第4話 唯一の味方
突然の出会いから数日経った日曜日、
永は最初嫌がったが、
もっとも蕾生と鈴心は皓矢に話すつもりでいるので、永に勝ち目は最初からなかったのだが。
「──なるほど、雨都が出てきたか」
皓矢の研究室に入ることを許された四人は先日のあらましを説明した。すると皓矢は最初は驚いたものの、当然の展開であるような顔で頷いた。
「兄さんも知ってるの?」
「古い文献でね。昔からの君達の協力者の一族ということは知ってる」
皓矢は星弥の質問に答えつつ、永に確認するような視線を投げた。
「そ。唯一無二のね。だからこそ、僕らは彼らには頭があがらないんだ」
「今までも多大なご迷惑をかけてきました。なのにまた訪ねてきてくれるなんて……」
「そうなのか? あいつはそんな雰囲気じゃなかったけど」
「あの雨都梢賢って人、多分雨都家の中では変わり者だと思うよ。
「どういうこと?」
蕾生の疑問に永が肩をすくめながら答えると、この話題に興味津々の星弥が続きをせがんだ。生で土下座を初めて見たので興奮している。
「雨都の人達はさ、ある時から僕らや銀騎を恐れて雲隠れしちゃったんだよね。まあ、それも当然のことだけど」
「銀騎も?」
星弥が振り返って尋ねると、皓矢もまた言いにくそうにしながら頷く。
「そう。むしろ銀騎の方が彼らには恨まれているだろう。隠れて暮らしているのも大部分は銀騎から逃げているんだと思う」
「ええー、ほんとウチってろくでもないね!」
以前までは兄にも遠慮して接していた星弥だったが、先日から気を使うのをやめた。
銀騎家の悪い所は悪いと、まず自分が言っていかないと祖父も兄も視野が狭くなっていくばかりだ。
そんな星弥の銀騎に対する姿勢を皓矢も頼もしく思う一方で、妹に即否定されてはさすがに肩を落とす。
「うん……そうだね、それは本当にそうだ……」
「ごめんなさい。言い過ぎました……」
がっかりしている兄にどうフォローしようか星弥が困っていると、更に永が追い討ちをかけた。
「そんなことないよ、銀騎は雨都に呪いを長年かけていたからね」
「え!」
「雨都に跡取りの男子が産まれない呪い。ヤだよねー、根が暗いんだよねー」
星弥が衝撃で言葉を失くしていると、見かねた鈴心がフォローに回る。
「その呪いは楓が解きましたから過去の話ですよ、星弥」
「そうなの? 楓さんって人、すごいんだね」
「そうですね、とても行動力のある人でした」
だから雨都梢賢は自らを「待望の跡取り息子」と言ったのか、と蕾生はあの軽薄な笑顔を思い出す。
今の所胡散臭さしかないが、単身で銀騎の敷地に乗り込んできたことを考えると、彼にも行動力があることは窺える。
「雨都の人達は元々活発な人柄なんだ。僕らも随分助けてもらった。……そのせいで、何人も犠牲になった」
永が自嘲するように結んだ言葉の意味は、蕾生にも理解できる。
「それで、ある時に嫌気がさした?」
「……だと思う。雨都に対しては僕らも銀騎も同罪だよ。だから、彼らが困ってるなら何をおいても助ける義理が僕らにはある」
協力してくれている相手が常に傷つくことは、どうしようもない運命なのかもしれない。
そんな負い目があるから、雨都が再び姿を見せたことに永も鈴心も驚いたし、姿を見せたということは何か要求があるんだろうと永が考えたのは当然のことだった。
「もちろん銀騎も協力は惜しまない──僕達の介入をあちらが望めばだけど。それで、雨都に今一体何が起きてるんだい?」
皓矢にも贖罪の気持ちはある。
それを確認した後、永が続けた。
「それが、はっきりとは教えてくれなかったんだよねえ。とにかく実家に来て欲しいってだけで」
「さすがに、うちの敷地内では言えない、か……」
皓矢が勘繰るが、そんな戦略的な考えを持っているようには蕾生には見えなかった。
ただ彼は土下座した後ヘラヘラしながら自分の連絡先を永に渡して、「じゃ、そういうことで」なんて、まるで言い逃げするようにその場を去っていったのだから。
「とりあえず僕ら三人で行ってみるよ。もうすぐ夏休みだからね。それで、やっぱり
示された住所に行くにはちょっとした小旅行になりそうだった。雨都のトラブルの大きさはわからないけれど、それなりの期間をとらなければならないだろうと永は考えている。
「なるほど。
「そう。あの弓は長い間雨都家で保管されてたし、前々回あれを実際に扱ったのは楓サンだった。僕らは彼女がその後どうなったか知らなくちゃならない。弓の行方も含めて」
皓矢と永の会話は淀みなく必要最小限の言葉でなされていく。やはり銀騎の
「あの
「わかった。よろしく頼むよ」
「現地に行ってもたまに連絡をくれると嬉しい。何か必要なものがあればすぐに用意する」
「そう? じゃあ、遠慮なくこき使わせてもらおうっと!」
何か難しそうなことを話している二人の会話をおいて、蕾生には少し気にかかることがあった。
「……」
「? なあに、蕾生くん?」
その視線に気づいた星弥が蕾生に話しかけた。
「いや、てっきり鈴心についていくって言うかと思って」
「やだあ、鋭い! ──でも今回はわたしも違う用事があるんだ」
蕾生に自分の行動パターンを理解されていたことに驚きつつも喜んだ後、少し落ち着いた顔で星弥は首を振った。
「?」
「あのね、わたし、陰陽師の修行をさせてもらえることになったの」
そう言う顔は少し誇らしげだった。それまで蚊帳の外に置かれていた身を嘆くことをやめ、星弥も前へ進もうとしている。
「体内のキクレー因子の制御の仕方と一緒にね、基本的なことを兄さんから習うんだ」
「そう、か」
良かったな、と言う言葉は今の彼女には無礼に思えて蕾生は語尾を控える。
そんな気持ちを察したのか星弥は明るい声で蕾生を指差しながら言う。
「だから、すずちゃんのことはよろしくね! 絶対危険なことさせないでね! 帰ってきた時に擦り傷なんかあったら許さないんだから!」
「──わかった」
星弥には何もわからないなりにそれまで懸命に鈴心を守ってきた自負がある。それを蕾生は託された。力強く頷くと、星弥は満足げに笑っていた。
「蕾生くん、今、調整を急いでいるものがある。それも出発前に君に渡したい」
永と打ち合わせを終えたらしい皓矢が、蕾生にも声をかけた。
「何を調整してるんだ?」
「君に必要なものさ」
にっこり笑って「お楽しみに」という笑顔は何も裏がない、頼もしいものだった。