そうはならなかった。
有村さんと娘さんが目を離したスキに、夫婦でまっすぐ山を下りはじめたんです!
有村さんと共笑さんは、夫婦の後ろ姿を見つけて、追いかけた。
けど、30分探しても見つからなかった。
結局、警察に通報して、山を下りたんですよね。
僕はそれで良いと思います。
当たり前です!
たとえ見つけたとしても、すぐ夜になりますよ!
登山道の近くの沢で、白骨になった登山客が見つかる。
そんなニュース、知ってます!
ここからは、亜鶴おじさんがこのノートに書いたことを、話しますよ。
頭が痛くなる怨み言ですけど。
細い道があったから、それを使ったそうです。
急な坂を草をつかみながら下りたら、沢にでたそうです。
たぶん、獣道ですね。
そこで沢を下って街にでるつもりだったそうです。
空は、オレンジがかっていたそうです。
腹が立ってきますよ。
川を下って街に出るのは、平らな山なら無事にできるでしょう。
でも、こんな急な山じゃ、滝だって多いでしょ。
危険すぎます!
それは、サンカイザーも同じ考えだったんでしょう。
そこで、であったそうです。
姿は、ここに書いてあります。
エンピツだから白黒ですけど。
緑のスーツに、白いアーマーをつけて。
大きなリュックや腰に、ロープを持っていて。
山伏さんが持ってる、錫杖。
フルフェイスのマスクで、それも緑と白。
決めゼリフも言ったそうです。
「緑の木、白き雪が山を滴る。
サンカイザー! 」
そして、2人に忠告をしたそうです。
「もうすぐ夜になります。
ここから下りても、滝や急な山ばかりて、歩けないです。
猛獣の熊だっていますよ」
僕がさっき言ったことと、同じことでしょ。
亜鶴夫婦は、サンカイザーをうさんくさく感じたそうです。
サンカイザーはそんなこと気にもとめなかったみたいです。
「これなら信じられますか? 」
そう言ってGPSと衛星電話を取りだしたそうです。
それで、迎えのヘリを呼んでくれたそうです。
そのまましばらく、河原でまちました。
ヘリが来ました。
でも来たヘリが、あまり乗るのに適していなかった。
このイラストを見てください。
黒くて、トンボみたいな細長い機体。
左右に大きなエンジンが見えますね。
自衛隊で使ってる対戦車ヘリコプター。
アパッチってやつです。
たまたまこっちへ訓練できていたのが、協力してくれたんです。
このアパッチは2人乗りです。
それでも、全員ヘリで帰る方法はありました。
アパッチの操縦席は2つあって、前の席は機関砲やミサイルを操作する席。
後ろの席で運転します。
そこで、前の席にいたパイロットは、外にでてエンジンの前に座ることにしました。
そこにはメンテナンス用の手すりがあるし、座るのにちょうど良いふくらみがあります。
ロープなどで縛れば大丈夫なんだそうです。
夫婦で体力に自信がなかったのが奥さんだったから、前の席に乗ってもらう。
旦那さんはエンジンの前。
サンカイザーは着陸のためのタイヤに座ることになりました。
・・・・・・信じられませんか?
僕は信じてます。
ヘリを呼ぶ直前に、サンカイザーは発煙筒で煙を炊いてます。
ヘリが着地するときは、風で石粒が飛びます。
それが危ないから、森の中へ隠れています。
考えなしの亜鶴夫婦には、思い付かないことです!
そう、考えなしです。
亜鶴のおじさんは、アパッチに乗るのを怖がって、山を歩いて下りると言い張りました。
奥さんの手を引いて歩き始めると、残された3人は必死に止めたそうです。
もう空は暗くなりはじめてる頃です。
すると突然、足元の感覚がなくなったそうです。
夫婦で落とし穴にはまったみたいに。
気がつくと、知らない森の中で倒れていたそうです。
そこから、なんとか山の低い方へ下りてきて、僕たちとであったんです。
そう言えば、4日山を歩いたわりにリュックが軽かったり、へこんだりしてなかったですね。
それが、神隠しってやつなんでしょうか。
2日ほど未来に、そして僕らのそばにワープされたのかもしれない。
亜鶴おじさんは、僕らに山歩きのつかれや、有村さんへの怨みをグチグチ言ってました。
そんな時、クラスメイトが大人たちを呼んで戻ってきたんです。
やってきた大人たちに、もう学校にいきなさいと、言われました。
僕らが関わったのは、そこまでです。
遅刻になりましたけど、事情が事情だから、怒られたりはなかったです。
ーー筆者はここで、締めくくりの感想を聴きたくなった。
感想、ですか。
山は危険、ということをもっと知ってほしいですね。
それと、サンカイザーや協力してくれたヘリのパイロットたちのような人たちを、信じてほしい。
ですけど、こういう情報が他の地方では怪談とかオカルトとしてしか知られないのは、・・・・・・遺憾であると考えています。
百万山市立 某小学校の生徒 H・K(10歳)
ーーーーーーーーーーーーーー
遺憾の意、を小学生が使うのか?
わたしは攻められている。
苛立った。
しかし首をふって考え直す。
そんなことは問題じゃない。
「どこも、違ってないわね・・・・・・」
妻、慕笑が消え入りそうな声でつぶやいた。
そうだ。
このインタビューで言われた私たちが経験したことは、そのままだ。
わたし、亜鶴 杜志雄と慕笑は家にいる。
そこで、地元新聞でH・K君のインタビュー記事を読んでいる。
もう、何度読んだだろう・・・・・・?
