第2番
ぁたくしの心にはいつも美しいメオドゥイが流れています。
ちょうど六年前、こんな感じの夜がありました。残業の後、駅前のラーメンでも食べて帰ろうということになり、ぁたくしとドゥ
「ぁたしたち、なんか『幽☆遊☆白書』みたいじゃない?」スカートをコン・ブリオと踊らせている女の子が言います。
「それを言うなら『あすなろ白書』だろ?」と応じた男の子は彼女の
ビバリーヒルズでもよかっただろうに──。この世のすべての白書を手にしているような彼ら。尊い姿を見せつけられたことには変わりなく、もうあの頃には戻れないのだという感慨に打たれるばかりでした。
部長にはお金を出させるだけ出させて、先に帰ってもらい、ぁたくしたち三人はツールバーへとしゃれ込みました。まだ二重課税などなかった時代の話です。
「でさ、商品開発部に配属された彼は、『ミニトマト軍艦はどうでしょうか?』って言うだんさ。愛媛のみかんみたいに契約農家が作ったマッシブなミニトマトを使った新作落語のような新作回転寿司──この時点では回転してはないんけど。でも課長は、『トマトなんて、すし飯が水っぽくならないか?』って言ってさ──」
酔うと自分が作った小説の話をしだすのがドゥ美の悪い癖でした。また話し出すと止まらなくなるのです。
「愛媛のみかん?」とファミ行さんが訊きます。
「食いつくとこ、そこじゃないって感じ」ドゥ美は肩をすくめる。「愛媛の狂犬かいよ。もう少し話を進めるとね……ほかにアイディアはないのかってことになり、主人公は、『じゃあ、コーヒー軍艦はいかがでしょうか?』って提案するわけ。すると課長が『コーヒーをどうやったら軍艦に乗せられると思ったんだ?』って怒りはじめて」
「もう、それぐらいにしとこうか」ファミ行さんはドゥ美の腕を引っ張って、バーカウンターから引き離そうとします。「君、飲み過ぎてる。愛媛のアカペラじゃあるまいし」
「さっきから愛媛愛媛と、うるさいんわねー」途中降板させられそうなピアニストが鍵盤にかじりつくみたいに、バーカウンターから離れようとしないドゥ美。「っとっと、いてててて……やめてー」
ぁたくしたちはツールバーを出て、月夜の下を歩くことにしました。すっかり酔い潰れた感じのドゥ美を
「あ、そうだった忘れてた」
「ん?」
「ソラ
通信座席というのは、電子上の情報の受け取り場所をコンサートホールでいうところの「2階B -34」というふうに仮に割り振って、「1階C−5」の人とのやりとりを可能にするような最先端な感じのものです。
ファミ行さんは電子端末の画面を確認しながら
「えっ? 今、何時?」
ぁたくしの心には掛け値なしに美しいメオドゥイが流れていなくてはならないのです。
まるで
三角鉄の交差点へ辿り着くと、歩道橋の上に、去っていくドシ郎さんの後ろ姿が見えました。税込¥49,650円のヤマハのスーツが、街灯の光の粉を浴びながら──ああ、エスプレッシーヴォ、アパッシオナート!
「ドシ郎!」
ぁたくしは矢も盾もたまらず、叫んでいました。自動車のグリッサンド走行の
次の瞬間、夜空に拳を突きあげて、ドシ郎さんが声をあげます。
「
それがなにを意味するのか──そのときのぁたくしには判じ絵のようでしたが、思いのほか迷いはなく、叫び返しました。
「MISO&SOUP!」
車間距離にして三百メートルを隔て、キリリと見つめ合ったぁたくしたち。それはまるで連続ドラマの第8話のような出来事でした。