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『窮地ではない』という窮地。



 嫌な予感は止まらないが、他に選択肢がないのだからしょうがない。俺は目前の餓鬼共を蹴散らし、次の裂け目を目指した、のだが。

「ハァ…嫌な予感ほど的中するって言うけど…」

 次の裂け目を抜けた先。そこにあったのはまた同じような部屋だった…というかもう端折(はしょ)っちゃうけど。その次の裂け目も通過したが同じような部屋がまたあって、餓鬼がまた大量にいて、右側の壁を見れば同じような裂け目がまたあって、そこを通る事以外に選択肢はやっぱりなく…

「…ハァ…」

 ため息だって出る。どれくらいの時間をかけたか正確に分からないが、あんな大量の餓鬼を倒してきたってのに変化らしい変化を得られなかったんだから。これだけの労力払って同じような光景が連続すると、

「…ハァ~…(※溜め息)」

 うん、いい加減嫌になってくる。

「…けど、他に選択肢もないしな…くそ!こうなったらとことんやってやる!」
 
 という訳でまた餓鬼を蹴散らしまーす。

 はいはい、あの裂け目を通ればいいんですよね?

 それしかないですもんね?では通過しまーす。

「て、やっぱりかぃ!いや薄々勘づいてはいたけども!」

 右手側にあった裂け目を四回も通過したんだからな、

「そりゃこうなるか…」

 嫌な予感ほど嫌なくらい当たるの見本。目の前には相変わらずな部屋、相変わらずの餓鬼の群れ。一部違うのは共食いをしていて…

「おいおい…食われてるのは…『再増殖』したやつら、か…?」

 そう、再増殖だ。いわゆるリポップ。これはつまり、多分、いや確実に。


「ここって…最初の部屋…なのか?」


 そう、たどり着いたここは、スタート地点である一つ目の部屋…なのだろう。俺は振り出しに戻ってしまったらしい。

 田の字型に配置された四つの部屋を、裂け目を通じて一周しただけ…って、まあ、四つ目の部屋でさすがにお察しだったわ。なのでそれほどショックじゃない。

 いや強がりじゃなく。

 実際、ここに迷い込んだのが俺で良かった。もし迷い込んだのがダンジョンの生態をよく知らない誰かだったら?例えば、

「義介さん…」

 何の知識もなく、餓鬼の群れに出くわし、それを追って何とか駆逐しようとたどり着いた先で不気味に変異した祠を発見。その直後にこんな無限地獄に転移させられたりしたら…


「そりゃ…絶望もする」


 前世の義介さんは、その心の隙を突かれてとり憑かれ、徐々に狂わされていった。それが真相なのだろう。

 でも俺なら大丈夫だ。

 こんな理不尽な状況に追い込まれても何とか出来る自信が、まだある。

 『二周目知識チート』があるからな。

 その前世の知識にあるダンジョン攻略パターンというのはラノベで見たのと同じ。

 『幾つもの階層を抜けて最深部を目指し、そこに鎮座するダンジョンコアを壊す』てのが主流だった訳だが。

 それ以外にも例外というやつがあった。

 直近の例を上げるなら『無双百足ダンジョン』がそうだった。あそこはここと真逆。大量のモンスターどころか、ボス一体がいるだけ。そのボスはオブジェクト化しており、無理ゲー的な条件を満たさなければ決して倒せない設定となっていた。

 …いや、例えが悪かったな、忘れてくれ。あれは例外と言ってもかなり特殊な部類に振り切れたやつだった。

 とにかく。ダンジョンというのは色々だ。

 回廊タイプがあれば洞窟タイプ、それら以外にも草原だったり溶岩地帯だったり…はたまた海中だったり。そしてそのどれもが一筋縄ではいかなかった。

 というか、

 そもそもとしてそんな得たいの知れないものに挑むんだから、本当に気にするべきは『どんな地形か』ではない。

 真に知るべきは『そのダンジョンが何を攻略条件としているか』だ。今回の俺はそれを失念していた。

 例えば通常のダンジョンを『階層攻略型』、無双百足ダンジョンみたいなのを『特殊攻略型』…という感じで分類するなら

「このダンジョンは、『殲滅攻略型』って感じか」

 ダンジョンというものは、攻略条件を自ら設定し、敵だけでなく己をも縛る。

 ダンジョンというのは、そういった条件を達成出来ない者をコアへ辿り着けなくしている。未達成なままコアに偶然辿り着けたとしても、オブジェクト化が解けず破壊は結局の不可能だったりする。

