第十四話「恐ろしき第二王子」
アルフォナ魔術学院の敷地はとにかく広大だ。
レンガ造りの棟がずらりと立ち並び、中でも時計塔は一際目立っている。
その中をどんどん進んでいくジャック一行。
そういえば、先程から学生と思しき姿が一向に見られない。
今日は授業がないのだろうか。
そんなことを考えていると、どこかから歓声が聞こえてきた。
気になったジャックは守衛に尋ねてみた。
「今日って何か行事でもやっているのですか?」
「行事? いえ、そんなものはやっておりませんよ」
「じゃあ、さっきから聞こえてくるこの声って……」
「あぁ、そのことですね」
守衛は腑に落ちた様子だった。
そして、少し歩いた所で立ち止まった。
目の前には巨大な土壁が広がっており、その中に大きなトンネルが一つある。
「ここから入れば分かりますよ」
守衛はそう言うと、ジャックたちの方を振り返った。
言われてみれば、歓声はトンネルの奥から聞こえてくる。
この先に何があるのだろうか。
すると、守衛がトンネルの中へと入っていった。
三人もその後に続く。
トンネルの中は薄暗く、足音がよく響く。
やがてそれを抜けると、光が差し込んできた。
「さぁ、着きましたよ」
と、守衛が一言。
そこで目の当たりにした光景に、ジャックたちは思わず息を呑んだ。
「こ、これは……」
そこには、巨大な闘技場があったのだ。
観客席には大勢の人が集まり、そこから歓声が上がっていた。
その大半が学生であり、中には教員らしき人物もいる。
そして、舞台には二人の青年がいた。
一人は学院の制服に身を包み、もう一人は真紅のローブを纏っている。
「あれは一体……」
「先程申し上げました、他の受験生の模擬戦ですよ。ちょうど今から始まるようです」
「僕もここで模擬戦を?」
「ええ。ですから、しっかりと目に焼き付けてください」
ジャックは改めて闘技場を見渡してみた。
いきなり模擬戦に臨むこととなった挙げ句、こんな大観衆の前で実施するとは。
今からでも引き返したくなる。
その頃、舞台の二人は激しく睨み合っていた。
ジャックにも緊張感が走る。
とその時、ついに受験生の方が杖を取り出した。
だが相手はこれに動じることなく、不敵な笑みを浮かべている。
「うぉおおおお!!」
受験生は大声を響かせながら突進していく。
そして、
「死ねぇ!」
と、相手に向けて杖を大きく振った。
すると、何かの魔術が発動し、とてつもない勢いで放たれた。
もはや勝敗は決したか。
誰もがそう思った次の瞬間!
突如として相手の足元に魔法陣が展開され、放たれたはずの魔術が打ち消されてしまった。
「なに!?」
予想外の事態に戸惑う受験生。
とその時、魔法陣から魔剣らしきものが突き出てきた。
相手はそれを手に取ると、
「さぁて、楽しませてもらうぞ」
と、受験生に向かって突進した。
受験生は咄嗟に杖を構え、
ズドォーン!!
と、攻撃魔術を放った。
だが驚いたことに、相手はそれを魔剣で切り裂いてしまった。
「く、来るな! 来るな!」
ズドォーン!! ズドォーン!! ズドォーン!!
パニックになった受験生は攻撃魔術を乱射した。
「無駄なことを」
一方の相手はそれらを次々と魔剣で切り裂いていく。
そして、ついには受験生の所まで行き着き、剣を思い切り振り上げた。
「や、やめてくれぇーーーーーーーーーー!!」
受験生は腰を抜かし、絶叫した。
「そこまで!」
途端に、審判が止めに入った。
勝敗は一目瞭然であり、これ以上戦わせる必要はない。
相手はゆっくりと魔剣を引いた。
受験生はガクガクと震え、立ち上がれずにいる。
すると、観客席が一気に沸き上がった。
「キャー! セドリック様ー!」
「いいぞー! セドリック様!」
聞こえてくる声からするに、彼の名は『セドリック』というらしい。
それにしても、ご丁寧に『様』付けとは。
どうやら彼には大勢のファンがいるそうだ。
だが、ジャックにはそんなことを気にしている余裕はなかった。
(強い……強すぎる……)
そう、彼は強すぎるのだ。
どれだけ魔術を放っても、効かないのでは勝ち目がない。
言ってしまえば無敵である。
「彼は何者なんですか?」
「セドリック・ローレル様。我が学院の生徒会長を務めておられます」
「ローレル? ローレルってことは……まさか王族!?」
「ええ。帝国の第二王子であらせられます」
「第二王子って……マジかよ……」
ジャックは動揺を隠せずにいた。
だが同時に、観衆が『様』付けしていたのも腑に落ちた。
ローレル家は、およそ400年前から続く王族である。
魔導大国を支配するだけあって、魔術師としての実力は凄まじい。
そして今、そのローレル家の第二王子が目の前にいるのだ。
驚くのも無理はない。
とその時、ジャックはある懸念に襲われた。
「……ん? ちょっと待ってくださいよ? まさか僕の戦う相手って……」
「ええ。セドリック様です。あのお方は学生の中でも特にお強いので、模擬戦を担当されることが多いのですよ」
「おいおい、嘘だろ……」
あんな化け物と戦わされるだなんて冗談じゃない。
勝ち目がない以前に、そもそも無事に済む気がしない。
今からでも辞退できないものだろうか。
