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空気を読め、強盗

ちょっと待ってくれよ。
いや……違うじゃん。
今日じゃないじゃん。

ふざけんな。
マジありえねぇ。
空気読めって。

ちくしょうめ。
なんでよりにもよって今日なんだよ……。

筋肉痛なんだよこっちはよ!!

ほんと意味分かんねぇよ。
筋肉痛の時に強盗に来んなボケ。

俺はモニターに映った人影に対して自室からブチギレていた。


 事が起こったのはほんの数分前。
俺は一軒家に一人暮らししている金持ちなわけだが、インターフォンが鳴ったわけでもないのに玄関のドアが開いた音がした。

これがどういうことなのか、もはや言葉にするほどのことでもないが、強盗が俺の家に侵入してきたのだ。

ところで、俺が一体どんな人間なのかということを説明しておこう。

俺は防犯に人生を捧げている男だ。
俺が子供の頃、実家に空き巣が入ったことがある。
しかも三度。

そして二回目に入ってきた空き巣は俺がめちゃくちゃ頑張ってレベル上げをしていたゲームのカセットとゲーム機本体を盗っていきやがったのだ。
俺は怒り狂った。

それは違うだろ!
やっていいことと悪いことがあるだろうが!

それから俺は防犯に命を懸け、人生を捧げてきた。
俺の設計した完璧な防犯システムを兼ね備えた家を建てるために死ぬほど勉強した。

なんやかんやあって金持ちになった俺は念願の防犯完璧マイホームに住むことができているわけだが、俺はそこで立ち止まるような男ではない。

物事がなんでも計算通りに上手くいくのなら俺はこの家を手に入れるまでここまで苦労することもなかった。

俺は今までの人生経験を通して学んでいた。
不測の事態に備えることの重要性を。

だから俺は体を鍛えることにした。
もし俺が出掛けようとして玄関を開けた瞬間に、今まさに家に侵入しようとしている強盗と出くわしたら防犯システムもクソもない。

そうなれば筋肉で解決する他ないのだ。
最後に勝つのは筋肉。

ということで俺は体を鍛えているわけだが、昨日はあまりにも追い込み過ぎてしまった。

立っているのもやっとな足、コップに水を注ごうとしたら全部こぼしてしまうくらいプルプルしている腕、動くのが億劫になるほど酷使した腹筋。
つまり、満身創痍だ。


 そして今、俺は自室にあるモニターを睨んでぶつくさ文句を言っている。

「今日じゃないじゃん……ねぇなんなのマジで。筋肉痛なの分かってて来やがったのかこいつ? なんなんだよもぉ。マジふざけんなよ」

とはいえいつまでも不貞腐れているわけにもいかない。

こうしている間にも強盗は周囲を警戒しながら進んでいる。

俺は筋肉痛があまりにも辛くて今日はずっと横になっているつもりだったのだが、強盗が来たのなら仕方がない。
ベッドから起き上がった。

「あぁ! マジ痛てぇ。うおおお頑張れ俺の腹筋! ぬああ腕が! あぁ足も! クッソがぁ!」

「もうやめて。これ以上動いたら僕たちは一生動けなくなっちまうよ!」
筋肉が叫んでいる。

幻聴か……?

一応幻聴でない可能性に配慮して
「大丈夫さ」
と適当に声を掛けた。

しかし自分の大丈夫さ、という声を聞いて急に我に返った。

筋肉が喋るわけない。

いかん。
疲れすぎていて冷静な判断ができなくなっている。

自分の状態を再確認したところで、なんとかモニターの前に来ることができた。

普段は防犯システムのほとんどを停止している。
でないと普通に生活することもできないからだ。

しかし、いくつか普段から起動しているシステムもある。
監視カメラなんかはその一つだ。

よし、じゃあ今から防犯システムをフル起動して強盗をボコボコにぶちのめしてやるぞ。

俺はモニターの中でキョロキョロしている目出し帽を被った奴を見てニヤリと笑った。

覚悟しろこの野郎。
ズタボロにしてやる。
後悔しやがれ。
そんで二度と筋肉痛の時に来んなボケ。

俺は「緊急」と大きく書かれた赤いボタンをポチッと押した。
はずだった……。

プルプルと震える腕は上手く標的に照準を合わせることができず、情けなく痙攣しながら俺の右手人差し指をパーティーモードボタンへと(いざな)った。

「や、やばい! 押し間違えた!」

俺の顔が青ざめるよりも先に軽快なリズムの音楽が家中に鳴り響いた。

モニターに視線をやると、強盗はめちゃくちゃ戸惑っているようだった。

違う!
こんなのは不本意だ!