 ここで話を戻すが『増殖し続けるモンスターを全て倒しきる事』を攻略条件とするダンジョンというのが、前世にはあって。
 
「ここもきっとその類い…だとするなら──ありがたいな」

 前世の経験からすると『殲滅攻略型』の攻略難度は結構低めだった。

 ただこの場合の『殲滅』というのは『しらみ潰しに倒してまわる』だけではない。『増殖が絶えるまで倒し続ける』労力まで含んでいる。だから、相当に面倒な条件に思える。

 でも増殖するモンスターを継続して殺せる強パーティーを幾つか募り、交代制で退治していれば割りと簡単に達成出来るものでもあった。

 逆に言えばソロの攻略者には鬼門のようなダンジョン…つか、独りでこんなんに挑むとか馬鹿のやること…

「…ってそれッ、今の俺ッ!」

 いやともかく。

 多人数で攻略すれば途端にイージー化するその仕様からか、攻略中の褒賞は少なく設定されていた…というか、ダンジョンコアを壊すまで褒賞なんて得られないし、しかも大した褒賞じゃない事が殆んど…とゆーかなんにもない事だって希にだが、あった。

 その結果、共闘関係だった連中とよく揉めたのはいい思い出…じゃねぇわ。わざわざ揉めるほどの旨みもないってのにあの頃の俺ときたら意地になって…おっと、また話が逸れてしまったな。

 ともかく『殲滅攻略型』とは苦労の割りに旨味が少ないので誰も攻略したがらないダンジョンとして有名だったのだが、それでも他より優先して攻略しなければならなかったりするのだから、質が悪い。

 何故なら『殲滅攻略型』には『大量湧き』という特徴が高じてモンスターが氾濫しやすいからだ。つまりは『スタンピードを引き起こしやすい』という特性があった。

 そしてここは…迷わすつもりもない単純極まる構造の中で餓鬼を大量に生み落とす事に特化しており…そうなると当然、モンスターが外へ溢れ出す事にも通じて──そう、俺達が鬼怒恵村で見た餓鬼の大群は、スタンピードによるものだったのだ。

 コアが外に露出されていたのもきっと、ダンジョン内の餓鬼を殲滅されるまでは攻撃されても破壊されないというルールを敷いていたからだ。

 このように無双ムカデダンジョンにしろ、この餓鬼ダンジョンにしろ、とにかく理不尽さが目立つダンジョンルールだが、ネタが分かってしまえば途端にやりやすくなる。絶望どころか余裕が生まれる。

 今回の場合で言えば、このまま地道に餓鬼を殺し続けていればいつかは攻略出来てしまえる。

 …え?うん、確かに数の暴力というのは怖いものだ。今回の俺はソロな訳だし。

 しかし今の俺は強くなり過ぎてしまった。このレベル帯のモンスターから攻撃を受けてもMPシールドが食い止めてしまう。

 まあ、言っても俺のMPシールドは分厚くも紙装甲だからな。貧弱な攻撃でもヒットすれば削られる。

 …はずなんだが、

 低レベルの餓鬼だとそれすらまともに出来ていない。共食いでレベルアップを果たした連中ですら削っても多く残る状態だ。その上で俺はMPが馬鹿みたいに多いからな。まだまだ余裕が──
 
