265 サーシャと長老
「つ~か、今さらだけど」
ラクトはサーシャに言った。
「なんで、自分自身でメロ共和国に向かおうと思ったんだ?ラピスのときみたいに、俺たちに、運搬だけ任せてればよくね?」
「……私には、これまで育ってきた世界とは違う、別の記憶が、あるの」
「別の、記憶……」
ラクトも、また、村の景観を楽しんでいたニナとシュミットも振り向いて、無言のままサーシャを見つめた。
「私の記憶の中にある世界を、私は知らない……」
「……」
「……」
……あぁ、黙っちまったよ。なんて声かけていいか、分からねえなぁ。
ラクトはこういった、微妙な無言の空気感があんまり好きではない。基本的に、ワイワイしているほうが好きだからだ。
特に、女性を前にして、こういった雰囲気になると、ラクトはどうしていいか分からなくなる。
「まあ、なんだ、その……」
ラクトは頬をかきながら、なにか言おうとしつつ、バルコニーの出入り口のほうを向いた。
「おっ?」
すると、長老の姿が見えた。
「話は聞いた。ご苦労じゃったな」
長老はバルコニーに入ってくると、ラクトに言った。
「うっす」
「もう伝わってると思うが、メロ共和国への出立を明後日にすることにした。もしまだ伝わってない者がいたら、伝えてやってくれ」
「おう」
ラクトと話すと、長老はニナの横にいる、シュミットを見た。
「お主が、岩石の村の責任者か」
「いえ、私は違います……」
「あっ、違うの?」
すると、サーシャが前に出た。両膝を折り、つま先立ちして、背筋を伸ばして合唱。そして、一礼した。
「なんじゃ、お主が責任者じゃったのか」
「……この度は、負傷した岩石の村の者達の治療、救護に尽力していただき、誠にありがとうございました」
「ほっほ!礼は、よいよい。……なるほど」
長老は、白いあご髭を撫でながら、マナのランプに照らされたサーシャの顔をまじまじと見つめた。
「リートの言っていた通りじゃったか……」
「長老?どうした?」
ラクトが聞いた。
「なんでもない。一応、名前を伺ってよいか?」
「……サーシャと申します」
長老はうなずいた。
「サーシャ殿、大変じゃったの」
「とんでもございません。重ね重ね、感謝申し上げます」
「よい、よい。交易は常に、危険と隣り合わせ。負傷して帰ってくるキャラバンは決して少なくない」
「今回の交易の足枷となっている件については……弁解の余地もございません」
「仕方なかろう。むしろ死人が出なかったことが幸いじゃ、ほっほ!」
……こんなに、しゃべるヤツだったのか。
長老と話すサーシャを見て、ラクトは驚いた。
「……うむ。それじゃ、サーシャ殿」
長老の声が、先までの楽観的なものではなくなり、真剣な響きになった。
「明日、わしの家を訪れるがよい。予定が変わってしまったのは事実じゃ。今後について、少し検討せねばならん」
「はい……分かりました」
「わしの家については、ラクトが案内する。一緒に来るがよい。では」
「はい」
長老はバルコニーから去っていった。
……えっ、いま、俺が連れてくって、言った?