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23 くしゃみ、みたび

 黒い影が霧散して、また元の静寂が戻る。
 ミチルも、ボスもマリーゴールドも。アニーが見せつけた強さに呆然としていた。

 ていうか、「お会計の時間だ」って何!?
 決め台詞ってこと!?……などとイジる者はいなかった。

 雲が晴れる。暗闇から満月が柔らかい光を帯びて現れた。
 森の中に光が射していく。ちょうどそれはピンスポットのようにアニーを照らしていた。

 ああ……もう……何これ。ほんとに同じ人間?
 月明かりに照らされたアニーは美しいを通り越して、美、そのものだった。
 俳優とか、アイドルとか、国民的彼氏とか。そんな言葉では片づけられない。

 その姿にミチルの心はすっかりとっ散らかって、ただアニーをぼーっと見つめるだけだった。

「──ミチル!」

 え、ちょっと待って。美の神様がオレを呼んだんだけど。
 ミチルはまだ彼が生身の人間だという実感が持てなかった。

「ミチル!……ありがとう」

 美の神はミチルの頬に熱いベーゼをかます。
 以前されたような軽い感じではなく、頬に熱が籠るような、吸いつけるような濃厚なキッスだった。

「もわああぁぁ……っ!」

 アニーの体温と肉感を感じたミチルは体中が熱くなった。
 ああ、神様とかじゃない。人間だ。
 アニーは同じ目線で笑ってくれる、側にいてくれる人間だとようやく思い出した。

「ミチル、怪我はない?」

「だ、大丈夫……」

 ねえ待って、無理!あんなキッスしておいて、なんでそんなに爽やかに笑えるの!?

「うん、良かった!」

 あ、アニーが離れてしまう。
 イヤダ。
 ほっぺだけじゃ、やだ……

「うおおおぉぉっ!!」

 ミチルは自分の思いがけない思考を慌てて大声で打ち消した。
 ノーモア、吊り橋効果!!

「ど、どうしたの?」

 さすがのアニーも驚いていたが、ミチルはキリッと顔を立て直して言った。

「大丈夫。それはそうとナイフは?」

「ああ、そっか」

 アニーは猪ベスティアが消えた辺りへ走り、まだ鈍く光る一本のナイフを拾い上げる。その後、更に何かを拾って戻ってきた。

「すごいよ、このナイフ。ミチルが再生してくれたの?カエルレウムの魔法?」

「魔法なんてとんでもない!オレにもよくわかんないけど、これで二回目だ」

「二回目?」

 アニーが聞き返すので、ミチルは前回のことを説明した。

「うん。前もさ、カエルレウムでジェイの剣が青く光って再生したの。オレが持ってる時にね。でもオレがやったかはわかんない」

 あの時も、今回も、ミチルは刃の再生を願った訳ではない。
 ただ、目の前のベスティアが憎くて、何もできない自分が情けなくて、単純に怒っただけだ。

「へえ、そう……二回目なんだ」

 うん?なんかアニー落ち込んでる?
 しかしミチルはすぐにアニーの左手に注目してしまった。

「アニー、そっちには何持ってんの?」

「あ、ああ……」

 アニーは左手を掲げて、それを月明かりに照らした。拳大の青い石だった。

「ナイフの側に落ちてたんだ。この森のものじゃないと思うな……」

「うん、なんか、ナイフが光った時の色に似てるね」

「確かに。でも、俺、もっと前に似たようなのを見た気もするんだよなあ……」

 二人でしげしげとその石を眺めていると、夜風が強くなった。

「う、寒っ!」

 ミチルは思わず身震いをする。それを見てアニーは笑った。

「そうだね、屋敷に戻ろう。今夜は俺が温めてあげるよ、たっぷりと……ね」

「──!!」

 えええ、ナニナニ。なんでそんな甘い声出すの!
 ナニなの!?ナニするの!?

 ミチルがまた動悸でドキドキしていると、更に強い風が吹いた。

 

「──!!」

 急に突風が吹いた。ミチルは驚いて立ち止まる。
 
「雪……?」
 空から白いものが降ってきた。
 ふわふわと舞い踊るそれは季節外れの風花かと思った。
 
「羽……?」
 よく見るとそれは鳥の羽だった。
 さては上空で大きな鳥が喧嘩したんだなと思った。
 
「!」
 しかし、その羽はミチルの周りをふわふわと取り囲み、次第に数が増えていく。

 

 ヤベエエエエ!!!
 また出たアアアアア!!
 恐怖のコピペええええっ!!

「……ミチル?」

 アニーが異変に気づく。しかしミチルの周りにはすでに無数の羽根が飛び交っていた。

「アニー!助けて!」

「ミチル!」

 ミチルは手を伸ばす。
 アニーもまた駆け寄った。
 

 
 無数の白い羽は、ミチルの鼻先をくすぐる。
 元々花粉症のミチルはむず痒さをすぐに感じた。

  
「ハ、ハックション!」

  
 思わずくしゃみをしてしまった後、周りの羽に異変が起きた。
 
 真っ白だった羽が、ひとつ残らず青く染まっていく。ミチルの視界も青く染まった。




「──あれ?」

 マリーゴールドが後ろを振り返ると、二人の姿がなかった。

「おーい、アニー?ボウズー?」

「どうした、マリー?」

「ボス、あいつらがいねえ」

 するとボスは豪快に笑って言った。

「ほっとけ、盛り上がってシケこんだんだろう」

「マジか、若いっていいなあ」

 そうしておじさん二人は屋敷へ戻っていった。
 後には、青く光る羽根が一本。ふわりと舞って消えた。





 
「異世界転移なんてしたくないのにくしゃみが止まらないっ!」
               〈ホスト系アサシン編〉──了

 次回からは〈幕間 ぽんこつナイトVSホストアサシン〉をお送りします!
 どうぞお楽しみにっ!!

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