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第6話 逆盗聴

 週末。そろそろ梅雨も本格化し毎日雨が降っていたけれど、この日曜の午後になって少し晴れ間が見え始めた。
 それでも季節柄油断はできない。蕾生(らいお)は教科書を数冊入れた学校用の鞄を左手に、右手には傘を持って(はるか)と連れだって歩く。
 
「今週の名目は中間テストの復習だってね」
 
「ああ、今日は一応教科書とか持ってきたぞ」
 
 使うはずもないものを持って歩くのは面倒だが、永の様に何も持たずにいるのもなんだか気持ちが悪い。
 先週は知らなかったからいいとしても、今日は口実がきちんとあるのだから、それに見合った格好で来るべきだと思った。蕾生はそう思ったのに、永は全く違っていたらしい。
 
「真面目だなあ、ライくんは」
 
銀騎(しらき)から連絡もらったろ? なのに手ぶらなのか?」
 
「だって僕、テスト間違えてないもん」
 
「ああ、そうかよ!」
 
 にこやかに嫌味を言ってのける永に苛立った蕾生は鞄を振り回した。それは空を切って永の横髪を掠める。全く避けようとしなかった態度にもなんだかムカついた。
 
「いらっしゃい──どうかしたの?」
 
 玄関を開けるなり、不機嫌な顔で立っている蕾生を見て星弥(せいや)は首を傾げていた。
 
「いや別に……」
 
 ブスったれた蕾生の後ろからひょっこり顔を出して永が笑う。
 
「僕が秀才過ぎて困るって話」
 
「──なるほど。イヤミだよね、それって」
 
 永だけが手ぶらで来たことに即座に気づいた星弥は二人のやり取りも読み取ったのだろう、永に白い目を向けて冷たくそう言った。
 蕾生がそれに無言で頷くと、永も些かの居心地の悪さを感じて話題を変える。
 
鈴心(すずね)チャンは今日もお籠もりかな?」
 
「うん……朝からずっとね。鍵はついてないから、引っ張り出そうとすればできないこともないけど」
 
 星弥は少し暗い表情だった。毎週二人を家に呼んでおいて、肝心の鈴心には会わせてやれないことに少しの罪悪感を感じている。
 それは永も感じ取っており、肩で息を吐いた後強がるように言った。
 
「できれば自分から出てきて欲しいんだけどね」
 
「わたし達が部屋の前で騒いだら、うるさくて出てくるかな?」
 
 星弥のらしくない冗談に、蕾生も溜息混じりで呟いた。
 
「昔話じゃねえんだから……」
 
「あ、でもそれ使えるかも」
 
 不意に永が明るい声を出した。蕾生と星弥が注目していると、永はにんまりと微笑んでとりあえず腰を落ち着けようと言いながら、すっかり馴染みになった応接室へと急ぐ。


 
 
「鈴心チャンは自分専用の携帯電話って持ってるかな?」
 
「もちろん、持ってるけど」
 
「よーし、じゃあ、銀騎さんはこのアプリ、ダウンロードしてくんない?」
 
 部屋に入るなりソファの定位置にちゃっかり座って、永は自分の携帯電話の画面を見せながら星弥にあるアプリを示す。
 そして永の携帯電話から星弥の携帯電話に、聞いたこともない名前の怪し気なアイコンのアプリが送られた。
 
「インストールしたけど、なあに? これ?」
 
「そのアプリを起動したままで、鈴心チャンにいつものメッセージアプリでメッセージを送り続ける」
 
「ええ?」
 
 星弥の理解が追いつかないので、永はニコニコしながら星弥の手を取ってその中の携帯電話を握った。
 その手管は実に鮮やかで、詐欺だったらどうするんだろうと、蕾生は星弥の警戒心の無さを少し心配する。
 だがそれは彼女がこちらを百パーセント信じてくれている証でもあるか、とも思った。
 
「ここをこうすると……君の携帯電話が拾った音声をすぐに文章化して、相手にそれを送信し続けることができる」
 
「わたし達の会話を無理矢理送りつけて読ませる、ってこと?」
 
「そ。元は盗聴目的に開発されたものなんだけど、役に立つ日が来るなんてねえ」
 
「誰が作った、そんな物騒なモン」
 
 蕾生はいい加減につっこまないとどんどん怪し気なアイテムが増えると思った。永はウフフと笑いながら画面を操作している。
 
「うん、顔も知らないトモダチがちょっとねー」
 
「お前は相変わらずネットで危ない橋渡ってんな……」
 
「まあまあ、このやり方なら法には触れないでしょ? 逆盗聴なんだからさ」
 
 全く悪びれない永に、蕾生も溜息しか出ない。
 
「すずちゃんが電源切っちゃったら?」
 
 星弥が少し不安気に言うと、永はギャンブラーのような顔をして言った。
 
「そこは賭けだよね。でもやって見る価値はあると思わない?」
 
「まあ、だめで元々か」
 
 何にしてもとっかかりが欲しい。蕾生も渋々賛成した。
 
「わかった、やってみよう。あー、でも後で絶対わたしが怒られるよお」
 
 星弥も決意を見せた後、鈴心に睨まれることでも想像したようで、顔を緩ませながら困っている。
 
「……嬉しそうだな」
 
 そんな彼女を見て蕾生は少し引いた。
 
「よし、じゃあ、スタート!」
 
 永は星弥の態度もにこやかにスルーして大袈裟に片手を上げ、人差し指で携帯電話の画面をタップした。
 
「──もう、喋ったら送信されるの?」
 
 少しの沈黙の後、痺れを切らした星弥は何故か小声で喋り出す。
 
「うん。すでに送られてるよ、ほら」
 
 永が携帯電話の画面を指し示すと、会話の通りに文字が打たれ送信されていることを示すアニメーションが流れる。
 
「ほんとだ。あ、既読ついた!」
 
 三人は読まれもせずに鈴心側が退出することも考えていたが、意外とすぐに反応があった。それに気をよくした永が少し戯けて見せる。
 
「おーい、リン、見てるかあ? ハルだよーん」
 
「すずちゃん? 私達の会話を全部送るから、興味が出たら降りてきてね?」
 
「ほら、ライくんもなんか喋って!」
 
 永に促された蕾生は、二人のように軽い感じで喋ることなど出来ないので、自然と怒った口調になってしまう。
 
「鈴心、おいこら、とっとと出てこい」
 
「あ! スタンプ返ってきた!」
 
 返信の代わりに返ってきたのは、とても可愛らしい兎が「殺す」と言っているイラストだった。
 
「すずちゃんお気に入りの、ウサコロちゃんだ!」
 
 それを見て星弥は声を弾ませて喜んだが、永と蕾生は目を合わせて失笑する。
 
「ま、まあ、反応は悪くないようだしこのままおしゃべりしよっか!」

 そうして三人は、気持ち頭を寄せ合って、星弥の携帯画面を注視しながら会話を始めた。

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