第3話 鈴心の秘密
「この話を二人にしようかどうしようか、ずっと悩んでて……」
ただ事ではない
「すずちゃんが辛そうだから、やっぱり教える方がいいかもしれない……」
確実に良い話ではないことは蕾生にもわかる。永なら尚更で、途端に頬を強張らせ、星弥を少し睨みつけながら続きを促した。
「……何?」
「すずちゃんがここにいる本当の理由。すずちゃんは、定期的にお祖父様の所に行って健康診断を受けてるの」
「──」
硬直した表情のまま、永の眉だけがピクリと動く。
「わたしには健康診断って言われてるけど、本当は何をされてるのかわからないの。だって帰ってくるとすずちゃんは顔が真っ青でとても疲れてて」
──人体実験。
先ほど永が戯けて言った言葉を蕾生は思い出したが、即座に否定する。
まさか、そこまで。自分も毒されてるな、と心の中で自嘲する。
「すずちゃんに聞いても、ただの定期検診だって。母親と同じ病気が出ないか経過観察してるって言うんだけど、とても信じられなくて。けど、わたしはそれ以上聞けなくて……お祖父様はわたしには会ってくれないし」
「それはいつから?」
永は感情のない声で聞いた。努めてそうしているようだった。
「確か、すずちゃんが六歳くらい。お祖父様がうちに連れてきたの」
「頻度は?」
「最初は毎日だったと思う。妹ができたみたいで嬉しくて、毎日すずちゃんを探してたから。その度に、お祖父様のところよって言われたの」
「毎日健康診断? そんな訳ねえだろ」
さすがに蕾生も口を挟んだ。それに頷いて星弥は続ける。
「そうだよね、あの時はわたしもこどもだったからよくわからなかったけど、思い返して見ると変だよね」
「──それで?」
永の表情は凍りついていた。それに気圧されて星弥の言葉がたどたどしくなる。
「ええとね、しばらくして兄さんが言ったの。すずちゃんは病弱で学校に通えないから、自分が勉強を教えるんだって。わたしには遊び相手になってあげなさいって」
「あいつ、学校行ってないのか?」
蕾生の問いに、星弥は神妙な面持ちで頷く。
「うん。中学校も行ってないよ」
「
聞いたこともない低い声がした。それが永から発声されたものだと蕾生はすぐには気づけなかった。
「そう。お祖父様が許してないの」
「異常だろ、それ……」
蕾生の言葉に星弥は懺悔でもするように声を震わせて告白する。
「そうかもしれない。でもわたし達はすずちゃんが元気でいられるようにずっと見守ってきた。大きくなるにつれて、検診の頻度も少なくなってきて、それはすずちゃんが元気になってきた証拠なんだって──思っていたかった。銀騎研究所は病院じゃないのに、ね」
「……」
その表情に、蕾生は何も言えなかった。
「
それまでの自分を悔やみながら、星弥は意を決して永と蕾生を力強く見つめた。その瞳には新たな光が灯っている。
「話してくれてありがとう、と言っておくよ」
「永?」
少し穏やかな口調で永は星弥に頭を下げた。しかし次に顔を上げたその表情はこの世の者とは思えないほど冷たく、暗く、そして激しい怒りを携えていた。
「──でもおれは銀騎を許さない」
「……」
「──!」
蕾生も星弥も、永の剣幕に呑まれて身動きがとれなくなっていた。永の纏う怒りで周りの空気が震えているのではないかとさえ思う。
二人が息をすることも忘れて硬直していると、永はふっと力を抜いていつもの口調に戻った。
「──とは言え、今日判明した疑問の全てを解明するのはなかなか大変そうだなあ」
「お、おう……」
永の感情の底知れなさを目の当たりにして、蕾生は返事をするのが精一杯だった。
「ごめんなさい、わたしがわかるのはこれくらいなの」
「あー、やっぱり鈴心チャンに聞くのが一番手っ取り早いよねえ」
「そうだな」
情報の手詰まりを感じて三人が沈黙していると、永が急に手を叩いて星弥に話題を振った。
「そうだ。一番最初に言ってたよね、親戚の子が銀騎詮充郎の研究について知りたがってるって」
「うん」
「鈴心チャンは何を知りたがってるの?」
「ええっと、主にはお祖父様の研究の内容かな? 最初はうちの陰陽師稼業のことも知りたがってたけど、わたしがほとんど知らないことがわかったら聞かれなくなったな。それでお祖父様の論文を読んで、ここはどういう意味かとか持ってくるの。でもわたしもさっぱりで、答えられないと冷ややかな目で見るんだよ、『この役立たず』って」
なんとなくその表情がわかる気が蕾生はした。小さいくせに凄んだらなかなかの迫力はあるだろう。だが、続ける星弥の言葉は思ってもみないもので。
「その睨んだ顔がすごく可愛くて!」
頬を紅潮させて言う星弥に、蕾生はがっくりと肩を落とした。やはりちょっと彼女は計り知れない。
「ま、君の変態性はおいとくけど、リンも何かを調べてるってことか」
苦笑しながらも充分に心の距離をとって、永は先を促した。