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阿修羅丸に捧ぐ。



 阿修羅丸──俺は、仲間となるはずだった彼を死なせてしまった。その献身に報いる事も出来ないままに。

 それでも堕ちる時間は俺にない。何故なら、




『危ないところであったなぁ…』




 白々しくも俺を窮地から救った風を装うコイツ、『鬼』を滅ぼさねばならないからだ。

(この声…)

 聞くと思い出してしまう──普段自分を若僧と呼ぶ義介さんが、これと同じしわがれ声で狂い笑う様を。

 それと同時に、当時の恨みや怒りも生々しく思い出されて──しかし。

 ここは我慢と俺は押し黙った。これからする事を勘づかれたらマズいからだ。

(どう誤魔化す?…考えろ)

 考えたがしかし、思い付いたどれもが危うい行動に思えてしまう。

 そして思い至ったのは考えて行動すれば逆に怪しまれるという事──俺は結局、聞こえない振りを継続する事にした。

 そうして、無理矢理に自身を落ち着かせてみれば、透明な刃が見えてきた。…それも、阿修羅丸を貫いた状態で。その延長にある柄はやはり透明で、それを握るのは半透明の、『鬼』。

 いや、『鬼』ってのは俺が勝手に呼んでるだけだ。でもその見た目はやはり『鬼』気迫るものがあった。

 いつの時代のものか分からないが、一応侍っぽい衣服を着ている、というか着崩している、というか今にも崩れそうなほどボロボロとなった服が、皮が張り付いただけのガリガリな身体にかろうじて引っ掛かっている感じだ。

 白い顔面は傷だらけ、それは禿げ上がった頭頂にまで刻まれている。その脇からぶわりと放射状に伸び散らかった白髪が、妖気を纏うように波打っていた。

 その白髪と傷に埋もれてある裂け目のような細目と口だけ、やたらと紅い。

 その全てが半透明、ゆらゆらと宙に浮いている。その圧倒的不気味さは言葉で表現できるものではない。

 古代の怨霊。それがこのダンジョンを支配する『鬼』の正体だ。

 そしてコイツが今さら介入してきた理由なら、何となくだが分かっている。

 俺には前世の経験があるからな。だからこの『鬼』が好みとする強者に憑り付くには、相手の心が弱っている必要がある事を知っていた。

 だから俺は無理矢理にでも心を強く保とうとしたのだが、満身創痍である事実は変わらなかった。

 そんな俺を健気な阿修羅丸は復活させようとしてくれた。高位餓鬼の肝を与える事で。きっと餓鬼の肝で俺が強化される所を見ていたんだろう。
 
 そしてしつこいようだが、俺には前世の経験がある。だからこの極悪非道な『鬼』の判断基準が不都合であるかどうか、快楽があるかどうか、何にせよ利己にしかない事を知っている。

 おそらくは、こうだ。

 阿修羅丸が何をしようとしているのかは分からなかっただろうが、折角弱っていた俺を助けられては困る、とは思ったはず。何故なら俺に復活されては、また憑り付き難くなってしまうからな。

 かといって殺されても困ると思っただろう。折角見つけた俺という絶好の憑り付き先を失ってしまうからだ。

 どちらにせよ都合が悪く、他に予想が立たないならいっそのこと阿修羅丸を殺してしまえばいい。

(そんな所だろう…)

 こうして、ヤツにとって最大の功労者だったはずの阿修羅丸は大した理由もなく邪魔とされ、廃棄された。

 これは今ある状況とこの『鬼』の性格を考慮しただけの推測でしかないが、大きく間違ってはいないはず。

 そう、コイツは普通のモンスターとは違う。

 人と変わらない自我と、人が持つには異形に過ぎる力を併せ持ち、その両方が凶悪。

 ただの力自慢や魔力自慢では太刀打ち出来ない存在だ。何せただの思い付きで阿修羅丸を倒してのけたのだからな。それだけでお察しというものだろう。

(相性の問題があったにしろ…いや、)

 世界がこうなってまだ二日。この『鬼』と相性が良い者なんて、今の時点で皆無に等しい。

(…確か、【攻霊化】だったか…)

 【攻霊化】は『ゴースト系モンスター』が高位進化を果たす際に必ず身に付くもので、ただでさえ厄介な種族特性をさらに凶悪なものへ強化してしまう恐るべきレアスキルだ。
 
(『種族特性を強化する』って効果はつまり、『その強化は多岐に渡る』って事でもあるからな…)

 しかも、元々が肉体に頼らない思念体。それが死に向けてさらにと解脱(進化)する事で得られるスキルなのだから、生者にとって、それはそれは理不尽な性能となっている。

 まず、ヤツが今一番に頼りとしているだろう『憑依特性』が強化されるとどうなるか。『心』という、制御しきれず、故にステータスにも記載されないパラメータに突け入る事が可能となり、突け入る事に成功すれば相手の肉体…どころか能力までも乗っ取ってしまえる。

