第30話 四天王との約束(中編)
「ふ、ふんっ。そんな物欲に喜んで感激するなんて、どうやら貴方たちは魔族としての誇りを失ってしまったようね。情けない!」
アクアスさん…ビーレ〇ェントインスパイアのホエイプロテインをそんな美味しそうに飲みながらガイアとゼファを非難しても説得力はありませんよ。
「この一年間皆さんが治める各都市を見させていただいて、その後もグリムウッドで生活させてもらいながらこの国のことを勉強させていただきました。」
農業と畜産に精を出していただけではない。
その他にもアルスとセニアのトレーニングに付き合ったり、俺の手伝える範囲でこの国の内政に携わり、その中で多くの魔族の方々との交流を持った。
その結果、俺は気付いた。この世界はもの凄い昭和を凄い感じる。
古臭いという訳ではなく、トレーニングとか仕事に関しては体育会系の空気が非常に強い。効率も何もあったもんじゃなく、長い時間、強い負荷を掛けることが正義。
そんな美徳意識が色濃い。
ただし、昔ながらの人情というか、他人を思いやる優しさが強く、前世のアニメやゲームにあるような『魔族=悪』ということは全くない。人間側の世界でどう思われているかはまだわからないけど。
ただ、それらを踏まえた上で、トレーニング含め、自分自身が強くなることが最優先事項となっている。アルスとセニアを除いて。
今回、フレイムとの戦いを一年後に予定していた為、アルスとセニアに再びトレーニングを再開するよう促したが、自分のことよりも魔族の為に働きたい2人は中々首を縦に振らなかった。
無理矢理やらせても効果が半減するので、数日間様子を伺いながら2人の生活を観察してみた。
睡眠時間を削り、起きている間ずっと机に向かい、机を離れるときは手洗いと一週間に一度程度の一瞬の湯浴み。
これでは質の高い、効率の良い仕事は出来ない。
俺は仕方なく、半ば強引にアルスとセニアに対し一か月だけ、という条件の元、俺の言う通りのタイムスケジュールで行動してもらった。
最悪俺も手伝うことを条件に渋々ではあったが納得させることが出来た。
ちなみに、基本俺を第一に考えるアルスとセニアだが、それよりも魔族全体を優先する。そんな2人を放っておくことなどできる訳ない。
俺の知識と経験で彼らを手助けできるのであれば、俺は多少スキルを使ってでも協力したい。
そんな2人に用意したタイムスケジュール、と言ってもそんな大層なものではない。原則一日の労働時間は8時間まで、必ず食事休憩と小休憩を取る、といった単純なものである。
元々超ブラック企業に勤めていた経験がある俺には気持ちがわかるが、最初のうちは2人とも気が気じゃない様子だった。
しかし、二週間目に入るとそれまでの業務量が8時間の内で終るようになり、3週間目以降は更に処理できる仕事量が増えていった。
2人は俺の事を褒め称えたが、俺が凄いのではなくそれが本来のアルスとセニアの実力というだけの話だ。
俺が2人にしたのは、適度な休憩と集中、メリハリを持った仕事の重要性を2人に理解してもらっただけだ。
メリハリを持った仕事を肌で感じた元来超エリートのアルスとセニアは、それ以降は俺に促されるまでもなく自分たちで考え行動し始めた。
俺との約束で8時間以上の労働をしないことを厳守していたアルスとセニアは、1日の余った時間でトレーニングをようやく再開した。
どんなトレーニングをするのかと観察しようとしたがすぐに2人を止めた。
水分補給は悪、という風潮があった様な昭和時代の日本のような、極限まで自分を追い込むスタイルのトレーニングは見ていて冷や冷やした。
その頃には俺の家庭菜園も少しずつ収穫が始まり、野生の牛を捕獲したりと、少しずつ食糧事情の改革も進み始め、アルスとセニアに筋肉と食事と休憩の関係を説き、現代のトレーニングを導入していった。
トレーニングも仕事と一緒でメリハリが重要。追い込みと休息、バランスを取りながら継続することが必要だ。
人間時代はそんな真剣にトレーニングをしていた訳ではないので魔神の書庫で現代日本のトレーニングを勉強しながらアルスとセニアを鍛えていった。
魔神さんの書庫だけには本当に感謝だな。
再開当初は死にそうになっていたアルスとセニアだったが、約100年のブランクもなんのその、本人たちの資質もあるのだろうがすぐに目に見えて効果が出始め、それにより本人たちのモチベーションが向上。良い連鎖が続いていった。
仕事もトレーニングも両立し、2人にとってもトレーナー役の俺にとっても物凄い充実した一年になっていったのだった。
「ふん、口先だけだったら何とでも言えるわ。して、肝心のアルスとセニアはどこに逃げたのだ?」
「アルスとセニアが逃げる訳ないじゃないですか。それは誰よりも貴方が一番知っているはずでは?」
そんな事したらこの1年間無駄になってしまうじゃないか。そんな馬鹿な真似我々はいませんよ。
「ではどこにいるのだ!?馬鹿にするのも大概にしろ!!」
ふふふ。まだ気付かないのか?
