8:15 P.M.
二人に今夜散歩するということを伝えた後、僕はまた部屋に戻ってベッドに寝っ転がった。
そして天井を見つめながら考えた。
本日めでたいことに深夜徘徊デビューをすることになるわけだが、何か用意しておくべきものはあるのだろうか。
頭の中でシミュレーションしてみる。
夜の散歩ではどのようなことが起こり得るだろうか。
真っ先に思いつくのはやはり不審者との邂逅だ。
これは外せまい。
夜の町といえば、太陽に代わり世界を薄く照らす月、そっと頬を撫でる冷たい夜風、振り返っても何もいないのに何故か感じる背後の気配、そして不審者。
これらの内どれか一つでも欠けようものなら、満足度の高い深夜徘徊はできないだろう。
だが不審者への対策として何か特別に用意する必要はない。
僕がそう思う理由を説明しよう。
不審者対策に何か所持するとしたら、それはきっと武器の類になるだろう。
しかしそうなると職質された時が怖いのだ。
僕からすれば不審者なんかより国家権力の方がよっぽど面倒臭い。
よって何も用意する必要はないのだ。
不審者についてはこれくらいにして、次に僕が考えたのは空腹についてだった。
歩き回るわけだから、当然腹が減るだろう。
喉も渇く。
いくらかお金を持っていくべきだ。
しかし、夜遅くに開いている店などあるだろうか。
ここはまあまあ田舎だ。
店が閉まるのも早い。
お金だけ持っていても使うことができないのであればどうしようもない。
んー。
そこで僕は思い出した。
世の中にはコンビニというものがあるではないか。
今までそんなものとは無縁の生活を送ってきた僕にとってそれは大発見と言っても過言ではないことだった。
僕みたいな奴のために、町は夜になっても完全に瞼を閉じることがないのだと知った。
コンビニを利用するということを思いついた僕にとって、もはや空腹など問題ではない。
次に移ろう。
あとは防寒についてくらいだろうか。
今は一月。
油断したら普通に風邪を引いてしまうだろう。
そうならないためにしっかりと羽織っていこう。
ところで、僕は普段和服を着ている。
学校には制服で行ってるけど。
僕だけでなく、僕の家族はみんな日常的に和服を着る。
そしてけいは学校にも和服で登校する。
僕たちが通い始めたのはとてもゆるい学校で、何を着ても別に校則違反ではないのだが、転入した次の日にけいが和服で登校した時はクラスメイトの人たちはかなり驚いていた。
このことからも分かる通り、和服を着ている人間は現代では珍しい。
僕たちは小さい頃に色々あって、それから今まで世間から隔絶された環境で育ってきたため、世間の常識を忘れかけている節がある。
まぁそんなことはどうでもいい。
話が逸れてしまったので元に戻すと、僕は今夜の散歩もいつものように和服を着ていくつもりだ。
田舎の夜は人の目がほとんどないため、何の気兼ねもなく自由な恰好をできるのがいい。
その分、変態や不審者が堂々と闊歩するようになるため、昼間よりもヤバい奴エンカウント率が跳ね上がるのだが。
よし。
考えておくべきことはこれくらいだろう。
あ、一応スマホも持っていくか。
充電しておこう。
僕は枕元に放り出されていたスマホを手に取って、そして気がついた。
五分前に桜から連絡がきていたようだ。