第四話「家族に居場所なんてものはない」
フランクやシエラとの出会いから三日が経った晩のことである。
ジャックは館の謁見の間を訪れていた。
当主のサムに呼び出されたのだ。
上座にどっしりと腰を据えるサム。
彼の右腕を覆うはずの服は、肘の辺りからだらんと垂れ下がっている。
周囲に衛兵たちがずらりと立ち並ぶ中、ジャックは下を向いてひざまずく。
重く押し潰されそうな空気が流れ、沈黙が続いた。
それにしても、普段は誰からも相手にされないジャックが一体なぜ呼び出されたのだろうか。それも『当主』に。
ジャックはサムの様子をチラッと見てみた。
すると、サムの目つきは鋭く、明らかに不機嫌そうな顔をしていた。
ジャックは思わずビクッとし、目をそらした。
とりあえず、いい話でないことは分かった。
だが、これといって悪事を働いた覚えもない。
謎が深まっていくばかりである。
そんな中、ついにサムが口を開いた。
「さて、ジャック。ワシが何を言いたいか分かるか?」
「恐れながら、まったく見当もつきません……」
「そうか」
サムの顔はさらに険しくなった。
「お前、小娘を虐めたそうじゃないか」
「……僕がですか?」
ジャックは身に覚えのないことを言われてひどく戸惑った。
「お待ちください。一体何の話をされているのでしょうか」
「あくまで白を切るつもりか」
「白を切るも何も、僕は小娘を虐めてなどおりません」
「お前が街中で魔術を発動させて小娘を虐めていたという話が世間で出回っている。館の中にも目撃した者がいるそうだ。もはや言い逃れはできまい」
「そう言われましても、身に覚えがござい……あっ!」
その時、ジャックの中にある記憶が蘇ってきた。
それは三日前にイリザの商業地域でシエラに水をぶっかけてしまったこと。
たしかにあの時、周囲には多くの人がいた。
おそらくそこから誤解が生まれてしまったのだろう。
サムの言っていることが腑に落ちたジャックは、すぐさま弁明しようと試みた。
「恐れながら、その話には少しばかり誤解がございます」
「なに?」
「たしかに僕は街中で魔術を発動させて、その小娘に水をかけてしまいました。ですがそれは意図してやったことでは……」
「では虐めたことに間違いないのだな。とうとうそこまで落ちぶれたか」
「いや、ですからそれは単なる事故で……」
「言い訳は無用だ!」
サムはジャックの言葉を遮って、怒鳴り声を響かせた。
途端にその場が凍りつき、静まり返った。
すると、サムは溜め息をつき、
「あんな呪物さえなければ、お前のような疫病神なんぞ今頃……」
と、額に手をやりながらボソッと呟いた。
ちょうどその時、ジャックの背後から足音とともに女の声がした。
「あらあら、そんなに思い詰められては体に毒ですわよ」
その声に振り返ると、そこにはサムの後妻でジャックの義母でもあるエマがいた。
その傍らにはデミオンが立っている。
エマはジャックと目が合うや否や、蔑むような目で彼を見た。
「聞きましたよ。か弱い少女を白昼堂々と虐めたのですって?」
「恐れながら母上、それは……」
「お前に母上などと呼ばれる筋合いはない!」
エマはジャックの言葉を遮って、ぴしゃりと言った。
サムと同じく、ジャックの言い分に耳を貸す気がないようだ。
とはいえ、エマがジャックを毛嫌いするのには訳がある。
彼女からしてみれば、ジャックは自分が腹を痛めて産んだ子供でも何でもない。
それどころか、実子であるデミオンの次期当主という立場を脅かす存在なのだ。
エマの態度は当然と言えば当然である。
「それにしても、こんな下衆をいつまで野放しにしておくおつもりですの? こうしているうちにも領民からだけでなく、王族からの信用も地に落ちてしまいますわ!」
「うむ……」
サムはエマの言葉に腕を組んで考え込んだ。
この地獄みたいな場所から一刻も早く立ち去りたい……。
そんな思いでいっぱいだったジャックは、ただただ沈んだ表情をして俯いていた。
とその時、沈黙を貫いていたデミオンが口を開いた。
「父上もずいぶんと兄上にお手を煩わせておられるようですな。兄上も親不孝なこった」
と、口元に冷ややかな笑みを浮かべるデミオン。
ジャックは何も言い返すことができず、グッと唇をかみしめた。
その様子を見たデミオンは鼻で笑うと、サムの方を向いた。
「ですが父上。そんな兄上でもグレースの名に恥じぬよう、それなりの努力はされているようです」
「ほう、どんな?」
「兄上が小娘を虐めておられたというあの日、実は兄上と偶然お会いしました。その際、兄上は魔導具店にて魔石を買い求めておられたのです」
「魔石だと? 何のために?」
「それは私にも分かりかねますが、何か悪だくみでもされているのではないでしょうか。まぁ理由が何であろうと、我が一族の者がそんなものに頼るだなんて、情けない話ですがね。魔石を持つということは、それだけ自分に魔力がないということを証明しているようなものですから」
デミオンはそう言うと、ジャックにじろっと視線を向けた。
その目は嘲笑っており、あからさまにジャックを見下しているものだった。
これを見たジャックは思わずデミオンに飛びかかりたくなった。
だがここが御前であることを思い返し、歯を食いしばって堪えた。
とその時、デミオンがふと何かを思い出した。
「あ、そうそう。先程から兄上にお会いしたいという親子がいらしているのでした」
「親子?」
すると、デミオンがパンパン!っと手を叩いた。
これを合図に、一人の家臣が謁見の間に入ってきた。
その後ろには、二人の来客らしき人物が続いている。
二人は慣れない場所のせいか、キョロキョロと辺りを見回し、やけにおどおどしていた。
そんな二人の姿が目に入った途端、ジャックは驚かずにはいられなかった。
「あっ! あなたたちは……」
一人は白髪交じりの頭で、右目に眼帯をつけているおっさん。
もう一人は、さらさらとした美しい亜麻色の髪をポニーテールにしている美少女。
そう、二人はフランクとシエラだったのだ。