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1-9 呪われた転生者

「なんかさ、お腹空かない?」
「へ?」
 
 予想に反して(はるか)の口からは暢気な言葉が出て、蕾生(らいお)は変な声が出てしまった。
 
「そうかな、……そうかも?」
 
 研究所の食堂で食べてからそんなに時間は経っていないが、急いで食べたからかあまり食事をしたという認識がないことに気づく。
 
「待ってて、そこでたこ焼き買ってくる」
 
 永は笑いながら数メートル先の広場に向かって歩いていった。そこでは屋台がいくつか出ており、なかなかの賑わいを見せている。

  
「はい、今日付き合ってくれた御礼ね」
「あ、ああ」
 
 永はたこ焼きを二パックとお茶のペットボトル二本を持って帰ってきた。渡されたたこ焼きは熱々でソースのいい匂いがしていた。
 
「高かったろ」
「ハハ、まあね。連休価格。でもいいじゃん」
 
 笑いながら永は自分の分のパックを開け、たこ焼きをひとつ楊枝で刺してそのまま口に運ぶ。
 
「んー、うまい。やっぱさあ、与えられる食事よりも自分で調達してきたものの方が美味しいね」
 
「お前、それ母ちゃんには言うなよ?」
 
「やだなあ、お母さんのご飯は別!それ言っちゃうとたこ焼き買ったのだってお小遣いだしね!」
 
 気分的なものでしょ、と永は笑うので蕾生も今はたこ焼きを食べることに専念することにした。青空の下で友達と買い食いするより美味しいものはないと思いながら。

 
 熱いたこ焼きをじっくり味わって食べ、ようやく一息ついた心地になった頃、永が意を決したように口を開いた。
 
「ライくん、これから話すこと──驚くなって方が無理だと思うけど、出来るだけ落ち着いて聞いてくれる?」
 
「……わかった」
 
「途中でなんか変な感じがするとか、具合が悪くなったら絶対言って」
 
「あ、ああ……?」
 
 蕾生の体の頑丈さは充分知っているはずなのに、今日は朝から随分体調を気にするなと思ったが、そう言う永の顔がとても真剣で少し怯えているようなので、蕾生は大きく頷いた。
 
「ええっと、どこから話そうかな……」
 
「あの子は一体誰なんだよ?」
 それでも永は言葉を濁すので、蕾生はまず研究所で会った少女について問う。
 
「そうだね、まずはそこからだ。彼女はリン、今の名前は知らない」
 
「今の名前?どういう意味だ?」
 
「そのままの意味だよ、僕はまだあの子の今回の生については何も知らない。けど、リンはずっと前から僕たちの仲間なんだ」
 
 開始早々から蕾生の頭の中は疑問符だらけになっている。ようやく返せたのはたった一言だった。
 
「ずっと、って?」
 
「うーんと、九百年……くらい?」
 
「は?」
 
「僕ら三人は、ずーっと昔から何度も転生を繰り返してる仲間なんだ」
 
「ええー……?」
 
 漫画の話かな、と現実逃避したくなる思考を蕾生はなんとか押し込める。永の顔は冗談を言っているものではなかったから。
 
「よく知らんけど、それって仏教とかの考えだろ。それで言うと、人間は皆生まれ変わってるってことじゃねえの?」
 
「ああ、うん、まあそうだね。だけど僕らの場合はその転生の回数が尋常じゃない」
 
「ええー……?」
 
 嘘だあ、と言いそうになったのを蕾生は飲み込んだ。永の顔はどんどん深刻さを増している。
 
「僕が知覚できてるだけでも、僕らが転生したのは約九百年間で三十四回」
 
「ちょ、っと待てよ。人の一生って昔でも五十年くらいはあるだろ。九百年で三十回以上ってことは単純に割っても……」
 
「そうだよ、ライ。冷静で嬉しいよ」
 
 永は少し安心したような表情になって、蕾生の疑問にきっぱりと答える。
 
「僕らは若く死んで、すぐ生まれ変わる。そういう運命をずっと繰り返してる」
 
「──何故?」
 
(ぬえ)に呪われているから」
 
 ヌエ
 ぬえ?
 
 ──鵺
 
 初めて聞くはずの単語なのに、蕾生はその言葉の意味を知っていた。
 
 何か、黒い、闇の中からやってくる、化物。奇妙な声。その獣を確かに知っている。
 
 辺りが急に曇り始めた。冷たい風が吹く。それに煽られて羽ばたく鳥の、哀しい声が響いていた。

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