最終話「それぞれが歩む道」
あれから三日が経った。
サムが消え去り、『ジャック・グレース』の名を取り戻したジャック。
そんな彼は学院の中庭で、ミシェルと二人きりでいた。
そして、イリザから今日に至るまでの一連の出来事を全て話した。
ミシェルはジャックの正体を知り、驚いていた。
「えぇ!? それじゃあ、君があのジャック・グレースだったってことか!?」
「はい……」
「シエラちゃんだけがそのことを知っていたのか」
「隠しててすみませんでした」
「それは別にいいんだけどよ。そういえば、初めて学生寮で会った日に、君がジャック・グレースなんじゃないかって冗談で言ったような……」
「あの時はバレたのかと思って心臓が止まりかけましたよ」
「わ、悪いことしたなぁ……」
ミシェルは気まずそうに頭を掻いた。
すると、話題を切り替えてきた。
「まぁでも、復讐を果たせてよかったじゃないか」
「どうなんでしょうね」
「え?」
「なんかこう、胸にぽっかりと穴が開いてしまったというか。あれが本当に正しい選択だったのか、自分でも分からなくなっています」
ジャックの言葉に、ミシェルは難しい顔をした。
そこで会話が途切れた。
ミシェルは、浮かない顔をするジャックをジーッと眺めた。
そして、しばらく何かを思いふけると、口を開いた。
「俺がこの学院に入った理由を話したの覚えてるか?」
「ええ。たしか戦士にはない、絶対的な強さを手に入れるためでしたよね」
「ああそうだ。俺はその強さを手に入れて、父さんや母さんを殺した国王を倒すつもりでいる」
「国王を?」
「復讐心ってのは、それを果たすまで燃え尽きることはない。後悔しようがしまいが、結局やるしかないんだ。君の選択は間違っていなかったと思うぞ」
ミシェルは真剣な眼差しでジャックを見つめていた。
たしかにサムと対峙したことで、クレアの死の真相を知ることができた。
クレアとの再会を果たすこともできた。
それに、サムが消え去ったことでジャックだけでなく、シエラやフランクも追われる身から解放されたのだ。
そう考えると、後悔する理由がない。
だが、ジャックはこれで父親も母親も失ってしまった。
家族が誰もいなくなってしまったのだ。
ジャックに残されたのは、虚しさと喪失感だけだった。
「復讐なんて、もう二度と御免です」
ジャックはどこか寂しげにボソッと呟いた。
とその時、
「なにめそめそしてるのよ」
と、背後から誰かが話しかけてきた。
その声に振り返ると、そこにはシエラが立っていた。
隣にはハンナも立っている。
「シエラさん……」
「ほら、早くしないと次の授業が始まっちゃうわよ」
シエラはそう言うと、先に行こうとした。
ジャックたちもその後に続く。
すると、遠くから誰かが走ってきた。
「おーい! 我を置いていかないでくれー!」
その声の主はアテコだった。
彼は激しく息を切らし、今にも倒れそうだった。
「はぁ、はぁ、そなたたち、高貴なる我を置いていくとは何事だ!? 貴重品を置いていくようなものだぞ!」
これにジャックは苦笑し、シエラは肩をすくめて溜め息をついた。
「はぁ、馬鹿なこと言ってないでさっさと行くわよ」
仲間が揃い、前に向かって歩き始めたジャック一行。
そんな中、ジャックがミシェルに話しかけた。
「あ、そうそう、ミシェルさん」
「ん?」
「さっきの復讐の話ですが、ミシェルさんが手を下す必要はもうなくなりますよ」
「……どういう意味だ?」
「じきに分かります」
ジャックがそう言うと、ミシェルは首を傾げた。
ハンナは彼らの様子を不思議そうに見つめる。
「ねえ、二人で何の話をしてるの?」
「無粋な話ですよ。僕たちがいてはならない血みどろの世界のね」
こうして、ジャックの長く壮絶な戦いは幕を閉じたのである。
平和を手に入れた彼の顔は、朗らかだった。
その頃、宮廷の謁見の間では、レオンと国王による密談が行われていた。
国王は玉座にどっしりと腰を据え、レオンは下を向いてひざまずく。
日当たりが悪く、薄暗い中、重苦しい空気が流れる。
「して、余に何用あってここへ参ったのだ、レオン」
「父上もご存じの通り、サム・グレースがこの宮廷で亡き者となりました」
「うむ、そうであったな」
「ですが、奴の死体はどこにもありませんでした。不思議に思った私は、現場にいたある人物を問い詰めました。すると、その人物はこう申したのです。クレアの魂が奴を連れ去ったのだと」
「なっ……!」
その名を聞いて、国王は動揺を隠せずにいた。
「思い出されたようですね。そうです。父上が帝国軍の研究に利用された、あのクレアです」
レオンは国王を鋭く睨んだ。
レオンにとって、クレアは長年慕ってきた師匠のような存在。
だが、クレアの体は、国王の身勝手な研究によって朽ち果ててしまった。
そして、それが引き金となって、サムに殺されてしまった。
レオンは復讐心に燃えていた。
「今私がやるべきことはたった一つ」
レオンがそう言い放った次の瞬間!
衛兵たちが怒涛のように謁見の間に押し寄せてきた。
気づけば、国王は衛兵たちに取り囲まれ、剣を喉元に突き付けられていた。
「ど、どういうつもりだ!?」
国王はガクガクと震えつつも、必死に叫んだ。
「ご覧いただければ分かる通りですよ。これより、父上のお命頂戴つかまつります」
「こんなことをして、ただで済むとでも思っておるのか!?」
「ええ。事前に手を回させていただきましたから。私も第一王子として、それなりに影響力があるのです」
「レ、レオン……! 貴様……!」
「この宮廷に、父上のお味方は誰一人としておりません」
「くっ……」
国王は悔しそうに歯を食いしばった。
こうなってしまっては、もはやどうすることもできない。
レオンは不敵な笑みを浮かべた。
「さぁ、後のことは全てこの私にお任せを。子供の成長ぶりを、そして私が帝国を導く姿を、あの世からとくとご覧ください、父上」
すると、衛兵たちが一斉に剣を突き刺した。
国王の喉元からは、だらだらと血が流れる。
床にはみるみるうちに血だまりができていく。
やがて、国王の息の根が止まった。
レオンは深呼吸し、血の臭いをいっぱいに吸い込んだ。
「これで私もジャック・グレースと肩を並べられたかな。ね、先生?」
その後、レオンは一人で高らかに笑い続けた。