271 道草①/箱船のある空き地
石造りの家屋はほとんど均等に建てられていて、人ひとりか二人がやっと通り抜けることができるくらいの隙間しか開いていなかった。
そこをすり抜けるようにして、サーシャを先頭に、一列に並んで進んでゆく。
「……」
いきなり、サーシャが止まった。
「うぇ!?」
すぐ後ろを歩いていたラクトが、サーシャにぶつかりそうになる。
「……子供達、どっちに行ったの?」
「んだよ、もう……こっちだよ。箱船に行きたいんだな?」
「……」
サーシャは無言でうなずいた。
ラクトを先頭に、右に曲がり、左に曲がり……しばらく進む。
「なんか、迷路みたい~」
「もう、帰り道、分かりませんわね……」
ニナと召し使いが、後ろを振り返りながら言った。
「……あそこの角を曲がれば、箱船のある空き地だ」
ラクトが指差した角を曲がり、少し進むと、家屋の迷路を抜けた。
「わぁ~!」
ニナが感嘆の声をあげた。
村の中央広場よりは少し小さめだが、それでも十分に広い空き地。
そんな空き地を埋め尽くすかのように、ところ狭しといった感じで、巨大な箱船の船体が姿を現した。
船底から滑らかな船体の側面にかけて、船体に合わせていい感じに削られた大きな石が四隅に置かれて、船体を固定していた。
そのため、箱船は横に倒れることなく、キャラバンの村に帰ってきたときのように、正面を向いている。
大きな白い帆は、今は取り外されていた。
「すごい……はじめて見ましたわ、こんなの」
召し使いが、感動した面持ちで、また、その大きさに圧倒された様子で、箱船を眺めていた。
「だろ?俺たちもビックリしたぜ。これが、空を泳いで帰ってきたんだからな。砂漠に着陸したとき、地震かと思うほどの衝撃だったんだぜ」
ラクトが誇らしげに言う。
「い~ち!に~!……」
「きゃはは!こっち!こっち!」
子供達の声が、船の上から聞こえてくる。
「そうだ、せっかくだから、甲板に上がってみるか?なかなか、気持ちいいぜ?」
振り向いて、ラクトはサーシャの顔を見た。
「……私、」
サーシャが、震えた声で、なにか言おうとした。
その目は大きく見開き、琥珀色の瞳は、瞳孔が開いているように見えた。なにか大きな衝撃を受けたときの表情をしていて、顔色は、悪い。
「この風景を見たことが、いや、もっと、こう……」
フッと、サーシャの中の糸が切れたように、サーシャの身体は横に倒れかけた。
「お姉さま!?」
「サーシャさま!?」
――スッ。
「おっと……!」
ラクトが素早く動いて、肩と腰に腕を回し、横に倒れるサーシャを受け止めていた。ラクトの左腕にサラサラと、サーシャの金色の髪の毛が流れる。
「お姉さま!」
「サーシャさま!」
ニナと召し使いの声に、ラクトの腕の中にいたサーシャは応えた。
「大丈夫、ちょっと、気分が悪くなった、たけだから……」
すぐにサーシャはラクトの腕を離れ、立ち上がった。
「箱船、上がってもいい?」
「えっ?あっ、ああ」
甲板へと続く階段のようなはしごを、サーシャ、続いて、ニナ、召し使いは上り始めた。
「……」
ラクトは自分の両手と両腕を見ていた。
その後、3人に続いてはしごを上ろうとすると、
「サーシャさまがお上がりになるまで、そこで待機していてくださいまし!!」
召し使いの怒号がラクトにとんだ。
「えっ!?」
「ニナ!あなたも上を向いちゃダメですわ!!」
「えへへ~、ボクは大丈夫でしょ~」
「ダメよ!!ダメダメ!!」
ラクトは察した。
「あぁ、はい、はい……」