第62話 初代魔王の記憶⑥
それからしばらくの間、現在まだ戦時中ということを忘れるくらい穏やかな時が流れた。
魔族と人間の街道整備の混合プロジェクトメンバー達は、いつか自分達が作っている道が、未来の子供達同士を繋ぐ懸け橋になると信じ、朝から晩まで汗水垂らしながら必死に道を作っていく。
雨の日も風の日も、魔族と人間でどちらの手掛けた道が美しいか、こっちの方が効率が良い、こっちの方が仕事が丁寧、下らぬことでも競い合い称え合い、今までの憎しみはそっと胸の奥にしまい未来を見据え手を取り合い前に進み始めた。
魔族が人間の町で道を作り、人間が魔族の町で道を作る。
開始直後こそ住民たちに冷めた目で見られていたメンバー達だが、次第に必死に汗を流す姿を見て応援する者が現れ始めると、若い世代を中心にどんどんその声は大きくなる。
もう勇者や魔王に頼らなくても、英雄二人が作ってくれたこの流れを全ての魔族と人間が引継ぎ、住民達同士でも手を取りあえるだろう、誰しもがそう思い始めた。
しかし、当然数千年続く戦争はそんなに甘く終戦を迎える訳はない。
魔王も、勇者も、人間も魔族も、皆それぞれ束の間とはいえ数千年振りの平和に浮かれていたのだろう。
再び忍び寄る乱世はもうすぐそこまで来ていた。
〇
ーレイブンズフェル(魔族の国:ブラッドレイブンの王都)、未来への道
魔族・人間それぞれの街道は王都から始まり、『未来への道』と名付けられ、魔族と人間のそれぞれの英雄が笑顔で手を取り合う像が立っている。
英雄二人は最後まで固辞していたが、それぞれの関係者の強い希望により本人達の主張を退け設置されたものである。
「ママー、もうパパは戦争に行かないでずっと一緒に暮らせるの?」
「ええ、もう争いは終わったのよ。これからは人間達と互いに助け合い暮らしていくの。ほら、魔王様と勇者様も仲良くしてるでしょ?」
「本当だー。今まで喧嘩してたのが嘘みたいに仲良しだね!!」
「だからこの平和を取り戻してくれた魔王様と勇者様にお礼しようね?」
「うん!あたしずっと平和が良い!!」
道の始まりと英雄達の像は、像の設置後すぐに、巡礼する国民達で溢れた。
ようやく取り戻した平和に感謝し、散っていった英霊たちを弔い、二度と同じ過ちを繰り返すまいと皆一様に誓うのであった。
ガンッ
「おい兄ちゃん気を付けな!この辺りは小さい子も多いからな」
「………………って……………罪だ……人…を…絶…し…」
「え?何だって??……お?兄ちゃん人間か、よく来てくれたな!!」
最近では少しずつ互いの国へ渡航する者が現れ始めた。
まだ珍しくはあるが、全くない訳ではないので人間がブラッドレイブンにいても不思議ではない。特にここは有名な巡礼の地でもあるので尚更だ。
「どいつもこいつも平和ボケしやがって…魔族と仲良くする人間も同罪だ…」
「は?何を言ってー
「罪人どもは根絶やしだぁぁぁぁぁああああ!!!!」
人間の男はそう大声で叫ぶと英雄の像の側で、自身の身体に巻きつけてあったダイナマイトに火を付ける。
その日、短かった仮初の平和は終わりを迎えた。
〇
「一体なんでこんなことが起こったんだ……今までの皆の努力が水の泡じゃないか…」
「私にもわからない…いよいよ来週人間と魔族の平和条約が結ばれるはずだったのに……」
魔族の王都で人間の若者の手によりテロが発生した日、同じことが人間の王都『サンガルディア』でも魔族の若者の手により同様の事件が発生。多くの犠牲者がでた。
当然街道整備どころでは無くなり、魔族と人間のプロジェクトメンバー達は無期限の休みとなり帰宅している。
『休み』となってはいるが、全員がもう二度と元の関係に戻れないことを理解した上で、帰路についているだろう。
「…俺達は平和を焦り過ぎたのか?……本当は誰も平和なんか望んで無かったのか?」
「大ちゃん……それは違う。皆心から平和を歓迎していたはず……。彼らのあの笑顔を私は嘘だと思いたくない……」
「……ならば…なんで………」
ようやく手に入れかけた平和は、すぐそこまで来ていた2人の幸せは、2人の努力を嘲笑うかのように幻かのごとく一瞬で消えていった。
「大ちゃん、大ちゃんは一人ではない。また一緒に頑張ろう。魔王と勇者が手を取り合い続ける限り、何度でも平和は訪れるはず。今日だけは2人で悲しみ、明日からまた頑張ろう。私はずっと大ちゃんの味方だから…」
「…ティアラ………」
「その名前は二度と思い出させないで欲しい……」
勇者だって俺と同じくらい辛いはずなのに、それを押し殺し必死に俺を元気づけようとしてくれる。
「こんな情けない俺に出来るのかな…?」
「大ちゃんは情けなくなんかないし、私だって一緒。2人で頑張ろう」
俺が弱音を吐けば勇者は絶対に俺を勇気づけてくれる。回答が分かり切った質問をし、それも理解した上で勇者は予想通りの回答をくれる。
明日からまた頑張ろう、そう頭を切り替えようとした俺達の前にあいつは突如現れた。
「ほっほっほ。それは困るからやめて貰いたいものだのぅ」
「「誰だ!?」」
俺達に気配を感じさせず突如老人が目の前に現れた。
「些事に気を取られ過ぎて大局を見誤るでないぞ、魔族と人間の英雄達よ…ほっほっほ」
「誰だと聞いているだろ!!どうやって俺達に気付かれず現れた!?目的はなんだ!!??」
勇者を俺の背に隠し再度老人に問う。
こいつは絶対にやばい、存在そのものが異質過ぎる。何か理由がある訳ではないが俺の第六感が最大級の警報を鳴らし続けており、心臓が破裂しそうなくらい激しく脈を打つ。
「質問が多いのぉ魔王よ…勇者の方が余程肝が座っておるぞ?」
「………」
意識が遠のきそうな程の緊張に襲われるが勇者を守るためにもそんな情けない真似は絶対にできない。
「…自分で言いたくないのじゃが…いわゆる神じゃ。この世界を作り、魔王と勇者、お主ら二人をこの世界に転生させたのも儂じゃ」
どうやら俺達の平穏はまだまだ訪れることはないらしい。