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第二十四話 墓守

「ここで間違いはないですか」
 旅人は重苦しい曇天のもと小高い丘の墓地に立っていた。とはいえ、そこまで大きな墓地ではない。十数基くらいだろうか。点々と置かれた墓石は太陽神の信徒であることを意味する丸いものがほとんどで大きさもうずくまった子供くらいである。
「はい。字は読めますでしょう」
 墓守は意外と若い。
 二十代半ばくらいだろうか。癖の強い赤毛にもとは白かったであろう肌はよく日に焼けて質の悪い紙のようにざらついていた。常に人を小馬鹿にしたような口のきき方をするが、村長と違い多少の教養があるらしく察しもよい。
 墓石には確かに「フェリク・リンゼイ」と刻まれている。
「他のリンゼイ家の人たちの墓はないんですか」
 墓守は鼻で笑う。
「あんた、リンゼイ家の縁者ではなくレジスの役人でしょう。わかっていて来ているんではないですか」
 白い外套のフードで隠された旅人の表情は読みとれない。
「リンゼイ家が治めていた村は賭け事の際に奪われたと聞きました」
 旅人は墓守の言葉には応えなかった。しかしそのことに墓守は気を悪くした様子はなくただため息をもらす。
「そんな話を信じているのは何も考えていない、字も読めない村の老人たちだけです。国に治めるよう預かっている土地を賭け事の対象にできるわけがありません。そもそも領主を変更するなんてこと国王陛下のあずかり知らぬところで決めることができるのですか。少し学のあるものならリンゼイ家が策略にはまって何もかも奪われたことは容易に察することができます」
「あなたは学があるのですね」
 旅人は感じたままをいっただけだったが、墓守は不快感をあらわにした。
「役人の登用試験には一度も通りませんでしたけれどね。とにかくフェリク・リンゼイの墓がわかればもういいでしょう。他にも仕事があるのでこれで失礼します」
 足早にその場を立ち去ろうとする墓守の背中に旅人は声をあびせた。
「本当に死んでいましたか」
「なんですって」
 墓守は突拍子もない問いに驚いてふり返る。
「フェリク・リンゼイが確かに死んでいるのを確認しましたか」
「何をいってるんです」
 墓守はあきらかに異様なものを見る目で旅人を見た。それから鼻を鳴らして「知りませんよ」と吐きすてる。
「この子でしたか」
 旅人は胸元から帳面をとりだしてめくる。
「これ、あんたが描いたんですか。リンゼイ家の肖像画の写しですね」
 墓守は絵に見入っている。立ち去ろうとしていた足は完全にとまっていた。
「十年前も墓守をしていましたが、まだ半人前だったんです。あの日――リンゼイ家の子が亡くなったから棺を用意しろと村長たちに言われて――」
 墓守は過去を思い出そうとするように曇天を見上げた。
「そういえば村長たちは何か慌てているようでしたね。神官も呼ばずに埋葬をすませました。だから伝染病なんじゃないかと疑ったものです。それにしたって両親すら立ち会わないというのは異様ですがね。ただの墓守に何かをいう権限はありません。フェリク・リンゼイは棺に入れたときは確かに死んでいるように見えましたけど、後日リンゼイ家の人たちはいなくなるし、領主は変わるし――なるほどそういうことかと」
「フェリク・リンゼイが死んでいることを確認してはいないということですね」
 なおもその一点にこだわる旅人に墓守はおびえたような視線をむける。
「それにどういう意味があるんですか。もし仮に息があったとして埋められた棺の中で五歳の子供に何ができます」
「明日の朝、墓を確認させてもらいます」
 旅人の有無をいわせぬものいいに、墓守は不安げに小さくうなずいた。

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