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4-9 決意

「でも、(はるか)は刀は銀騎(しらき)研究所にあるって思ってるんだろ?」
 
「そうだねえ、その可能性が一番高いとは思ってる。御堂(みどう)から取り返すのは簡単だろうからね」
 
「刀は一度御堂ってヤツの手に渡ったのか?」
 
 蕾生(らいお)の疑問に、永は言いにくそうに答えた。
 
「ああ……うーん、なんか成り行きでね。ただ僕らは萱獅子刀(かんじしとう)がどうなったか見届ける前に鵺に殺されたから、よくわからないんだ」
 
「そうだったのか……」
 
 生々しい表現に蕾生の口調も沈んでいく。
 永は過去のことは何でも知っているのかと蕾生は思っていたが、死の間際のことを覚えていろと言うのは無理だし辛過ぎる。
 今後はそういう話題も増えるだろう。永が辛い過去を思い出す必要性も重要性もわかってはいるが、なんとか緩和できないかと蕾生は考えを巡らせるが、良いアイディアが浮かばない自分に嫌気がさした。
 
 少しの沈黙の後、星弥(せいや)が少し明るい声音で話し出す。
 
「えーっと、すずちゃんの前で言うのもなんだけど、御堂の家は分家の中でも一番格下で弱い立場なの。
 もしそんな大事な刀を御堂が手に入れたとして、すずちゃんが見たことがないなら、お祖父様が取り上げたっていうのが私も自然だと思う」
 
「……」
 
 星弥の説明を聞きながら、鈴心(すずね)は俯いてしまっていた。少し顔色が悪くなっている気もする。
 蕾生は少し気になったが、それを言ったところで上手い説明ができる自信がないので放っておくことしかできなかった。
 
「だとすれば、やっぱり銀騎研究所のどこかに隠してある──っていうのが濃厚な線かな。ちなみに、リンは研究所では見なかった?」
 
「はい。見たことはありません」
 
「そっかー」
 
 御堂について聞かれた時よりも鈴心はきっぱりと答えた。その違いに永は気づいていないようで、むむむと口をへの字に曲げて腕を組み考え込む。
 
「ねえ。さっきから刀のことばかりだけど、お祖父様の懐に入るような行為は今は危なくない?先に弓を探すとかは?」
 
「ああ、それはもっと難しい」
 
 星弥の問いに永があまりにもあっさり答えるので、蕾生は思わず聞き直した。
 
「なんでだ?」
 
慧心弓(けいしんきゅう)は──おそらく消失してる」
 永はまるで失敗談を話すような深妙な面持ちだった。
 
「ふたつ前の転生の時なんだけど、(ぬえ)と戦った時に焼けてしまった……と思う」
 
「言い方が曖昧なのは、結果を見届ける前に死んだからか?」
 
 蕾生がそう聞くと、永も鈴心も瞼を落として悲しそうに答える。
 
「そう。ただ、僕は弓が燃えたのは見た。その後どうなったかは知らないけど、あれはもう……」
 
「……」
 
 すると星弥がその雰囲気を割って疑問を投げかけた。
 
「待って、弓と刀が揃わなかったらどうなるの?鵺に勝てるの?」
 
 至極当然の疑問だった。永はとうとう気づかれたか、という顔で観念して言った。
 
「さっきライくんには勝てるって言ったけど、シンプルに言い過ぎたね。正しくは勝てる確率が上がる、だ」
 
「実は過去に弓と刀が揃ったこともありました。でも──」
 
「そう。二つ揃えても勝てなかった」
 
 永と鈴心だけが共有している悲しみと虚しさ。それを目の当たりにした蕾生は息を呑んだ。やはり運命は自分が考えていたよりも残酷な事実を突きつける。
 
「マジかよ……」
 
 蕾生すらそれだけ言うのがせいいっぱいで、星弥にいたっては一言の慰めも出ない。どんな言葉を紡ごうと、永と鈴心の苦しみを和らげるのは不可能に思えた。
 
「弓と刀、それに後何が必要なのか。それは未だにわからない。後ろ向きな表現はしたくないけど、弓と刀と、他に必要なものがあっても、それで勝てるのかすらもわからない」
 
 永の言葉を聞いて、わからないのは自分だけではなかったのだ、と蕾生は驚愕した。
 
「それは……だいぶしんどいね」
 星弥もせめて共感するしかなかった。
 
「例えば今回も失敗したとして、次の転生に有用な情報が取得できればいいのかもしれない。でも、果たして次も転生できるのか?さあ、それも確かじゃない」
 
 永が初めて不安を吐露する。
「絶望するよね」
 
 これまでの試行錯誤の経験はあっても、実は手探りだし、確証も得ていないまま記憶のない蕾生を導きながら光の見えない闇を進んでいく。
 それは途方もないことで、その状態を九百年も過ごしている永と鈴心の不安は蕾生の比ではないだろう。

 それを思うと、どうして最初から全部教えてくれないんだと駄々をこねる自分が情けなくなってくる。
 
 それでも。
 それなら。
 空っぽのバカな自分にできることは。
 
「なら、これが最後だな」
 
 永が真実を見つけてくれると信じて、がむしゃらに進むしかない。
 
「今回で絶対に鵺に勝つ。次回の転生のことなんて考えねえ。一期一会、だ!」
 
 その場の全員に、自分の決意を表明するように蕾生は拳を握って宣言した。
 
 すると最初に笑ったのは鈴心だった。
「──微妙に意味が違いますが、気持ちはわかります」
 
 続けて永も大袈裟に笑う。
「ハハッ、だから僕らには君が必要なんだ、ライ」
 
 こいつらが笑顔になれるなら、バカでも何でもい。
 
「まっさらな記憶の唯くんだから出る結論だね」
 
「バカってことか?」
 
「褒めたんだよう」
 
 星弥も重い空気を変えようと少しふざけて笑う。そんな場に従って永も更に明るく笑った。
 
「弱音吐いてゴメン!今度こそ頑張ろう!」
 
 その決意が悲壮なものだったとしても、笑って言えば希望に変えられる。
 
 これは誤魔化しではない、きっと変えられると信じる。信じて進んでいく。
 
 そういう決意を、今、ここでしたんだ──と頷き合って皆互いを勇気づけた。

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