13
トンネル内に金属音が響く。涼佑の身体を媒介にこの世に顕現した巫女さんは、久しぶりに動かす生身の感覚に未だ少々慣れないながらも、刀を振るって応戦していた。肩慣らしには丁度良いとは言ったが、久しぶりの肉体を得ると、五感や距離感が掴みにくい。加えて、相手はこのトンネルの口いっぱいに広がる巨体。その巨躯から繰り出される単純な攻撃でも、大きさ故に当たれば、ただでは済まない。いくら弱い動物霊の集合体でもこれだけ大きければ、彼女は涼佑の身体を守りつつ、応戦するので精一杯だ。
「これだけデカいと、破魔矢と注連縄も効くかどうかってところ、だなっ!」
噛み付こうと牙を剥いて迫ってきた狸の顔に、斬撃と蹴りを見舞う。狸が怯んだ隙を狙って、彼女はどこからか弓を取り出し、破魔矢を一度に四本つがえて、それぞれ狸を囲むように壁に放った。その矢じりには細い注連縄が結ばれており、みな地面に突き刺した五本目に繋がっている。最後に六本目を狸の体に放ち、突き刺さったと見るや、巫女さんは「食らえ!」と叫んで弓の弦を引っ張り、鳴らした。途端、トンネル内を明るく照らすように破魔矢が発光し、注連縄を伝って狸に電撃のような結界が叩き込まれた。
扉を開けた向こうには、沢山の動物達が身を寄せ合っていた。狸、狐、兎、犬や猫もいる。真っ白な空間の中で、彼らは涼佑の姿を捉えると、一斉に威嚇し始めた。今襲いかかられたらひとたまりもないと思った涼佑は「待って! 待て! オレは何もしないよ!」と制止する。動物達はそれでも彼を取り囲んでうーうー唸っていたが、奥から弱々しい鳴き声が上がると、皆唸るのを止めた。見ると、他の動物達に隠れて見えなかったが、一匹の狸が蹲って鳴いている。その鳴き方に何か思い付いたのか、涼佑はポケットを探った。
「あ、あった」
取り出したのは、真奈美からもらった二個のおにぎり。海苔も付いてないそれのラップを解いて、狸に近寄った。初めは弱っている狸に近寄ろうとした涼佑にまた威嚇しようとした動物達だが、「大丈夫! 大丈夫だから。怖いことはしないよ」と訴えたお陰か、お目こぼしを頂けた。
「ほら、お腹空いてるんだろ? 食べな」
なるべく優しく話しかけ、狸の前におにぎりを置くと、匂いで気が付いた狸は、余程お腹を空かせていたのか、殆ど警戒すること無く、本当に美味しそうに食べ始めた。その様子にやっと涼佑は安堵の息を吐く。
「はぁ~……良かったぁ。お前ら、おんなじ思い抱えてたんだな。それで、あんなにデカくなっちゃったんだろ? オレ、これしか持ってないけど、ちょっとはお腹膨れたか?」
涼佑の呼びかけにおにぎりを食べ終わった狸はぺろぺろと自分の口の周りを舐めつつ、すくっと四足で立って元気そうに鳴いた。どうやら、お腹は満たされたようだ。良かったと涼佑は手を伸ばして狸を撫でた。
それが合図だったかのように、気持ち良さそうに目を細める狸から光が溢れ、涼佑も周りの動物達も包んでいった。その光に飲み込まれるようにして、また涼佑は意識を失った。
次に目を開けると涼佑はトンネルの中で倒れていた。周りには直樹達が心配そうにこちらを覗き込んでいる。巫女さんや巨大狸の姿は無い。倒れていたせいでアスファルトに預けた背中が痛くて冷たい。直樹に手を貸してもらって立ち上がった涼佑を傍らに現れた巫女さんがじろりと睨んでくる。
「お前、何した」
「何、って、なに……?」
これまでで一番ぶっきらぼうな口調で、自分の顔を下から睨み付けてくる巫女さんにたじたじしながら、少し距離を取る涼佑。彼自身も何が起きたのかなんて全く分からない。ただ、自分にできることをしただけだ。一応念の為、涼佑はおにぎりを入れた方のポケットを探ってみたが、やはりそこには何も入っていなかった。