 そんな凶悪この上ない攻撃だというのに、【攻霊化】が強化する数ある種族特性の一つにすぎない。

 他にも『霊体特性』が強化されると、特定の属性以外全ての攻撃を無効化してしまうのだから嫌になる。

 つまり、その『特定の属性』を持たないまま遭遇すれば負けは確定。俺が『スキル進化なくしてあの鬼には勝てない』と言っていたのはそのためだ。

 その上で『怨霊特性』の強化で『自分よりレベルが低い生者を一撃死』なんて事も可能としている。

 阿修羅丸を殺したのはそれだ。あれほどの強者を自分よりレベルが低いという条件を達成するだけで即死せしめる…これも凶悪極まりない能力だ。

 だが、レベル自体を持たない俺はどうだろう。効くのだろうか…。もしかしたら無効化出来るかもしれないが、試して失敗すれば確実に死ぬ。検証すら出来ないなら結局の凶悪だ。

 こんな者が相手では経験も浅く、物理系魔攻に特化した阿修羅丸では抗いようもなかったろう。

 …それでもだ。

 阿修羅丸はただで殺されはしなかった。

 死の間際に発動したのだ。

 『諦めぬ者』の称号効果を。

 その性能は『重傷を負っても動ける。致命傷を受けた場合は即死を免れ、少しの時間だが動ける。』というもの。

 阿修羅丸は、その短い時間で決断した。

 自ら心臓をえぐりとるなんて無茶苦茶を。
 
(俺なんかを助けるために…)

 これほどの忠義に彼が死ぬまで気付けなかった…こんな暗愚な(あるじ)のために。


 だから。
 


『おい…聞いておるのかえ?』


 
 今は、今だけは、

 この、クソッタレな『鬼』への恨みも、置いておく。

 俺の仲間となるはずだった阿修羅丸を殺しておいて、それを俺に媚びる材料としておいて、それだって関係を築く事で俺に憑り付く布石とするため。そんな、どこまでも厚かましく卑しい性根が透けて見えるコイツへの、嫌悪も憎悪も、怒りもッッ。

 …………今は。

 抑えつけよう。

 前世、義介さんを狂わせ、才子を殺し、才蔵を狂わせ…それだけじゃないっ。多くの人の運命と命を弄んだ数々の所業もッッ。

 …………あくまでも一旦、

 忘れもしよう。

 だって、恨みにまみれた醜い心では、食せない。

 この…阿修羅丸の心臓だけは。

 もはや単なる魔食材ではなくなっている。これは阿修羅丸が最期に遺した心そのもの。

 俺の私怨を晴らす材料とは思いたくない。だから、今だけは──


『ぬ、オヌシ何を──』


「…いただきます…」


 ──ゾフ──ただ心静かに。


『えぇ…っ、オヌシ、気が狂うたのか!?』

 俺がそう感じたかっただけなのか、あるいは阿修羅丸の真心がこもっていたからか、

(こんな事言うのは不謹慎なんだろうが…悪くねぇよ阿修羅丸…)

 不思議とこの魔食材からは臭みもエグ味も感じなかった。普通に旨い。

 でも端から見ればこれは不謹慎どころかおぞましい行為であり感想であり…ビキビキビ──それでも。

 メキメキ、メキキ…、

 ビクビクッ──ビ…


「──ごちそうさま──」ド、グンッッ!ドグ、ドグ、ドック、ドック、ドックドック、ドックドックドっクドクドクドクドクドクドクドクドクドクドクドクドクドクドクドクドクドクドクドクドクドクドクドクドクドクドク──ドッッ
──────────
────────
──────
─────
───
──グゥンン、、、ッ


 今、吸収しきった。
 阿修羅丸の一部…。
 浸透しきった。
 俺の奥の深くまで。

 なのに何故だ。

 魔食に付きまとうはずの苦悶がなかった。

(…いやむしろ…)

 脈打つを通り越し、もはや波打つように反応する肉体は、これを食せた歓びを表現しているようだった。

 そこからさらにと加速してゆく血流と鼓動は、その歓びを勇気に変えているようにも感じられた。

 その証拠に、


『【魔食耐性LV7】に上昇します。』
『【強免疫LV7】に上昇します。』
『【強排泄LV7】に上昇します。』
『【強臓LV7】に上昇します。』
『【強血LV7】に上昇します。』
『【強骨LV5】に上昇します。』


「ぁ…ぇ?…ぃたくねぇ…」


 スキルの成長に合わせて、内外問わず身体中にこびりついていた痛みや疲れが一気に引いた。


 そして──





『【精神耐性LV10】に上昇します。上限到達。【精神大耐性LV1】に進化します。』



「 ……!」


 …遂に、


(来た…ッ!)