このインタビュー通り、やって来た大人たちに、わたしたち夫婦は捕まった。
そう、捕まったんだ。
なぜなら暴れたから。
子どもたちを学校へ送った彼らの判断は、まったくもって正しい。
子どもたちを傷つけてしまったかもしれないから。
その後、救急車に乗せられ、病院に入院した。
つぎの日、友笑と有村くんがやって来た。
私と妻は、ただいまと言った。
しかし。
「何がただいまよ!
この役立たず! 」
友笑に、さんざん攻められた。
当然だ。
「2人とも修さんの忠告を聴かない!
一体どうやって帰って来たの? 」
そうだ。たしかに迷惑をかけた。
しかし、覚えていることはどこまでが妄想で、真実なのかもわからない。
サンカイザー? 対戦車ヘリコプターの外側に乗る? 神隠し?
どれも現実感がない。
それでも、妻と2人で約束した。
友笑と有村くんの交際は認める。
今後の経済的なことも含めて支援していく。
そうしたら。
「私たちの生活が、貧乏生活だって言うの?!
ここはね、東京の、しかも高級住宅街の実家とは違うの。
お金さえ払えばお店の人がニコニコしてくれるのがあの街なら、こっちは少ない予算で、お客さんに好きになってもらわなくちゃならない!
でもそれが面白い。うれしい!
いつまでも、私をあんたたちの所で縛り付けないで! 」
そして、返事も許さず叫び続ける。
「今、お腹の中に修さんの子どもがいるの。
この子に、あんたたちは必要ない。
帰ってよ! 」
しかし有村くんは、困惑していたように見えたが?
身に覚えがないのかもしれない。
もしかしたら、子どもができたと言うのがでまかせなら。
しかし友笑の叫びは、私たち夫婦から考える気力を奪った。
友笑は有村くんにしがみついて、泣き続ける。
「嫌ぁ!!
修さん! 助けてぇ!! 」
その拒絶の声から逃げるように、わたしたち夫婦は帰りの飛行機に乗った。
窓から、百万山が見えた。
病院以来、妻とはまともに口を利けなかった。
このままではダメだとは思うが、私自身、自分の精神がおかしくなっていないと、言いきれない。
H・Kくんのインタビューをはじめて読んだのは、その席だ。
新聞が読めるから、ひどく狂っているとは思えない。
思いたくないが。
百万山に関する歴史コラムを見つけた。
実は、百万山と言う山があるわけではないらしい。
今、飛行機の窓の向こうで遠ざかる山並み。
その中でも特に標高の高い、3つの峰を総称して百万山と言うのだそうだ。
本当に壮観で広大な山だ。
今も峰が、雪で白くおおわれている。
コラムを読み進める。
3つの峰が、4つに見えることがある。
その4つ目の峰は、遠くハテノ市からやって来た、龍の女神さまなのだそうだ。
百万山で困ったことがあると、助けにきてくれる。
その女神は赤い毛でおおわれ、白い翼を持つ。
尾がレーダーのようになっていて、使うときは尾を天にのばすと言う。
サンカイザーとは別の神なのか?
あの、白い山頂の神話か。
夏にもかかわらず、本当に涼しかった。
そして標高によって変わる自然環境。
美しい、御来光。
そこを怒りに駆られて登ったことが、つくづく愚かしい。
・・・・・・まて。
あんなに広く、雪に包まれた峰などあったか?
そこから天にのびる、柱のようなものが見えた。
光の加減でうつる、雲の影かと思った。
影が、グニャリと歪んだ!
私の腰が浮く。
シートベルトがなければ、椅子から転げ落ちそうになる!
影が、地に下りる。
まるで、獣の尾のように!
峰の雪がまるごと、地面から剥ぎ取られて天にのぼる!
雪ではない。
峰をバサリとおおっていた、2枚の鳥のような、白い翼?
翼の下で峰の地面が、割れて宙に浮く。
赤い地面が。
その地面は、独自の足を持ち、地面の端では上下に2つにわかれて・・・・・・。
口だったんだ。
その口が開いたとき、凄まじい叫びが飛行機ごと空を揺るがした気がした。
でも違った。
叫びは、自分の口からでていた。
おもわず、窓にへばりつく。
となりでシートベルトをはずす音がした。
私のものではない叫び声と、激しい足音、何かが倒れる音がした。
妻が、席を立って逃げていく。
不思議なことに、他の客は慌てたようすさえなかった。
私たちは亜鶴クリニックに戻った。
仕事は順調だ。
妻も、しっかりやっていると思う。
だが、心は凍てついたままだ。
「友笑とは、話し合えていないままね」
そうだな。
あの店のSNSを見ると、元気そうだがな。
あのケンカした日から、ずっと考えてきたことがある。
「何なの? 」
あの山で見たことだ。
君だって、信じられないだろ?
サンカイザー。
それを疑いもせずやって来た自衛隊のヘリコプター。
そして、数日分の時間、数十キロメートルもの距離を消したかのような、私たちの下山ルート。
飛行機から見た、百万山の頂上の何か。
「それは、そうだけど」
本当にそれがあったのか確かめるためには、私たち自身がもう一度あのルートを旅するしかないんじゃないかと思うんだ。
「そんな!
危険よ! 」
そう、確かに危険だ。
でもあの山には何かがある。
ほら。
このインタビューの最後に、H・Kくんが遺憾の意をしめした、理由が。
確かに、こちらの新聞や全国ニュースで、サンカイザーなどの名を見ることはなかった。
そして友笑は、その理由を多分知っている。
もちろん、ここで友笑が来るまで、待つ道もある。
何だかんだで、甘ったれた所があるから。
「でも、強情をはることもあるわ」
そうだな。
君は、どっちを選ぶ?