第38話 魔王の在り方
「だーかーらー、何度も言いますが嫌なもんは嫌なんです。それに、俺の好き嫌いだけではなくて、長い目で見た時にそれは絶対に魔族の為になりません。」
「で、ですが魔王様そうは言ってももうあれから3か月も経ちますし…」
今俺はグリムウッドの我が家のご近所さん、エレナとレイラの自宅で休憩がてらお茶を飲んでいる。
元々エレナ達は、ダークヘルムの最奥地『煉獄の峡谷』で2人だけで暮らしていたが、エレナの定期的な『力の発散』の為と、レイラの将来を考えた時、教育もしっかり受けて欲しいと俺からお願いして、2人を正式な魔族として受け入れることにした。
元々身寄りのない2人は、同じく身寄りのない俺の暮らすグリムウッドの古民家の近くに住居を構えたのだった。支え合いって大切だよね。
まだ未就学のレイラと母親のエレナは、普段俺の広大な自宅菜園と家畜の世話を手伝って貰い、その対価として魔王軍が生活を保証している。
今は俺も『魔王』という立場に甘え生活を支えて貰っているが、将来的には俺自身も収入の自立をしないといけないな。
まぁそもそもこうなっているのが魔族全体が信仰する魔神のせいだからもう少しこのままでいるつもりだけど。
俺からの誘いにレイラの将来を危惧していたエレナは非常に感謝してくれて、ご近所さんとして俺の良い相談相手にもなってくれている。
他にも、たまに俺が人間をけん制する時、分かり易い恐怖の対象として、親子で龍型の状態で空を飛んだりなど、俺に強力もしてくれている。
持つべきものはご近所さんだ。
で、今俺のご近所さんとの付き合いを邪魔しているのがアルスとセニアである。
最近の俺と言えば、魔族の改革を四天王達に任せ、時折進捗を確認して少しアドバイスをする程度で、元々内政部分を担っていたアルスとセニアには基本ほぼ口出しをしていない。というか何もしていない。
ちなみにそれとは別に、ラグビーにハマったセニア、野球にハマったアルス、サッカーにハマったフレイムは、俺から『3D』の魔法道具を借り受けて魔族たちを勧誘、それぞれ魔王軍の中から有志を募ってスポーツチームを作った。
対戦相手が居なくては張り合いがないだろうと思い、俺は俺でご近所さんを中心に勧誘を行い、それぞれのスポーツチームの運営をしている。もう少ししたらアルス・セニア・フレイムと練習試合が出来そうだ。
その監督業が一番忙しかったりするが、それを言うとアルスとセニアに無理矢理働かされそうなので黙っている。
「魔王様、ですが四天王達から正式に『魔王』として認められて既に3か月が経っています。そろそろ魔王城に住まわれ、盛大に就任パーティーを……」
「ブラッドレイブンの国政は今まで通りアルスさんとセニアさんがやるべきです。今のお2人なら民衆の支持も得られるでしょう。」
実際2人の変化は既に周知されており『神童達の帰還』として、四天王を凌ぐ人気となっている。
「魔王様、し、失礼を承知で言わせてもらうが、魔族にとっての『魔王』という象徴を魔王様は軽く考え過ぎていると思う。民衆は魔王様に導いて欲しいと考えているんだ。」
「だからそれが間違っている、と俺は言っているんです。国政は国民の選んだ代表が行うべきで、特定の魔族に権力を集中すべきではないんです。」
1時間以上ずっとこのやり取りが続いているのだが全く終わる気配がない。
全力で従来の魔王のやり方・あり方を拒否する俺に対し、なんとか俺を全面に出していきたい2人。
アルスとセニアの私利私欲からくるものであれば相手にすらしないのだが、2人は本気で俺と魔族の為になると考えている為に無視も出来ない。
「……………」
俺は少しの無言の後、改めて2人を見つめなおす。
「お二人に質問させていただきます。俺に気を使う必要はありませんので、アルスさんとセニアさんの本心でお答えください。」
俺の真剣な表情に自然と2人は姿勢を正す。
「2人にとって大切なのは、『魔王』と『魔族』、どちらですか?」
「「魔族です」」
一切の迷いなく2人は言い切った。
良かった、それでこそ俺の信頼するアルスとセニアだ。
一番大切な事をしっかりと理解している。
「で、ですがだからこそ魔王様のご指導が
「だからこそアルスさんとセニアさんが先頭に立つべきなんです!」
アルスの言葉を俺は強い言葉で遮る。
2人に信念があるように、俺もこれは絶対に譲らない。
「お二人なら今俺が、農業や工業、教育、何を目的にしているか分かっていますよね?」
「リーダーの育成、組織体制の強化…です。」
さすがアルス、勿論セニアも理解しているだろう。
理解してしまっているから、この口論で俺が絶対に折れないことも分かってしまい苦悶の表情を浮かべる。
「たった一人に依存する仕事。たった一人に依存する戦争。たった一人に依存する国…俺はブラッドレイブンをそんな弱い組織にしたくない。」
サラリーマン時代、そんな組織を散々見てきた。
責任者が人事異動で交代した直後から業績が急に悪化。
当然責任を取らされるのは後任の責任者だが、果たして後任だけの責任なのか。
悪化の内容にもよるが、前任者が本当に優秀であれば自分が居なくなったところで揺るがない組織を作っていたはずだ。
それを自分ひとりに業務を集約し組織全体を自分に依存させた。
成長する機会を奪われた組織内の人間、問題を押し付けられた後任者にとってはただただ迷惑な話であろう。
「なので、ブラッドレイブンはアルスさんとセニアさんが引っ張っていくべきだと俺は考えています。俺の言いたい事、お二人なら分かってくれますよね?」
我ながら非常にズルい質問だなとは思うが、アルスとセニアは黙って頷くしかない。
「だから俺が魔王城に居つくことによって、『魔王』に民衆からの期待が集まることを俺は危惧するんです。何か反論はありますか…?」
「「何もありません…」」
2人は絶望の表情で首を横に振る。
「まぁまぁ、そうは言っても魔王様も全く何もしない訳じゃないですものね?」
ここでエレナがグラスに新しいプロテインを注ぎながら助け船を出す。
「それは勿論ですよ!アルスさんとセニアさん、勿論四天王の皆さんも全力で支援します。」キリッ
確かに俺の性格上目立ちたくない、というのも本心だが、俺の望む安定した生活は、俺だけでは手に入らない。
俺の周り、俺の暮らす国、それが安定しなくては意味がない。
「俺は、仮に俺が居なくなった後も、アルスさんやセニアさん、四天王の皆さんが居なくなった後も、残された魔族の皆が幸せに暮らせる国を作りたいんです。分かってくれますね。」
少し言い訳っぽくはあるが俺の本心でもある。
分かってくれたようで良かった。
マスコミはあーだこーだ文句ばっかり大きなニュースにしていたが、前世の俺は日本に生まれてよかったし、国にも先人達にも感謝している。
「わかりました。国政は魔王様の手を煩わせぬようセニアと強力して取り組みます。で、ですがパレード、魔王様就任パレードだけは是が非でも!!これだけは絶対に我らも譲れません!!!」
「まぁそれは素敵なお話ね!」
ちょっとエレナさん?
「私が龍型になって魔王様を乗せて飛ぶのはどう?」
「おお、レイラそれは非常に良い案だな!!上空から火の玉も吐けるか!?」
レイラさん?
盛り上がる4人を残して俺はこっそり逃げ出すことしか出来なかった。
ここは魔族の国である。
某夢の国でもあるまいしパレードとか本当に勘弁して欲しい。