第17話 ギルドマスターからの依頼
「……と、いうことでなんとか合同演習までにBランクに上がらなくてはならないのです。」
引き続き冒険者ギルドマスターの部屋。
アルスと俺が説明を続ける間、セニアと身も心も犬に近づいているはちべえが暇そうに端の方で遊んでいる。
最初ははちべえに恐縮していたセニアだが、少しずつあの魔性の醤油顔の素晴らしさに気付いてきたようだ。
「う~ん、状況は分かったけど……それは困ったねぇ…」
ゾラスはフランクに接して欲しいという俺の願いを聞き入れてくれた。
そっちの方が俺も接しやすい。
「やはり前例がないから、ですか?」
サラリーマン時代も、前例がない提案は立場が上の人間ほど嫌がった記憶がある。誰も責任を負いたくはないのだろう。
「いや、そんなのは全然どうでもいいんだけどね~。Bランクに昇格するのに程よい依頼がないんだよね~」
昔の腐った上司とは考え方が違うようで安心した。
アルスとセニアもそうだったが、このゾラスといい先代の魔王は本当に良い人材を揃えるのが上手かったんだな。
「別に依頼をしなくても僕の独断でBランクは与えられるけど…」
ゾラスはそう言いながら俺の方をチラリと見るが、当然俺は首を横に振る。
「だよね~。」
「ちなみに、ランクに拘らなければどんなクエストがあるのかしら?」
アルスの問いに暫し考え、ゾラスは机上から3枚の紙を取り出しアルスに渡す。
①深淵の迷宮の踏破(SSS)
最深部にあるとされる『古の魔神の心臓』の納品
②魔炎龍の討伐(SS)
煉獄の峡谷に棲む魔炎龍の討伐
③呪われあ古代の王冠の解呪(SS)
呪いを解呪するには深淵の迷宮にあるとされている『永遠の聖火』を見つけ出すことが必要。『永遠の聖火』を魔王城宝物庫に保管されている王冠に降りかける
全然分からんけど取りあえず全部大変そうじゃない?知らんけど。
「あら?こんなにあるじゃないの。」
「いやぁ、これだと難易度が高過ぎるんだよね~」
ですよね、僕もきっとそうだと思います。
魔王歴まだ数日なんです。
「ゾラス?あなた魔王様を馬鹿にしてるの??」
急に不穏な空気を出すアルス。
セニアもはちべえと遊んでいたのに急にこっちを睨まないよ。
「え?あ~嫌だな~。そうじゃなくて、依頼の難易度が高過ぎるんだよ。いきなりFランクの冒険者がSSSランクをクリアしたら大変な騒ぎになるよ?」
「魔王様の偉大さを愚民どもに示すのは丁度良いわねw」
「うむ、魔王様は少し自分の力を誇示しなさ過ぎるからなw」
………久し振りにセニアの声聞いたわ。お前らもういいから黙ってて下さい。
「魔王様が達成できない訳ないじゃ~んw」
「「間違いないなww」」
あ、ゾラスさんもそっち側か…残念です。
「しかし魔王様の威光を世間に示すにはいっその事最初から『深淵の迷宮の踏破』をクリアすれば良いのではないかしら?」
「うむ、確かにな。魔王様には少し物足りないかもしれないが、あの前人未踏の迷宮を3日程でクリアすればいきなりのレジェンドランクも夢ではないのではないか?」
「う~ん、僕的には素敵な提案なんだけど、魔王様が望んでないと思うんだよね~」
おい馬鹿3人組よ、馬鹿な話はやめなさい。
そんな目立ってしまったら平穏な生活に支障がでるじゃないか。
「でも魔王様に任せていたら魔王様の偉大さがいつまでたっても世間に伝わらないと思うの。」
「魔王様が嫌がられようと世間に知らしめるのが我ら側近の務めかも知れぬな。」
俺の表情に気付いたゾラスだけ話題から逃げたようだから、今回は見逃してやろう。
スキルでアルスとセニアの歯茎に大きな口内炎を作っておこう。
これくらいの嫌がらせは許されるだろう。
突如発生した口内の痛みに苦しんでいるガリポチャを無視して話を進めよう。
「ゾラスさん、現実問題期間内の達成が可能な依頼はありますか?」
「おそらく魔王様なら全て達成可能だとは思うんだけど、①と③に関しては『深淵の迷宮』が関わってくるので避けた方がいいかもね~」
『深淵の迷宮』とは長い魔族の歴史の中でもまだ全容が解明されておらず、どれだけの広さがあるかもわかっていない。
また、不定期に作りが変わるため地図も全く役に立たないらしい。
うん、時間もないし確かにそれは避けた方が良さそうだな。
「と、なると残るのは『魔炎龍の討伐』になりますね…。正直どんな難易度か想像できませんね。」
「『魔炎龍の討伐』は基本SSランクの冒険者を含むパーティー、3パーティー以上での討伐を推奨されていますね~。」
「ちなみに感覚がわからないんですが、SSランクの冒険者さんというのはどれくらいの割合でいらっしゃるんですか?」
自分のステータスが異常に高いというのははちべえに聞いたけど、そもそも人間時代を含めて喧嘩もしたことがないから自分がどれだけ強いのか全く持ってわからない。
「え~と、現在SSランクの冒険者はいないね~。わかりやすい例で魔王軍の四天王がSS~SSSランクの強さがありそうだね~。」
なるほどわからん。
そもそも考えてみると自分の強さがどの位置にいるのかすら知らないのに考えるだけ無駄だな。
この3人が何の心配もしていなさそうだから問題ないだろう。
「はちべえ、問題ないよな?」
「はい、天地がひっくり返ろうとも魔王様に敗北はないかと。」
ゾラスさんがはちべえの方を見て驚愕の表情を浮かべている。
そうか、ゾラスさんも先代魔王から話を聞いてたのかな。
「ではゾラスさん、我々に『魔炎龍の討伐』を依頼して貰えませんか?」
「討伐後の騒ぎは覚悟の上かな~?」
「いえ、それは無理です。そこはゾラスさんにお任せします。
ちなみにいただけるランクはBランクで結構です。」
ちょっとそんなこいつ本気か?みたいな目で俺を見るのはやめて下さい。目立つのは嫌いなんです。
「そこで目立ってしまうと、もしかしたらフレイムの妨害で演習に参加できなくなる可能性がありますので…」
「………」
正論だから文句は言えないだろう。ごめんね。
時間も無いから早く討伐に向かおう。
そうして俺は口内炎に苦しむアルスとセニアとともに魔炎龍の棲む煉獄の峡谷に向かうのだった。