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第三十話 夢

 エリッツの体を熱いものが刺し貫く。
 悦びをともなう痛みについ声をもらしてしまった。気づかうように相手の指がエリッツの髪にふれる。
 侵入したものはエリッツのそこをかつてないほどに押し広げ最奥までを貫いていた。呼吸のたびに脈打つような痛みがあるが悦びの方がはるかに大きい。
 髪をそっとなでていたその人の指をエリッツは引きよせて口に含んだ。戯れるようにその指は曲げられ口内を犯しはじめる。あまりの快感に湿り気をおびた音に吐息がまじりはじめた。
 じらされているのだろうか。エリッツは耐えられず自ら腰を浮かしてそれをねだった。応えるようにゆっくりと腰がうちつけられ固いものが最奥を衝く。最初はさぐるように慎重に、やがて動物のように荒々しく中を衝かれてエリッツはすぐさま果ててしまう。それでもまだエリッツの中にある熱はひかない。身を離そうとする相手の背に腕をまわしてつなぎとめ、深く口づけをする。髪にふれ指の隙間から流れる様を見ながら再びおとずれる自らの高まりを幸福な気持ちで感じていた。
「久々に兄さんの夢を見てしまった」
 目を覚ましたエリッツは夢からひきずる倦怠感の中でぼんやりとつぶやいた。
 確認しなくとも下着も寝具も汚してしまったことは明白で着替えや片づけのことを考えるとうんざりする。しかし今日からは早く起きないと護衛の仕事がはじまるのだ。外はすでに明るい。
 身を起こしたもののさきほどの妙に幸福感に満ちた夢が名残惜しく自身の手をじっとみた。
ふと、違和感がはしる。
 夢の中でこの指の間を流れ落ちた髪、あれは――。
 黒髪だった。
「ううっ」とエリッツはうめいて赤面した。体型を考えるとダフィットではない。ましてやあの子供じみたアルヴィンでは絶対にない。夢の中で交わった相手に思いいたりエリッツは再度うめいた。
 もうまともに顔がみられないと思いつつも、先日はちみつをなめさせてもらった感触と夢の中で口内を犯された感触が同時によみがえりにわかに興奮してしまう。
 エリッツはそっと自身の指を口に含んだ。そのまま指に舌をはわせる。自分の指では物足らないが、淫夢の余韻をあじわうことはかろうじてできた。夢の中でされたように自身の口内を指でまさぐる。次第に息が乱れる。しばらく夢中になって自身の口内を犯しつづけた。
「また斬新な自慰をして」
 部屋の戸口からのぞきこんでいたのはワイダットである。エリッツは慌てて指を口から引きぬいた。
「え……」
 エリッツの動揺を気にせずワイダットは遠慮なく部屋へ入ってくる。
「何度もノックした」
 慣れたものでエリッツが奇抜な自慰をしていてもさして動揺しない。何しろ一族郎等あまさず変態というグーデンバルド家に長くつかえていた身である。指をしゃぶりながら身もだえているくらいかわいいものだ。
 エリッツは気恥ずかしさに言葉を失う。
「急ぎお耳に入れて差しあげた方がいいかと思い」
 ワイダットは冗談めかした慇懃さでそういうとベッド脇のナイトテーブルの上に腰かける。先ほど見られたものはなかったことにされた。エリッツは内心ほっとしつつ、ごく普通にナイトテーブルに座るワイダットを凝視した。
 ワイダットが軍部を抜けてグーデンバルド家に来たのもそういうところがあるからだと長兄から聞いたことがあった。人好きのする男ではあるのだが一般常識に欠けており軍部のような規律の厳しい集団行動になじまない。エリッツはさほど気にしないが、身のまわりで自然にナイトテーブルに腰かけそうな人間はワイダットくらいだ。
「カウラニー氏が」
「違うっ」
 先ほどの自慰の件をむしかえされたと思いエリッツは思わず声をあげたが、ワイダットは不思議そうにエリッツを見た。
「違わない。カウラニー氏がさっきまで下に来てて。若い方の」
 軍部で「カウラニー氏」といえば、みなオズバル・カウラニーのことだと思いこむ。ワイダットが「若い方」とわざわざつけ足したのは軍部の多くの者が混乱を避けるためにそうするからだ。つまりはシェイルが来ていたのだ。
「えっ。ほんとに。なんで。まだいるの?」
 エリッツは諸事情によりベッドから抜けられない。言葉の勢いだけでワイダットにつかみかかる。
「さてはさっきカウラニー氏をネタに自慰をしてたな」
 しかしワンテンポ遅れてそれをむしかえされる。
「そ、そんなことはいいから。シェイルまだいるの?」
 いいつつ耳まで赤くなる。肯定しているも同然だが、ワイダットは見て見ぬふりをしてくれた。
「もう帰ったようだ。若様、何度ノックしても反応がないしそもそも寝坊なんだよな」
 責めている風ではないが早起きをしたつもりで寝坊していたことにややショックを受ける。さらにシェイルがもう帰ってしまったと聞いてエリッツは二重の意味で肩を落とした。
「それで、何をしにきたの」
「もちろん、若様をお迎えに」
 一度落とした肩をぴょんとはねあがらせる。
「うそっ。ほんとに」
「本当に。ただ、ダグラスさんが若様はここにはいないといって追い返そうとした。たまたまそこにアイザック氏があらわれてあいさつがてら雑談して、紅茶を飲んで帰っていった。半刻もいなかったな。アイザック氏も何か事情を感じ取ったのか若様のことは口にしなかったよ」
 アイザック氏が起きて活動しているということはあの護衛の二人もついていたのだろう。ワイダットが話の顛末を詳しく知っていることからダグラスについていたと考えられる。
 エリッツはいたたまれなくなってしまう。エリッツがいやらしい夢をみて寝ている間にみんな仕事をしていたのだ。
「ああ、あと――」
 ワイダットがナイトテーブルから腰をあげてつけ足した。
「ただの印象だけの話をする。若様はカウラニー氏のところにまだ戻らない方がいい」
「なんで」
 エリッツは戸口へ向かうワイダットの背中に問いかける。
「カウラニー氏はダグラスさんに『エリッツはここにいない』といわれて少しほっとした顔をした」
 その意味するところがわからずエリッツはじれたように「どういうこと?」と声をあげた。
「立場上若様を迎えに来ざるとえなかったが、本当は今戻ってきてほしくない事情があるのではないかという、これは飽くまでも印象の話でどうするかは若様の自由だ」
 扉が閉まる。
 立場上迎えに来ざるをえない状況がエリッツにはよくわからないが、今戻ってきてほしくない事情といったら「邪魔」以外に思いつかない。
 すると再びノックもなく扉が開いた。またワイダットである。
「若様、ベッドを汚したんでしょう。すぐにメイドを呼ぶから」
 エリッツは一気に青ざめる。ワイダットは本当に察しがいい。
「ワイダット、待って。誰も呼ばないで」
 エリッツは悲鳴のような声をあげたが果たしてワイダットの耳に届いているかわからない。

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