7
俺が思うに、ダンジョンとは飴と鞭の存在だ。
鞭とは当然、出現する道中の雑魚敵であったりボスだ。
飴はとは何か。ほぼ全てのゲームにおいて共通するのは経験値であり、それを積み重ねた先にあるレベルアップだろう。強敵を倒して強くなり、さらなる強敵を倒す。王道で素晴らしいことだ。
だが、それだけでは
故に、他にも
多くの場合は、ゲーム内通貨やレアアイテム、ストーリーに力を入れてるゲームなら専用ムービーやイラストが追加される事もあるだろう。
そして、この人の悪意を煮詰めて作ったような病みゲーにもそれはあった。特にこのダンジョンにある飴はゲーム内で最高クラスと言っていいものだ。
それがゲーム時代であったならの話だが……
「食えるかボケェッ! 何が悲しくて自分からトラウマ作りに行かなきゃならねぇんだよ」
俺が改めて『病みと希望のラビリンス☆』に転生したと実感したのは、今から数分前のことだ。
◆
「痛ってぇ……」
『ブラッド・スライム・キング』が死んだ事により、自動で開いた最後の隠し扉に押し出された俺は自身のダメージ量を確認していた。
下半身は無事であるものの、上半身は火傷や打ち身、恐らくは骨折もある大怪我だった。
不幸中の幸いは頭から塩とポーションを被っていた事により首から上は軽症なのと、敵が死んだ直後に体液の強酸から無害な粘液になった事だろうか。それがなければ死んでいたかもしれない。
「……そろそろ動くか」
気力と体力を回復するため大の字で寝転んでいた俺だが、やっとの思いで立ち上がる。
気分的には横着して、転がって移動したいところだが、上半身に重症を負ってる今は負担が大きすぎる。故に、立って歩く事にしたのだ。
「ふぅ」
と、言っても距離は数歩だが。
そうして移動した部屋の中央で、ポツンと置かれていた銀箱の蓋を開ける。中には箱と同じく銀製の十字架に貫かれた、拳より少し大きい心臓が入っていた。
ここまで露骨な封印をされていれば、たとえゲーム知識が無かったとしても分かる。
この『血封の迷宮』に封印されているのは吸血鬼だ。
しかも───
「……本当に動いてやがる」
弱点であるはずの純銀に貫かれた上で、千年ほど放置されたにも関わらず元気に脈を打ってるのだ。
アイテム名は『始祖の心臓』。かつての勇者に討伐された始祖吸血鬼の心臓だ。
ゲームでは、これをキャラクターに使用すると固有スキル【不死の
だったのだが────
「食えるかボケェッ!」
そうして、冒頭に戻る。
さて、『始祖の心臓』の使用方法とは食べる事だ。勿論、調理など出来ない。する暇がないのだ。
このアイテムは今のように箱の封印を解くと三分で再生が始まり、五分で完全復活を遂げる。阻止するには食べるしかない。再封印など、かつての勇者に遠く及ばない俺では不可能なのだから。
当然だが、始祖吸血鬼が復活したら病みイベント一直線となる。
彼は、自身を封印した人間を強く怨んでおり、特に勇者の血筋を狙ってくる。ゲームの主人公は勇者の血筋のため、確実に殺しに来るのだ。
始祖吸血鬼は敏捷が高いため『逃走』の選択肢を選んでも成功しにくい上、雑魚敵が湧くような場所では確率でエンカウントするようになり、水中ステージでも容赦無く出撃するため問題の先送りにしかならないのだ。
吸血鬼には数段階のランクがあり、最高位の始祖ともなれば銀や十字架は大きな耐性があり、日光やニンニク、流水に至っては弱点ですらなくなるというチート種族だ。
むしろ、水中ステージで戦えば呼吸の必要がある主人公パーティが不利になるという事態が発生する。もちろん、封印すら出来ない俺に討伐など出来る筈もない。
だからこそ、ここで俺が食べて無害化するしかないのだ。
「何が悲しくて自分からトラウマ作りに行かなきゃならねぇんだよ」
たとえそれが、生きた心臓の実食などと言う狂気の沙汰でも。
ああ…… そろそろ心臓の再生が始まってしまう。そうなれば食べても無駄だ。復活場所が地面かおれの体内かの違いしかなくなる。
もはや覚悟を決めるしかない。
「うっ、ぎぃ……」
心臓から十字架を引き抜いた俺は二口で喉に押し込む。
あまりの不快感と忌避感で吐き出しそうになるのを、自身の
直後に全身の大小様々な傷が治る。
「無事に得られたみたいだな」
俺は正常に固有スキルを会得できた事を確信すると、再び寝転がり精神の回復に努めた。