プロローグ
遥か昔、神が世界を作り、生き物が誕生した。
生き物は増え、世界はどこもかしこも生き物で満ちた。
神はそんな様子を眺めていた。
そうしているうちに神はやがて頭を悩ませることになる。
人間という種が激増したことで世界のバランスが崩れたのだ。
神は世界に自ら介入することを好まないが、やむを得ず世界に調整を加えることにした。
魔族の誕生だ。
魔族は次々に人間の国を滅ぼしていった。
しばらくして、人間は魔族を真似て魔法を使うようになった。
これにより、魔族優勢ではあるが、世界はある程度バランスのとれた状態になった。
神は満足し、また世界を眺めることにした。
ところが数年前、また神は頭を悩ませていた。
彼は人間として辿り着いてはならない程の高みに上り詰めてしまった。
たった一人で人類を圧倒的に優勢にしてしまったのだ。
大きくバランスが崩れた世界に神はまた手を加えることにした。
そうして世界に魔王が誕生した。
魔王の誕生は魔族全体の強化を生んだ。
人類と魔族の総合的な力は同じくらいになったが、人類は小野寺桜澄がいるから総合力で負けていないだけだ。
小野寺桜澄は一人しかいない。
全体的に強くなった魔族は同時多発的に人間の国を襲った。
それを彼一人で対処することなどできるわけもなく人類は大きく数を減らした。
その責任は小野寺桜澄に向けられた。
「お前のせいで魔王が生まれたんだ!」
それまで英雄として崇められていた生活から一変。
町を歩けば石を投げられ、水をかけられ、罵られる。
彼は人類に失望し、戦うことをやめた。
そうして過ごしていたある日、彼の家族が魔族に殺された。
深い絶望に打ちひしがれる暇もなく、今度は友人が攫われた。
これはこの国の偉い人からの命令で、彼を戦わせるために人質をとろうとしたのだ。
友人は激しく抵抗し続け、おとなしくさせるために脅しで兵士が放った魔法が誤って当たってしまい死んでしまった。
彼は怒り狂いその国を滅ぼした。
それから彼は、人類とも魔族とも敵対した。
そうして人類対魔族対小野寺桜澄という三つ巴の戦いが始まった。
人類は魔王と交渉を試みることにした。
小野寺桜澄に勝つには人類と魔族が手を組むしかないからである。
そして魔王の元に、魔族を殺さずにたどり着くことができるような強者、勇者が選ばれた。
大軍で魔族を殺しながら魔王まで辿り着いても交渉に応じてくれないだろうという考えからだ。
生き残っている国のうち、代表の大国からそれぞれ一人ずつ、計四人の勇者が選ばれた。
彼らは合流した後、魔王がいる城に行くことになっている。
今日はこの国の勇者の旅立ちの日だ。
「おっちゃん。お茶ちょうだい」
僕は目の前でグラスを拭いている中年男に言った。
ここはバーだ。
僕はカウンター席に座っている。
「うるせえ」
おっちゃんはこっちに視線を向けることもなく答えた。
「あとな。マスターって言えっつってんだろクソガキ。大体なんでバーで未成年相手にお茶出してやらなきゃなんねぇんだ。ってか未成年がバーに来んなボケ。ふざけんな。……まぁ今日くらいいいか」
「お、マジで? 初めてじゃない? おっちゃんが注文受け付けてくれるの。あと僕は十八だから一応成人してるよ」
おっちゃんは安っぽいグラスに氷を入れて水を注いだ。
「……お待たせしました。こちらロックの水割りです」
「お前京都人かよ。バーで酔ってもない相手に氷水出すのもふざけてんだろ。帰ってほしいなら帰れって言えよ」
「帰れ」
「本当に言うなよ」
「うるせえな。文句言うな。あれだ。チェイサーってやつだ。せっかく出したんだからつべこべ言わずにさっさと飲め」
「酒飲んでもないのにチェイサーなんかいらねぇよ」
僕は文句を言いながらも、一応氷水を飲んだ。
「黙れ。お、飲んだな。飲んだんだからちゃんと金払えよお前。お会計、一億になります」
「……単位は?」
「ジンバブエドル」
「なんでだよ……。いやまぁタダなら遠慮なくいただくけど」
僕はもう一度氷水に口をつけた。
「なんでこんなガキが勇者なのかねー」
おっちゃんは僕の眉間を指で軽く突きながら言った。
「こんなガキより強いやつがいないからだろ。まぁそれでなくても先生を止めるなら僕たちしかいないと思うけど」
小野寺桜澄は僕たちの先生だ。
選ばれた四人の勇者は全員先生の教え子なのである。
孤児院で僕たちは育った。
先生が滅ぼしちゃったから今はその孤児院があった国はないけど。
その孤児院で先生に出会った僕たちは先生に鍛えられたのだ。
そして国が滅びた後、なんとか生き残った僕たちはそれぞれ別々の国に身を寄せた。
「じゃあなおっちゃん。達者でな」
僕は氷水を飲み干して立ち上がるとおっちゃんに手を振った。
「……気をつけて行ってこいよ」
おっちゃんはそっぽを向いて呟くようにそう言った。
この国の人達にはずいぶん世話になった。
その後も顔なじみに挨拶してまわった。
そして最後は先生の師匠だ。
「お? けいか? こんな辛気臭い牢屋までよく来たの~」
先生の師匠、げんじーは先生を強くしたことで魔王を誕生させた罪人として囚われている。
「今日出発するよ」
僕が言うと、げんじーは一度頷いた。
「あーそうか。ハハハ。気をつけて行ってこいよ。桜澄に会ったらよろしくな」
「会ったら殺されるってば」
「じゃあお前の最期の言葉は、げんじーがよろしく言っといてくれって言ってた、じゃの」
「はいはい。……んじゃまぁ。行ってくるね」
「おう。いってらっしゃい」
僕は牢屋を後にした。
げんじーを解放するためにも早く先生を止めないと。