修行3
魔法書を選んだ後、五人は旅館に戻ることにした。
「またまた予定が変わりましたけど、どうします?」
大和の質問に天姉が
「大和を鍛えようかなー」
と答えた。
「あ、口調戻すんですね」
「うん。飽きた」
「そうですか」
「そういえば大和の修行は三日ぶりくらいだね」
恭介の言葉に大和は一瞬固まった。
「ん、どうしたでゴザル?」
俺が目を向けても大和は目を合わせなかった。
「あ、いやなんでもないです」
「四日ぶりだっけ?」
「あーそうかもですね」
「なんか大和ふわふわしてるね。まぁいいけど。あ、凛がなんか言ってる」
恭介がしゃがんで自分の影に話しかけようとすると、大和が焦りだした。
「おぉわあぁあ! あぁ! あんなところに大根が落ちてる!」
「は? 落ちてないでゴザルよ?」
大和が指差す方を見ても大根どころか何も落ちていない。
「ああ! なぁんだ見間違いだったのか~はっはっは!」
「怪しすぎるでしょ。絶対なんか隠し事してるじゃん」
天姉の指摘に大和は
「なんですかいっつも餅ばっかり食ってるくせに!」
と訳の分からない反論をした。
それに対して天姉はムキになって文句を言った。
「餅食って何が悪いんだ!」
「野菜も食べてください!」
「なるほど分かった! 任せろ!」
「納得するんかい」
「勢いで誤魔化そうとしてるでゴザルな。まぁ別に話したくないならいいでゴザルが」
「んー話したくないっていうか。まぁ話したくないといえばそうかもしれませんけど。んー」
「別にほっといてやったらええやろ。多分大丈夫や。危ないことしてるってわけではないと思うで。髪が赤くなってないってことは、ボロボロになるまで体を酷使してその度にコレクトを使いまくる、みたいなことはしてないってことやからな。なー大和?」
日向から同意を求められた大和は冷や汗をかきまくっていたし目も泳ぎまくっていたが
「その通りでございます」
と言ったので、とりあえず誤魔化されてあげようと思った。
旅館に戻った五人は例の押入れの中の空間に入った。
空間に足を踏み入れると同時に恭介が
「なんでこんなに穴だらけなわけ?」
と言った。
大和は白々しく
「え、穴なんてどこにも見えませんけど」
と空間内を見渡した。
「幻惑魔法でしょ」
恭介は見えない壁を押すように手を伸ばし、何かを潰すように拳を握った。
するとそれまで見えなかった、空間内の壁や床を抉るような跡が見えるようになった。
それを見て大和は
「あーあ」
と言って観念したように苦笑いした。
「この幻惑魔法は凛の仕業だね。破壊痕を隠すように施してあったけど、大和が寝不足なとこを見るに昨日の夜ここで何かしらしてたってのは察しが付く」
「めちゃくちゃバレてるじゃないですか。もしかしてチクりました?」
大和が恭介と俺の影をジト目で見た。
「小太郎からはなんも聞いてないでゴザルよ」
「凛も何も話してない。ここで大和を問い詰めてもいいんだけど、まぁ敢えて詳しくは訊かないことにしようかな」
「そうでゴザルな。気づいていないふりをしてあげるでゴザル」
「それ本人を前にして言うことなんですか? でも、そうしてもらえたらありがたいです。ん? なんですか天音。ニヤニヤしながらこっち見ないでくださいよ」
「いや~。一生懸命努力する男の子って素敵だよなーって思って」
「あ、なんかやる気出ました。頑張ります」
「おぉ単純だな。子供みたい。頭撫でてやろうか?」
「いや、いらないです」
「じゃあ餅食べ」
「いらないです」
「馬鹿話してないでそろそろ始めよか」
日向がしゃがんで地面に手を置いた。
すると空間内の破壊痕が跡形もなく消えた。
「うわすご。流石ですね日向」
「この空間は私が作ったもんやからな。修復ぐらいできるわ」
何日か振りに恭介たちとの修行が始まった。
昨日全然寝てないからアレだけど、頑張るぞ。
「そんじゃまずは私が大和を鍛えてやろう」
「最初は天音ですか。よろしくお願いします」
「おりゃあ!」
「うわぁ! なになに!?」
天音は何の脈絡もなく唐突にポケットから玉のようなものを取り出し、それを地面に叩きつけた。
その玉は煙幕をはるためのものだったらしい。
瞬く間に煙が広がり、天音の姿が見えなくなった。
俺は感覚を研ぎ澄まし天音の気配を探ったが、どうやら天音はその場を動いていないようだ。
ん?
