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第九話「さらば故郷よ」

 ダグラスに連れられ、洞窟を奥へと進むジャック一行。
 足元がごつごつしており、今にも転びそうである。
 だが頼りになる灯りは、フランクが魔術でともした火のみだ。
 それにしても、一体どこへ向かっているのだろうか。

「なぁ、本当にアルフォナになんて行けるのか?」

 フランクは怪訝そうな顔をしてダグラスに尋ねた。

「何度も同じことを言わせるな。ここらは俺の縄張りだから任せておけ」
「そう言われてもだなぁ……」

 ダグラスの答えに、フランクは険しい顔をした。
 そんな中、ジャックはあることが気になった。

「そういえば、ダグラスさんはこんな洞窟で何をされていたのですか?」
「あぁ、輸入されたばかりの商品を仕分けしていたんだ。なんたってここが俺の仕事場だからな」
「仕事場?」
「この洞窟はそのまま海に繋がってて、船から商品を積み降ろしするには格好の場所なんだ。どうせ誰も使わんし、もったいないから俺が使わせてもらってるってわけだ。……ほら、あれを見てみろ」

 ダグラスに言われるまま、ジャックはその方に目を向けてみた。
 すると、その光景に言葉を失った。

「こ、これは……」

 なんとそこには、視界を埋め尽くすほどの木箱が洞窟の天井にまで積み上げられていたのだ。
 これにはフランクとシエラも呆然とし、ぽかんと口を開けていた。
 ここまで積み上げるのに、どれだけの時間がかかったのだろうか。
 それは果てしない年月なのだろう。

「おい、こっちだ。グズグズするな」

 ダグラスはそう言うと、先へ進んでいった。
 三人はその後を追う。
 そしてしばらく木箱の隙間を潜り抜けていくと、やがて視界が開けてきた。
 なんだか波の音とともに、磯の香りがする。
 とその時、ダグラスが立ち止まった。

「さぁ、これに乗っていくぞ」

 彼の足元には一面、水が溜まっていた。
 おそらく海から流れてきたのだろう。
 そしてそこには、小さな木造の帆船が一隻だけ浮かんでいる。
 フランクは顔をしかめた。

「……なんだこれ?」
「俺がいつも使っている船だ。こいつに乗ってアルフォナまで行く」
「おいおい、こんなんで本当に行けるのか? 普通の船でもアルフォナまで三日はかかるんだぜ?」
「安心しろ。俺はこいつでダルモマリアまで行ったこともある」
「ダルモマリアだと!?」
「ああ。それと比べれば、アルフォナなんて目と鼻の先みたいなものだ」

 ダグラスは自信満々の様子だった。
 ダルモマリアとは、海を渡った遥か南方にある帝国領の列島のことだ。
 イリザからの距離で測れば、アルフォナよりも断然遠い。
 そこまで行けたのなら、この船でも問題ないのだろう。

「それではアルフォナまで急ぐことにしましょう」

 ジャックはそう言うと、先陣を切って船に乗り込んだ。
 そして、シエラに手を差し伸べた。
 すると、彼女はジト目になった。

「なによこの手は」
「シエラさんも一応女性ですから。僕も男として……」
「一応?」

 シエラはジャックの言葉を遮り、彼を鋭く睨んだ。
 その瞬間、ジャックの背筋が凍りついた。

「い、いえ! 正真正銘の女性です!」

 これを聞いたシエラは呆れた顔で溜め息をつき、

「船くらい一人で乗れるわよ」

 と、冷静に一言。
 そのまま船に乗り込んだ。
 珍しく暴力を振るわれず、ジャックはホッと胸をなでおろした。
 とその時、後方から誰かの声が響いてきた。

「おーい! 見つかったか?」
「いや、ここにはいない。もっと奥にいるんじゃねぇのか?」

 間違いない。
 追っ手の声だ。
 それもすぐそばまで迫ってきている。

「こ、ここがバレただと……!?」

 ダグラスは驚きのあまり、その場で立ち尽くしていた。
 すると、フランクは慌てて船に乗り込んだ。

「ダグラス! 早く船を出してくれ!」
「あ、ああ!」

 ダグラスは急いで船に飛び乗り、出航の準備を始めた。
 だが、そこで追っ手に見つかってしまった。

「あっ! いたぞー!」
「待てー!」

 ジャックはすぐさま、走り迫ってくる追っ手に向けて杖を構えた。
 すると、ディメオが赤く光っているような気がした。

(……あれ? また赤くなってる?)

 ジャックは顔をしかめてディメオに目を向けた。
 とその時、

「おい! 三人ともしっかり捕まってろよ!」

 と、ダグラスから呼びかけられた。
 その方を見てみると、、ダグラスが隠し持っていた杖を構えていた。
 そして、何かの詠唱を始める。

「天空の風よ!
 大地の闇に宿る魂の渦を纏い、その力を我が手に授けよ!
 ブロ—ウィング!」

 と、ダグラスが詠唱を終えた次の瞬間!
 嵐のような暴風が辺りを襲った。

「「「ウギャアァァァァァァ!!」」」

 追っ手はみるみるうちに吹き飛ばされ、洞窟の壁に強く叩きつけられた。
 そして、血しぶきが上がった。
 おそらく即死だろう。
 すると今度は、シエラまで吹き飛ばされそうになった。

「キャッ!」
「あ、危ない!」

 ジャックは咄嗟にシエラの手を掴んだ。
 そのおかげで彼女はなんとか持ちこたえることができた。

「あ、ありがとう……」

 シエラは頬を赤らめ、照れくさそうにしていた。

「いえいえ」

 これにジャックは満更でもなさそうにニヤニヤしていた。
 シエラから感謝されるなんて、一生に一度の機会かもしれない。
 貴重な思い出として心にしまっておこう。
 そんなことを考えていると、ダグラスが叫んだ。

「よし! 行くぞー!」

 すると次の瞬間!
 船の帆がいっぱいに膨らみ、とてつもない勢いで進み始めた。
 同時に、激しい揺れに襲われる。

「うおあっ!」

 ジャックは危うく船から投げ出されそうになった。
 とその時、周囲が突如として明るくなった。
 ふと周囲を見渡してみると、すっかり海に囲まれていた。
 地平線の向こうには、昇りかけの太陽がてっぺんだけ出ている。
 そんな中、シエラはイリザの方向を見つめていた。

「これでイリザともお別れね」
「ええ……」

 ジャックは感慨深そうに相槌を打った。
 とその時、ふとディメオのことを思い出した。

(そういえば、さっき赤く……)

 と、ディメオに目を向けてみる。
 だが、それはいつも通りのエメラルドグリーンに輝いていた。
 赤く光っているように見えたのは気のせいだったのだろうか。
 ジャックは不思議に思いつつも、深く考えるのはよすことにした。



 気づけば、どんどん小さくなっていくイリザの街。
 やがてそれが視界から消え去るまで見つめ続けた。

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