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6 夜明けのコーヒー

 ──チュッ

 ん?
 なんか、今、すんごく嬉しいことされなかった?

 ミチルは日差しの明るさを感じて、眠い目をようやく開ける。そうして見た景色は……

「おはよう、ハニー!」

 激烈イケメンの、どアップ笑顔だった。

「のわああぁっ!」

 あまりの衝撃にミチルは思わず飛び起きた。声をかけた張本人のアニーはベッドのへりに頬杖をついて笑っていた。

「昨夜は良かったよぉ……?」

「ええええっ!」

 意味深に微笑むアニー。ミチルは爆上がりの血圧のまま自身の衣服の乱れを確認した。

 ……うん。脱いではいない。

「アッハハ!ウソウソ、良く寝てたよぉ。さすがに若いね」

「すす、すいません!泊めてもらったくせに寝坊しました!」

 ミチルはベッドの上で土下座する。この世界の人達は寝つきもいいし、寝起きもいい。ミチルは自分の怠惰さを恥じた。

「ほっぺもぷにぷにだったし、ご馳走様!」

「!」

 言われてミチルは先ほどの感触を思い出した。ほっぺに、ほっぺに……ちゅって。
 軽く寝込みを襲われてるじゃん!さすがにありがとうは言えない!けど嫌でもない!

 ミチルが口をパクパクさせて呆けていると、アニーは笑顔のままで立ち上がった。

「とりあえず、顔洗っておいで。朝ご飯にしよう」

「はい……」

 ほっぺ、洗わなきゃだめかな……いやいやいや、何を考えているんだオレは!
 ミチルは急いでベッドから降りて洗面台へと向かった。そこには綺麗な水がボウルの中になみなみと注がれていた。



「ありがとうございました……」

「いいえ、顔だけでも洗うとスッキリするでしょ?」

「はい」

 ようやく覚醒した頭でミチルはアニーの顔を見る。
 ──眩しい!
 金髪が光に透けて発光しているかのように輝いている。碧い眼がまるで青空のように澄みきっていた。
 ──エグい!!
 ミチルは目の前のイケメンに目がチカチカしていた。

「ま、簡単なものだけど食べてよ」

「と、とんでもないです!」

 アニーが用意してくれたのは、焼いた丸パンにチーズが一欠片。それから目玉焼きが半分。コーヒーがいい香りの湯気をたてている。

「すみません、ご馳走になってしまって」

 ミチルがいなければアニーは卵をひとつ食べられたのだろう。そんな想像をして謝るとアニーは笑っていた。

「いやだなあ、遠慮はなしだよ。先にゴチになったのは俺の方だしぃ……」

 ちょっと、それ蒸し返すのやめてもらえません?

「もう、他人じゃないし!」

 だからあああ!

 アニーはミチルに気を使わせまいと、そんな冗談ばかり言っているのだろう。
 心臓が持たないが、その優しさをミチルは有り難く頂戴することにした。

「お言葉に甘えて、いただきます!」

「はい、どうぞ」

 そうしてミチルは二十時間ぶりの食事にありついた。たいした量ではなかったけれど、お腹と心は満たされた。



「それで、ミチルはこれからどうしたい?」

 コーヒーを飲みながらアニーは軽い調子で切り出した。
 前にも思ったが、この質問ほどミチルの気が重くなるものはない。

 最終的には元の地球に戻りたい。そのための方法を一緒に探す約束をした人もいる。
 だが、昨日聞いた話ではそれもどうやら難しそうだ。

「出来れば、えっと、カエルレウム……に戻りたいんですけど」

「ああ、なんだっけ、そこの下級騎士と約束したんだっけ?」

「ええまあ。すごくいい人で一緒に帰れる方法を探そうって言ってくれたんです。それに──」

 あの後ジェイはどうなったんだろう。巨大なベスティアを退治したんだ、ちゃんと報告できたんだろうな?
 また書類が差し戻されたりしてないよな?

 ミチルはジェイのぽんこつ生活を思いやって心配していた。
 そんな表情が出てしまっていることで、目の前のアニーは少し声の調子を落として尋ねる。

「その騎士って男、ミチルのカレシ?」

「どええええっ!?」

 思いもよらない言葉に、ミチルは盛大に立ち上がって叫んだ。
 アニーは当然揶揄っているのだと思ったのに、なんだか顔が真面目だった。しかし、その顔の真意を考える余裕は今のミチルにはない。

「そんなわけないでしょ!ただ最初に会って意気投合したからできれば合流したいんですよ!」

 そう。ほんとにそれだけ。
 何もわからない異世界に放り出されたのだ、信頼できる知り合いは超貴重!……ってだけ。

「ふうん。まあいいや。けど、それは難しいね。昨日も言ったけどここからカエルレウムでは船で一ヶ月かかるし、旅費も莫大だよ」

「やっぱり、そうなんですかあ……」

 せめて陸続きだったら何とかなったかもしれない、とミチルは希望を断たれてがっくりと肩を落とした。

「でも、手がないこともないけど……?」

「えっ、マジ!?」

 微かな希望でもそれに縋りたいミチルの気持ちを見透かすように、アニーは意味深に笑った。

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