それより彼には巫女さんに訊きたいことがたくさんある。しかし、その前に直樹達に「もうトンネルは元に戻ったから外に出よう」と言って、取り敢えず彼は外へ出ることを優先した。また変な現象に巻き込まれたら嫌だと思ったからでもある。直樹達も涼佑と同様、彼に色々と訊きたそうな顔をしていたが、何とか飲み込んで一緒に外へ出た。帰り際、投げた懐中電灯を回収する。手に取った時に軽く点検してみた涼佑はどこも壊れていないことを確かめてから持ち直した。
トンネルを出ると、涼佑は案の定、直樹達から質問攻めに遭う羽目になった。
「さっき、お前倒れてたけど、本当に大丈夫か?」
「ねぇ、なんでトンネルが元に戻ったの? 新條、あんた何かした?」
「新條君、懐中電灯を投げてからのこと、覚えてる? 私、ちょっと記憶が飛んじゃってて……」
「ちょっと、待っ……ちょっと待ってくれ。オレもよく分かんないんだよ!」
涼佑もまず、懐中電灯を投げてからの流れが整理できてないと素直に言うと、絢に「じゃあ、明日の昼休みまでに巫女さんに訊いてノートか何かにまとめて、説明して」と言われてしまった。それを聞いた涼佑も確かにこれまでの流れや情報を整理するには良いかもしれないと思ったので、素直に了承した。どうしてトンネルが繋がったのか、あの狸は何だったのか、涼佑だけが見たあの空間は何なのか。彼も巫女さんに訊きたいことが山積みだった。
「分かったよ。帰ったら、ちょっと巫女さんに訊いてみる」
「そうして。……もしかしたら、この先、あんたは何かと隠したがるかもしれないけどさ。あたしら、もう同じ秘密を共有する仲間でしょ。何か困ったことあったら、言いなよ。巫女さんの儀式を提案して協力したのはこっちだし、アフターサービスはある程度はちゃんとしてるつもりだから」
「じゃないと、真奈美の評判に関わる」と当たり前のように言う絢。そんなぶっきらぼうな彼女の言葉に涼佑の胸の中に温かいものが込み上げてくる。でも、それを口にするのは流石に恥ずかしいと思う彼は直樹と一緒に「ほ~ん」みたいな反応しかできない。
「何よ、その反応。バカにしてんの?」
「してないしてない。とにかく今日はもう帰ろう。これ以上変なこと起こったら、本当に帰れなくなりそうだし」
直樹の言う通りだと思い、彼らは逃げるようにしてトンネルから学校の方へ歩いて行った。
学校までたどり着き、近くの橋を渡った先が涼佑達が住んでいる住宅地だ。そこに入れば、後はそれぞれの家に帰るということで、そこまでは特に何も無く、涼佑達は解散した。去り際、涼佑は直樹にもう一度体の心配をされたが、「大丈夫」と返して自分の家に向かう。
家に帰るといつも通りに家族に迎えられ、いつも通りに風呂に入り、後は寝るだけの体になる。そこまでやれば、後は宿題を片付けつつ、気持ちに大分余裕が出てきた涼佑は巫女さんに色々訊いてみたくなった。なるべく隣室のみきには聞こえないように、カモフラージュの意味も込めてスマホで数学の解法を紹介している動画を流す。こうしておけば、サボる時にも内緒話をする時も言い訳ができる。これを流しておけば、安心なので彼がいつも使っている手だ。改めて現代文明に感謝し、巫女さんに呼びかけてみると彼女は彼のすぐ隣に浮いて現れた。
「なぁ、巫女さん。トンネルで起こったことについて訊きたいことが山積みで、今から質問攻めにしちゃうけど、いい?」
「良いぞ。お前も同じ目に遭うだろうしな」
したり顔で笑う巫女さんに思わず「お、おう」と押され気味になった涼佑だったが、負けずに遠慮なく最初の質問をすることにした。