俺は防犯システムによって慌てふためく強盗が見たかったのに……。

パーティーモードを解除するためには、当然そうするための操作をしなければならないわけだが、その操作とはパソコンをポチポチとタイピングすることだ。

お察しの通り、筋肉痛全盛期の今においてその行為は非常に困難を極める。

それでも俺はこの愉快な、いつもなら楽しい気分になるのに今はとてつもなく腹立たしい音楽を止めるべく必死にタイピングした。

ちなみになんでパーティーモードなんていうものがあるのかと言えば、俺が寂しがり屋だからだ。

一人暮らしは自由だし気楽でいいが、やっぱり寂しい。

なればこそのパーティーモードである。
絶対今じゃないタイミングで発動しちゃったけど。

ともあれなんとかリズミカルな音楽を止めることに成功した。
さて、強盗はどうしているだろうか。

「……」

随分と警戒しているようだが、逃げる様子はない。

なんだこいつ。
アホなのか?

この状況、俺が強盗の立場なら絶対逃げるけどな。

まぁ人が筋肉痛の時に強盗に入るような空気の読めない奴だ。

きっとバカなんだろう。
思えばわざわざ玄関から侵入してきたしな。

いや、そんなことはどうでもいい。
とにもかくにも今は防犯システムを起動することだ。

よっしゃあ!
いくぞ!
システム、起ど……やばい!
また押し間違えた!

今回押してしまったのは、
「家でもバカンス気分!」
をモットーに作った音声案内ボタンだ。

「おはようございます。本日は家でもバカンス気分システムをご利用いただきまして、誠にありがとうございます。本日皆様とご一緒させていただきます、ガイドのああああと申します」
そんな声が聞こえてきた。

くそぅ。
こんなことならガイドの名前をちゃんと設定しておけば良かった。

面倒臭くて、ああああにしてしまったのだ。
これが強盗に聞かれているのかと思うと普通に恥ずかしい。

……違う!
そんなことどうでもいい。
家バカ音声を早く止めないと。

しかし、さっきのパーティーモードのように簡単にはいかない。

なぜなら家バカシステムはスマホで管理しているからだ。

自分でもなんでそんな設定にしたのか覚えていないのだが、起動はパソコンからできるのに止めるのはスマホでないとダメなのだ。

ふざけんなよ。
なんだこの設定。
意味分かんねぇよ。

過去の自分に対して怒りをあらわにしながらスマホはどこだと探しているうちに、強盗はリビングに到着したようだ。

そして音声案内は見えもしない海について解説を始めた。

言い訳すると、そもそも家バカシステムはVRを使うことで家のどこにいてもバカンス気分が味わえる、みたいなやつなのだ。

だから映像を見ながらでないと、ずっと意味不明なことを話し続ける音声という格好になってしまう。

頓珍漢なことを喋り続ける音声が面白かったのか、強盗が噴き出すのがモニターに映った。

クソッ!
この野郎笑いやがった!
許せねぇ!

俺はスマホを探すのを中断してデカい音が鳴るボタンを押した。
今回は正しく押せた。

文字通りデカい音が家中に響く。
雷に限りなく近いような音だ。
強盗はビクッと体を震わせていた。

ふん。
いい気味だ。
俺はスッキリしてスマホ探しに戻った。

部屋中に隈なく視線を巡らせていると、ベッドの枕がある辺りにスマホがあることに気づいた。

すぐにスマホを掴んで操作し家バカ音声を止めた。

ふー。
これでひと安心。

……よし。
今度こそ外さない。
俺は緊急ボタンに指をかけた。

さらば強盗。
地獄を見せてやる。

口角を上げながらモニターを確認すると、強盗が帰りそうな素振りを見せていた。

お、おい。
ちょっと待てよ。
やっと防犯システムが本領を発揮するんだぞ……?

これだけでも体験して帰ってくれよ。
おい待てって。
この野郎待ちやがれ!

俺はデカい音が鳴るボタンを連打した。
強盗は音が鳴る度に飛び跳ねながら家を飛び出して行った。

……。
え、なにこれ。
やり切れない……。

もしかして大きな音が苦手な奴だったのだろうか。
だとすると申し訳ないことをした。

いや申し訳なくはねぇか。
えーでもなんか不完全燃焼だなぁ。
はーあ。

防犯システムの本領発揮は次の強盗が来た時までお預けか~。

そんな呑気なことを考えながらその日はそれで終わった。


 一週間後。
俺はヤケ酒していた。
この一週間、待てど暮らせど強盗が来ないのだ。

まぁ別に良いことなんだけど、せっかく防犯が完璧な家に住んでいるというのにこれじゃあ宝の持ち腐れだ。

んー。
難しい問題だ。
まぁいいや。

こういう時はパーッと飲んで忘れるに限る。
俺は心ゆくまで酒を楽しんだ。


 そして翌日。
完全に二日酔いだ。
めちゃくちゃ頭が痛い。

昼に目覚めた俺は最高に機嫌と体調が悪かった。

酷い気分だ。
くらくらする。
今日は一日ゆっくりと過ごそう。

そう思って目を閉じた瞬間、玄関から音がした。

おいおいおい。
ちょっと待ってくれよ。
いや……違うじゃん。
今日じゃないじゃん。

ふざけんな。
マジありえねぇ。
空気読めって。

ちくしょうめ。
なんでよりにもよって今日なんだよ……。

二日酔いなんだよこっちはよ!!

ほんと意味分かんねぇよ。
二日酔いの時に強盗に来んなボケ。

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