225 去りし驚異/公宮にて
2体のワイルドグリフィンへ向かって、ゆっくり、ウテナが歩を進めている。
「あのコが生まれて初めて、なにもできなかった戦いだったのよ、あの時の、ジンとの戦いが」
ウテナを見つめながら、フィオナは言った。
「自分より、圧倒的に強い存在。喰われるものの立場、それを本能的に感じ取ってた。心の中が恐怖で満たされて、声すら出なかったって、交易の後に、言ってたわ」
「そりゃ、ジンに遭遇したら、誰だってそうなるわよ」
フィオナの隣で、同じくウテナを見つめるライラが言う。
「ジンを怖がらない人間のほうが、珍しいわ。殺されたり、さらわれたりされているんだもの」
「まあね。でも、その時、共行していた、キャラバンの村ってところの、ウテナと同期くらいのキャラバン達が、果敢に立ち向かっていったのよ」
「へぇ、かっこいいじゃない、男?」
「3人とも、男よ」
「あらっ!」
「フフッ。ライラ、大事なのはそこじゃなくてね」
「えっ?」
「男にしろ、女にしろ、ウテナにとっては、本当に大きなきっかけとなった戦いだったのよ。目の前で見せられた、勇気と、戦いという意味でね」
「そう」
「大切な人を守れる強さを身に付けたいって、以来、毎日修練に励んでいたのよ」
「なるほどね。……それにしても、強すぎね」
「それは私も思うけどね」
――ググッ。
歩を進めるウテナが再び、右の拳に力を込めた、その時だった。
――バサッ。
他の、護衛隊やキャラバン達と戦っていたのも含め、大通りで暴れていたすべてのワイルドグリフィンが羽ばたいた。
「まさか!全員で、ウテナを……!?」
「いや、様子が違うわ」
その中の一体が、スッとウテナの一撃で倒された一体のもとへと降り立った。
前脚で、その身体を持ち上げ、再び、空へ。
そのまま、高度を上げてゆく。
「……」
ウテナは無言で、ナックルダスターを外した。
10体ほどのワイルドグリフィンは、先にオルハンとフィオナに傷つけられた一体が逃げた方向へと、飛び去っていった。
――わぁ~!!
大通りが、熱気に包まれる。建物から、避難していた者達が出てきた。
皆が、ウテナのもとへと近寄る。
「あはは!すごい人気ね!」
ライラが笑いながら言った。
みんなに囲まれ、ウテナは少し困りながらも、嬉しそうな顔をしていた。
「完全に、私たちの戦いは、霞んでしまったわね」
「まあ、いいじゃない。驚異は去ったわ」
※ ※ ※
「……んっ」
ルナは目を覚ました。どうやら、いつの間にか眠ってしまっていたらしい。
部屋内には、ルナ一人。
兄妹達は公務か、なにがしかの稽古だろう、また訪問してくれていた医者は、帰ってしまったようだ。
机の上には複数の薬草が混ぜられた、マナ焼けに有効といわれる粉薬が紙の包装に包まれ、それが複数、置かれていた。
なにやら、外が騒がしい。
ルナは身を起こした。
「窓が、開いてる……」
兄妹の誰かが開けていったのだろうか、ルナの部屋の大きな窓が開け放たれていて、心地よい風が部屋の中に入ってきていた。
……なにか、あったのかしら?
――コン、コン。
その時、ルナの部屋の扉を叩く音がした。
「開いてます」
扉が開く。
「……」
ルナの目は完全に一点を凝視し、まばたきすることすら忘れていた。