アルスとセニアはとっくに姿を見せているぞ?
「…な!?」
不敵な笑みを浮かべる俺を不審に思ったのか、周囲を見回しようやく俺の後ろに控える給仕の魔族に視線を向ける。
そこには、1年前からは想像も付かない、鍛え上げられた肉体のアルスとセニアが佇んでいた。
「ば…馬鹿な……」
運動不足だった面影は一切なく、史上最年少で魔王の側近に選ばれた時以上の肉体を持った2人が恥ずかしそうに俺の後ろに控える。
「ふ、フレイム…す、すまなかったな…」
セニアが気まずそうにフレイムに詫びを入れる。
個人的にはアルスもセニアも特に悪いことはしてないと思うが、そこは3人の幼馴染の間で色々あるのだろう。野暮なことは言うまい。
「い、いや、わ、我は別に……」
おいおいフレイムちゃんよ、デレるにはまだ早いぞ。
「100年続く我々の喧嘩にケジメをつけよう。」
セニア、そんなカッコいいキャラはやめろ。
お前はデッドリフト終ったあとの小鹿みたいになってる時が一番輝いているぞ。
魔王城、中庭-
俺とアルスとセニア、四天王たちは中庭に移動した。
「フレイム、俺はお主の全力の一撃を防御も回避も一切せぬ。微動だにせず受けきるから……それで俺とアルスのことを再び受け入れて欲しい。」
この行為に合理的な理由など何も無いのだろうが、なんでこんなに胸が熱くなるのか。スポ根最高じゃないか。
「承知した。」
余計な言葉は一切使わず、フレイムも受け入れた。
ちなみに、魔族にも『男が女性や子供に暴力を振るわない』程度のモラルはあるのでアルスは心配そうに見守るだけである。
手を後ろに組み身動き一つしないセニア、精神を統一し魔力的な何かを身体に纏うフレイム。それを見守るアルスと他の四天王。
異常な緊張間が辺りを包む。
100年のすれ違いを解消する為には中途半端な攻撃では無意味なのだろう。これがフレイムの本気なのか、フレイムの周囲を陽炎が立ち昇るように歪んで見える。
これ大丈夫なのか?俺が心配になり声を掛けようとした瞬間
立会人のガイアの合図でフレイムが拳をセニアの顔面に向けて振り抜く。
セニアの身体が後ろに吹き飛び魔王城を守る防御障壁に直撃、轟音が鳴り響きセニアの姿が砂埃に包まれる。
全員が吹き飛んだセニアの様子を伺う。
果たして無事なのだろうか……。
「「「「………」」」」
俺がセニアの元に駆け寄ろうとした時、砂埃が晴れ、無傷のセニアが現れた。
「…強く、強くなったなフレイムよ…」
フレイム強すぎだろ……
「セニアくん!!!俺、俺100年間ずっと頑張ったんだよぉぉぉおおお!」
フレイムは全力でセニアに抱き付きにいった。
100年分の距離を取り戻すかの如く熱い抱擁を求めるフレイム、全力で避けるセニア、ちょっと引き気味のその他。
筋肉が筋肉にハグを求めるその姿はそれはもう気持ち悪い。
ま、まぁ友情の形は色々あるしな。
見なかったことにしておこう。