2
「ァ……アァァァァァァッ」
目覚めと共に絶叫した俺は、過去の自分を殴りたい衝動に駆られる。
俺は寝ていたのか!?
十日間に及ぶプレイ記録を|狂人《同士》達と共有する前だったんだぞ。
それどころか寝落ち前の三日間に至っては一段落したら書こうと思っていた為、なんの記録も残せていない。
寝て起きれば記憶の五割は吹き飛ぶと言うのに、なんたる失態だ。後悔してもしきれないぞ。
頭を抱えながらベッドの上で悶えていると、不自然な点に気付く。
「なんで俺はベッドにいるんだ?」
デスクで寝落ちした筈なのにベッドにいることも不自然だが、なにより不自然なのは俺の寝床は敷布団であるにも関わらず|ベッドで寝ていた《・・・・・・・・》ことだ。
「っ!」
弾かれたように跳び起きた俺は寝室の扉を開け、ある物を探すために家内の物色を開始する。
明らかに自分の部屋ではなく、一歩たりとも踏み入れたことのない家であるのは間違いないのに、俺の歩みに迷いはなかった。
何故なら────
「転生してる!? よっしゃぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
ここは、とあるルートでラストダンジョンになる|悪役《・・》の家なのだから。
鏡を見た俺は転生前までプレイしていた『病みと希望のラビリンス☆』で見た悪役の顔になってる事に歓喜した。
◆
|一頻《ひとしき》り喜びを噛み締めた後、俺は自身の現状をより詳しく把握するためにカレンダーや身分証を探した。
分かったことは現在は原作開始の約一ヶ月前だということだ。そして自身が、ほぼ確実に転生してるということだ。
「しかも悪役転生とは運が良い」
正直、俺の転生先である『|綺堂 薊《きどう あざみ》』のステータスは飛び抜けて高いわけではなく、前世で好きなキャラだったという訳でもない。むしろ、嫌いなくらいだ。
だが、そこがいいのだ。消えても悲しくないキャラだからな。
なにより、俺が憑依転生したからには主人公達のハッピーエンドやトゥルーエンドを邪魔する筈がなく、必要ならば手伝う所存だ。
つまり、俺の前世からの悲願である『病みラビ』(『病みと希望のラビリンス☆』の通称)で、本当の意味での|ハッピーエンド《理想》に近づくのだ。嬉しくない筈がない。
「それに弱くはないしな」
先程はステータスが飛び抜けて高い訳でもないと言ったが低いわけでもない。
全ルート最弱とは言えラスボスにもなる|綺堂 薊《きどう あざみ》は、基本的に主人公のライバル(?)キャラとして存在するキャラだ。弱いはずがない。……ただ他の敵がバケモノ過ぎるだけで。
それに、|薊《あざみ》には他のキャラにない強味がある。
それは固有スキルだ。それも、とびっきり厄介な。
『病みラビ』には創作で定番のスキルがある。しかし、どれも取得には尋常ではない難易度の条件があり、条件を満たしてる最中にゲームオーバーになることも珍しくない。
その中でも特に難易度の高いのが固有スキルである。
固有スキルは基本的に偶然生まれ持った人間以外では存在しないが、極稀にダンジョン等で入手できる特定のアイテムで取得することも可能だ。
これは蛇足だが、この固有スキルは『病みラビ』プレイヤーにとって最初の病みイベントである。
それは、上記の固有スキルは
「パソコンゲームでリセマラって何を考えてるんだよ」
難易度がルナティックな『病みラビ』だが、流石に主人公が脇役ですら持ってる特殊能力を持たないのは不味いと思ったのか、ちゃんと固有スキルを持っている。
しかし、複数の候補が存在する固有スキルは一つしか貰えないのだ。それもランダムに。
固有スキルが弱いと中盤から終盤のボスに手も足も出なくなるので、一度でも痛い目に合ったプレイヤーはリセマラはしっかりとやる。
一説によれば、このパソコンゲームで行われる謎のリセマラは『病みラビ』制作陣の良心と言われている。
なぜなら、ここで味わう無力感に心を曇らせるなら、その先に溢れる真の病みイベントで推しキャラの後追い自殺する事は目に見えているからだ。
故に、プレイヤーの精神的タフさを試すべく謎のリセマラ要素が盛り込まれたと噂が出たのだ。
「出処は運営会社のサクラだろうけどな」
個人的には、悪評しかない『病みと希望のラビリンス☆』に危機感を覚えた制作会社が悪足掻きで流した噂だと思っている。
理由は、どんな固有スキルだろうと頑張れば中盤まで進めるし、そこまで行けば主人公を含める複数キャラの病みイベントが数多くあるのだ。
それを考えれば、先に潜む病みイベントを見せないようにする配慮など、到底信じられない。
むしろ入院した制作陣の狙いとしては、チュートリアルで盛大な病みイベントがあるので、それをエンドレス再生させたいだけなのではないだろうか。
さて、そんな無駄に鬼畜な取得難易度の固有スキルだが、先程ステータスを確認したら幸いにも俺はゲーム通りのモノを所持していた。
その名も【禍福逆転】である。
パッと見、アイテムのドロップ率や技の命中率に関係しそうなスキル名であるが、実際は全く違う。
これはゲーム時代の薊が自分以上に幸せな人間を許せないという性格に由来したスキルで、効果は自己バフなのに敵の足を引っ張る効果に特化していた。
その効果は『10秒間、受けたダメージの200%を相手に与える』である。
ゲームの戦闘はターン制だった為、10秒間ではなく1ターンであったが大した違いではないだろう。
この、使いにくさトップクラスな固有スキルだが、使いこなせれば『病みラビ』で|ハッピーエンド《理想》を実現できると思っている。
無論、本来の薊がする成長だけでは不可能に近いが、俺のゲーム知識を利用し様々な強化を施せば、の話だが。
一番の問題は途中でバットエンドにならないことだな。知識があろうとランダムで出現する理不尽な強敵と出会う可能性はあるし。
まぁ、それらのランダムイベントへの対策は現状何も出来ないので仕方ないにしろ、他はここまで好条件が揃ってるのだ。
ならば、目指さない理由はないだろう。
俺だけの|ハッピーエンド《理想》を。