寝言
僕には姉がいる。
姉の名は天音。
僕は姉のことを
天姉は昼寝が好きだ。
うちには畳の部屋があるのだが、そこで昼寝するのが特に好きらしい。
今日も今日とて天姉は畳の部屋で羊のアイマスクをつけて寝ていた。
僕はそんな天姉に声を掛けた。
「天姉、昼飯できたよー」
「んー。ん~。ぬー」
天姉は唸り声を上げるだけで起きようとしない。
「起きてってば」
ほっぺたをペシペシ叩いてみても天姉は起きない。
「ぬわー」
と言って縮こまるだけだ。
「起きてよー」
僕は天姉の体を揺すってみる。
「……起きてるよ~」
天姉がゆるく抗議するように言った。
「起きてるの?」
「起きてるよ~?」
「じゃあご飯食べるよ」
「うん。起きてるってば。起きてるって」
「……寝てるな」
天姉は寝息を立て始めた。
僕は呆れて天姉を見た。
「はぁ。ってか天姉、朝飯食べてからすぐにこの部屋来て昼寝し始めたでしょ。食べてすぐ寝たら牛になるよ」
「牛にはならない。私は羊になるんだよ~」
寝言だ。
「いや羊になられても困るんだけど。いい加減起きてよ。ご飯冷めちゃうって」
「羊が一匹、羊が二匹……」
「……寝言がそれなの珍しいな。普通寝る前に数えるやつなのに」
「羊が三匹……いや待てよ。羊の数え方は匹で合ってる? 頭? もしかして頭? 一頭、二頭が正解?」
なんか急に寝言が饒舌になった。
僕はちょっと気になって事の成り行きを見守ることにした。
「ん~。……匹だな。なんかそっちの方がしっくりくる。……羊が四匹、羊が五匹。ん? 五匹目の羊、なんかうまそうだな。あ、待って逃げないでよ。冗談だって」
何やってるんだこの姉は。
夢の中で走っているのか、足がパタパタと動いている。
「あ~見失っちゃった……」
天姉はそう言って口をむにゃむにゃと動かした後、また静かになった。
僕はまたスヤスヤと寝息を立て始めた天姉に少しカチンときて、他の部屋から布団を持ってきた。
それを畳の上に敷くと、天姉をコロコロ転がして布団でぐるぐる巻きにした。
ちょうど巻き終えたところで天姉が声を上げる。
「ぬ? ……なんだこれ。体が動かないぞ。ちょ、なにこれ! 前も見えないし動けないんだけど!?」
僕は天姉がつけているアイマスクを取った。
「あ! 恭介の仕業か! なんのつもりだ!」
天姉は体をぶんぶん振って動かした。
「芋虫みたいだね」
「なんだと! このッ!」
天姉は体をクネクネ動かして僕の方に向かってきた。
僕はスタスタ歩いて距離を取る。
「天姉が全然起きないからいたずらしてみた」
「いたずらしてみた、じゃないよ!」
天姉は尺取虫のような動きで僕のことを追跡してくる。
僕はギリギリ追い付かれないくらいの距離感で逃げ続けた。
結局僕たちは畳の部屋をぐるぐる回り続け、二人とも飽きて止める頃にはご飯はとっくに冷めてしまっていた。