 前世の経験が逆に仇となり、スキルレベルが上がりにくくなっていた【精神耐性】。


 このスキルの進化をこそ、俺は待っていた!!

 何故なら知っていたからだ。これがただの進化で終わらない事を。


『この進化に伴い、派生スキルを一つ取得出来ます。【心撃】と【心壁】の二つから選んで下さい。』──ほら。


 俺は目当てとしていた派生スキルを早速ゲット。そしてその勢いを借る!次の魔食材に手を伸ばす!狂い餓鬼大頭の肝と、餓鬼大将の大肝──それら両方を、一辺に口元へっ、そして、

『だからオヌシさっきから何を──』

 かぶり、、付くっ!限界まで膨らんだ頬肉を大袈裟に蠢かしながら、大胆に咀嚼、、、してみればっ!嗚呼…っ、

「(…ってやっぱ不味いじゃねぇかっ!!)モゴモグぅぅぇえ…っ!!!」

『ぃゃそうなるに決まってぉろうに…』

 うるせえ『鬼』…でも、うん、やっぱりだ。阿修羅丸の心臓が特別なだけだった。こちらはかなり不味い。

 それでも体内全てが蹂躙されるようなあの苦悶は和らいで感じる。

(…ような、気?がする…?)

 いや、苦しいは苦しいんだが。それも我慢出来る範疇でおさまっている。これも阿修羅丸の心臓を食した後だからだろうか。

 …ともかく。阿修羅丸。


「ご馳走、さまでした。」『オヌシさっきから…大丈夫かぇ?』


 有り難う阿修羅丸。守ってくれて。こうして力にもなってくれて。そして…


「…すまなかった。」『なにをぶつぶつと気色の悪い…』


 本来なら、俺が守るべきだったのに、


「…こんなゲス野郎に殺させちまった…」『おいオヌシ、聞こえないのかえ?』 


 お前がそんな最期を迎えるまで俺は、、


「…気付いてやれなかった…」『もしや耳が利かぬのか…』


 ……だから…


「だから、もう…」『また…さっきから何の念仏…おいオヌシ!!せめて聞こえるように言えぁ!!』


 だから…もう、


「…き……ねぇ…っ」『そも、本当に聞こえておらんのか?本当は聞こえて──』


 …だから、もう。


「……せぇ………た…ねぇ…ってんだっ」『ええい!いい加減にしや!さっきから何ヲ言うておるや怪しい奴め!!』




 ──だからっ!




「もうっ!聞きたくねぇっっつってんだ!!てめえの声あぁっ!!!!」




『なん──』


 せめて、見ててくれ、阿修羅丸、


「黙れ!そして滅べッ!今すぐここで!」


 阿修羅丸…お前が救ってくれた俺の命が、お前を殺しやがったコイツを、どうぶっ飛ばすか──

 俺は満を持して弱った振りを解除し『鬼』へと向かった。全力で躍りかかった。

 前世では才蔵、才子、義介さん、他にもたくさん。そして今世じゃ阿修羅丸、そして──俺の心も、コイツが今まで損なわせてきた全部!

 ここでっ!

 
「精算、させてやるぁあっ!!!」



=========ステータス=========


名前 平均次(たいらきんじ)


MP 369/7660↓danger!


《基礎魔力》↑miracle!

攻(M)180→470 
防(F)39→91 
知(S)66→171 
精(G)13→23 
速(神)214→566 
技(神)154→422 
運   10

《スキル》

【MPシールドLV7】【MP変換LVー】【暗算LV2】【機械操作LV3】【語学力LV2】【大解析LV5】

【剛斬魔攻LV1】【貫通魔攻LV1】【重撃魔攻LV2】【直撃魔攻LV2】
【心撃LV1】new!

【韋駄天LV8】【魔力分身LV4】

【螺旋LV1】【震脚LV1】【チャージLV1】【爆息LV1】【ポンプLV1】【超剛筋LV1】

【痛覚大耐性LV1】【負荷耐性LV8】【疲労耐性LV8】【精神大耐性LV1】new!

【魔食耐性LV5→7】【強免疫LV5→7】【強排泄LV5→7】【強臓LV5→7】【強血LV5→7】【強骨LV3→5】

【平行感覚LV2】【視野拡張LV2】

《称号》

『魔神の器』『英断者』『最速者』『武芸者』『神知者』『強敵』『破壊神』『グルメモンスター』

《装備》

『鬼怒守家の木刀・太刀型』
『鬼怒守家の木刀・脇差型』

《重要アイテム》

『ムカデの脚』

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しおり