ジャックが思い悩んでいると、シエラが口を開いた。
「ったく、しっかりしなさいよ。あなたにはディメオがあるでしょ?」
「でも魔術が効かないんじゃどうしようも……」
「あのセドリックって人にも弱点の一つや二つくらいあるはずだわ。そこを徹底的に狙うのよ」
「は、はぁ……」
そう言われても、先程の模擬戦で彼に弱点があるようには見えなかった。
となると、戦って確かめるしかないのだろうか。
すると、フランクが首を傾げながら口を開いた。
「でもよ、あの王子にそこまでの魔力があるようには思えねぇんだよなぁ」
「え? そうなんですか?」
「ああ。さっきの模擬戦を思い出してみろ。魔術を一回も発動していなかったんだぜ? 魔力がある奴だったら普通そんなことしないだろ」
「なるほど。言われてみれば……」
「それに、俺の魔眼も何も言ってこなかったしな。もし並外れた魔力があるんだったら反応しているはずだ」
たしかにフランクの言う通りだ。
セドリックは魔法陣を展開したり、剣を使ったりした。
だが、魔術を発動することは一度もなかった。
これは何かあるのかもしれない。
そんなことを考えていると、守衛が声をかけてきた。
「さて、そろそろお時間になります。ご準備の方を」
「わ、分かりました」
途端に、ジャックは緊張してきた。
(でもどうしよう……。もし負けたら他に行く当てが……)
とその時、シエラが彼の背中をポンッと叩いた。
「ひぇ!」
「頑張りなさいよ。一緒に学院へ通うんでしょ?」
「は、はい……」
「まぁなんだ、相手が王子だかなんだか知らねぇけど、兄ちゃんなら大丈夫だ! 何も心配することはねぇ」
シエラに続き、フランクもジャックを励ました。
(そうだよ、弱気になってどうするんだ)
と、ジャックは杖を強く握りしめた。
今から負けた時のことを考えるなんて馬鹿馬鹿しい。
どうやって勝つかだけを考えればいいのだ。
よし、やってやろうじゃないか。
「お二人とも、ありがとうございます。絶対に勝って入学してみせます!」
「おう! 応援してるぜ!」
そして、ジャックは守衛の案内の下、舞台へ向かった。
舞台に着くと、ジャックはセドリックに迎えられた。
「おや? まさかもう一匹来るとはな」
セドリックは嘲笑っており、あからさまにジャックを見下していた。
それはデミオンを思い出させるものだった。
(こいつデミオンに似てるな……。うわー、ぶっ殺してやりてぇ……)
ジャックは思わず苛立ちを覚えた。
とはいえ、相手は第二王子なのだ。
ここは愛想笑いでもして、冷静を装わなければならない。
「お初にお目にかかります。ジャック・グ……」
おっと、危ない危ない。
追われる身でありながら、こんな所で本名を晒すわけにはいかない。
何か適当な偽名が必要だ。
(えぇっと、それらしい名前は……ジャック、ジャック、ジャック……)
ジャックが必死に考えていると、セドリックが怪訝そうな顔をした。
「おい、どうした? 名を申せないのか?」
「い、いえ、そんなことは……」
「なら早く申してみよ!」
セドリックは声を荒げて問い詰めた。
これに焦ったジャックは、咄嗟に思いついた偽名を口にする。
「ジャ、ジャック・グリンピースでございます!」
「……ジャック・グリンピース?」
と、セドリックは首を傾げた。
(ま、まずい……。やりすぎた……)
グリンピースとは、誰もが知るあの豆のことである。
当然、この世にそんな苗字は存在しない。
さすがに怪しまれたか。
緊張のあまり、ジャックの額からは大量の脂汗が流れている。
すると、セドリックが口を開いた。
「ずいぶんと変わった苗字だな……。まぁいい。どうせこの模擬戦っきりの付き合いになる。貴様もそのつもりでいろ」
「は、はい……」
なんとか乗り切ることができ、ジャックはホッと胸をなでおろした。
しかし、こんな偽名でも怪しまれないとは。
セドリックは意外と間抜けなのかもしれない。
そう考えると、なんだか勝てるような気がしてきた。
(フッ、チョロいもんだぜ。これなら勝てるかもしれないぞ?)
ジャックは無意識のうちにニヤニヤしていた。
すると、セドリックが顔をしかめた。
「なに一人でニヤニヤしてるんだよ」
「あ、いえ、その……健康のために笑顔を心掛けているというかなんというか……」
「なんだそれ? 気持ち悪い奴だな」
なんとか誤魔化せたが、危ないところだった。
それにしても、無意識とは怖いものである。
今後は気をつけることにしよう。
こうして、ジャックは『ジャック・グリンピース』となった。
そして、いよいよその時が来た。
「さぁて、ジャック・グリンピース。そろそろ始めさせてもらおうか」
「いつでもどうぞ。準備はできております」
ジャックはそう言うと、杖を構えた。
「分かっているとは思うが、俺は強いぞ?」
「ええ、そのようですね」
「たとえ貴様が死んだとしても、恨まないでくれよな」
「それはお互い様ですよ」
「そうか」
ジャックの答えに、セドリックは鼻で笑った。
観客席からはセドリックを応援する声が聞こえてくる。
「セドリック様ー! 頑張ってー!」
「やっちまえ! セドリック様!」
激しく睨み合う二人。
いざ、運命の模擬戦が始まる。