いやなんか動いてる。
布が擦れる音だけ聞こえてくる。
どういうことだと思いつつ、そのまま十秒くらいじっとしていると煙が晴れた。
そこにはくノ一っぽい衣装を着てドヤ顔で腕を組んでいる天音が立っていた。
「着替えるためだけにわざわざ煙幕をはらなくてもいいじゃないですか……」
「煙幕もはらずに着替えろってのか」
「いや、ここから出て着替えてくれば良かっただけでしょ」
「確かに」
「納得するんかい」
「まぁいいや。始めるぞ!」
そう言って天音は手裏剣を取り出した。
「手裏剣!?」
「避けてみろ!」
天音は俺に向かって手裏剣を投げてきた。
俺は瞬時にパーカーの前についてるポケットからヴォルペで作ってもらった刀を取り出した。
ゲートの素材で作った黒い刀だ。
そして迫りくる手裏剣を叩き落とした。
「あれ、木刀じゃないのかい?」
天音が首を傾げた。
「あ……」
昨晩はずっとこの刀で修行してたから間違えた。
「間違えました」
そう言って刀をポケットにしまおうとした俺を恭介が止めた。
「もうそろそろ木刀じゃなくて真剣でやろう」
「マジで言ってます?」
小太郎と凛との修行の時は魔法を防ぐだけだったからこの刀を使ったけど、四人との修行は俺の方から斬りかかったりする。
俺に真剣で攻撃するような覚悟があるだろうか。
「うん。どうせいつかは使わなきゃいけなくなるんだし。魔物相手に木刀を使うわけにもいかないでしょ?」
「真剣ですら勝てる気があんまりしないですからね。分かりました。これを使います」
俺は刀を強く握った。
「本気で斬りかかってきていいよ」
天音が手招きしてきた。
「ちょっと怖いんですけど」
「自惚れ~。それ自惚れ~」
「なんでそんなに煽ってくるんですか。普通怖いでしょ」
「大和の攻撃なんか当たんないって。私を舐めるでない」
「まぁそうかもしれませんけど」
「ほれほれ。ヒーローになりたいんじゃろ?」
「なりたいです。あーもう分かりましたよ」
俺は刀を構えた。
三十分後。
天音との修行が終わった。
床には大量の手裏剣が散らばっている。
「はぁ、はぁ。あー疲れた!」
「お疲れでゴザル。ちょっと休憩するでゴザルよ」
「いや大丈夫ですよ。次は恭介ですか? けいですか?」
「まあまあ。一旦休憩した方がいいよ。はいお茶」
恭介が俺に紙コップを渡してくれた。
「そこまで言うなら休憩しますか。それにしてもこんなに大量の手裏剣どこで買うんですか?」
俺は床に落ちているのを一枚拾って眺めてみた。
結構硬い。
多分ちゃんとしたやつだこれ。
「恭介に作ってもらったんだよー」
天音も一枚拾って適当な動作で投げた。
投げられた手裏剣は壁に刺さった。
「えーすご。こんなにどうやって作ったんですか?」
「魔法だよ」
「やっぱり魔法かー。そういえば恭介とけいが魔法使うとこあんまり見ないですね。俺との修行の時は木刀ですし。天音は確か魔法陣で身体強化の魔法を常に発動してるんでしたよね」
「そうだよー。よく覚えてたねー。偉い! ご褒美に餅をあげ」
「二人はどんな魔法を使うんですか?」
「僕のは」
恭介はポケットから木刀を取り出して放り投げた。
それは地面に着く直前に空中で静止した。
「こんな感じで物を浮かせる浮遊魔法ってやつと」
恭介が手を伸ばすと、浮いていた木刀が恭介の手元に飛び込むように移動した。
恭介は飛んできた木刀を右手で掴んだ。
それを両手で握り直して構えると、その場で素振りをした。
「あ、え? 真剣になってる?」
構えた時点では確かに木刀だったはずなのに、今恭介が握っているのは真剣だった。
「こんな感じの幻惑魔法が使えるね」
「はぁー。幻を見せることができるってことですか」
「そんな感じ」
「じゃあけいはどんな魔法を使うんですか?」
「五感を強化する魔法でゴザル。そのまんまだし大体想像つくでゴザろう?」
「天音の魔法の五感バージョンってことですよね?」
「そうでゴザル」
「ん? あれ、そういえば結局どうやって手裏剣を作るんですか? 浮遊魔法も幻惑魔法も物を作るような魔法じゃない気がするんですけど」
「えーっとね。幻惑魔法を使ってこんな感じで手裏剣をいっぱい作るんだよ」
そう言って恭介は上を指差した。
見上げると空中に大量の手裏剣が浮いていた。
その中の一枚がゆっくりと降りてきて俺の目の前に留まった。
「それはただの幻覚だから触れることもできないんだけど」
恭介が言うようにそれに向かって手を伸ばしてもすり抜けてしまった。
「強力な幻惑魔法を使うと触れるようになる。嘘から出たまことっていうか嘘も突き詰めれば真実になるっていうかそんな感じかな」
「なるほど~」
それからしばらく休憩した後、また修行を再開した。