「…ていうか、あれ?削られる量より自然回復する量のが多くないか?」

 MPの表示を見れば確かに削られはするけど、そのすぐ後には最大値に戻ってしまって──

「……え、いや、これってもしかして逆にマズいんじゃ──」

 いやいやいや、もしかしないでもマズいぞ?だって…

「待て待て待て待て!こっちはソロで攻略してんだぞ?」

 その上、蓋を開けてみればソロ攻略者の天敵である『殲滅攻略型』のダンジョンだった。なのに、

「楽勝…だと!?いやいやいや!」

 ダンジョンを攻略するにあたってそんなこと、想定する訳もなく。かといって、命がかかっているのにそれは言い訳。

「あーもうくそ!くそくそくそ!何が大丈夫だ俺の、、大馬鹿やろうめっ!」

 この状況が如何にマズいか、今の今になってやっと気付くとか…まったく間抜けな話で…って、え?何がマズいって?それは…


 『楽過ぎて負荷が皆無』ってのがマズい。


 そう、このまま負荷がないままだとスキル育成が、出来ない。

 さっきも述べたが、お目当てのスキルが目標レベルに達しないと本当にマズいことになるからだ。

 確かにこのままこのダンジョンコアにはたどり着けるだろうが、それだけでは、

「あの『鬼』には負ける…確実に」

 つまりは誤算発生というやつだ。いつの間にか俺は、『窮地じゃない事が窮地』という…とてもおかしな状況に陥ってしまっていた。

 …今なら分かる…猛烈に嫌な予感がしていた理由が。

 そもそも予感ですらなかった。第六感が働いた訳じゃなかった。

 きっとこの分かりにくく絶望的な状況を正解に把握出来ない自分に、ただモヤモヤしていただけだったのだ。それにやっと気付いて、

「うーん…ッ!どうすれば!?」

 とか唸った所で打開策なんてすぐ見つかるもんじゃないし──

「──ぃゃ……………見つかった…か?」

 さすがは二周目知識チート。
 
「いや発見ってほどの妙案じゃないけど…試す価値ならありそうだ」

 ならばと早速行動に移す。

 まずは【大解析】を発動した。

 スキル範囲内にいる全ての餓鬼のステータスを閲覧する。

 でもこんな大群を相手にこんな事をすれば、


「ぐ、う!の、脳が、が、や、焼けるっ!」


 まあこうなる。

 スキル範囲内にいる全てを一気に解析した訳だから。ステータスってそもそも今までに経験した事のない情報類で、それがこの量ともなると超負荷が一気に脳を直撃する形になって…ぅーん、言葉だと伝えにくいな。

 いや、例えば脳筋って言葉があるけども。実際には脳ミソを筋トレよろしく物理的に鍛えたりは、出来ない訳だから。

 これは殆んどの人にとって慣れてる訳のない、全く初体験となる痛み。

 しかもその負荷によってただでさえ霞む視界の中を、大量のステータス画面が埋め尽くしてゆくもんだから餓鬼の姿なんか全く見えなくなってしまって、そうなると当然苦戦だってする。実際、、、

「お、くそ、このっ!いでぇっ!」

 餓鬼の攻撃の多くが俺にヒットした…けど、

「あだだっ、…て、ダメか…」

 これでは負荷としては足らない。さっきも言った通り、今のこいつらでは俺のMPシールドを削れても、貫けないのだ。

 ずいぶんと食らったので自然回復量を上回る減りとなったが、それでも俺が誇る分厚さにとっては微々たるものに過ぎず、俺本体にダメージを与える事は全く出来ていない。

 つまり今の連中の戦力で俺にダメージを与えるには、一撃でシールドを貫通るするなんて到底無理な話で、『まずは地道に俺のシールドを削りきる』という、面倒な過程を経なければならない。そうなると相当に時間がかかるだろうし、俺には

「うらぁあああああっ!いい加減にしろっ!」

 この回転技まである。闇雲に木刀を振り回すだけで餓鬼共を蹴散らせるのは既に述べた通りだ。そしてこんな事をすれば余計に負荷が得られなくなるのも当然のことで…

 それでも抵抗しない訳にいかないのだからイヤになる。

 何故なら痛くもない攻撃を甘んじて受け続けたところで、負荷とはなりえないからだ。ちゃんと戦いになってなければ戦闘用スキルというのは育たない事を、俺は経験として知っててだから、


「くそ!おらどけぇっ!」


 このように。心を鬼にして絶対的弱者を葬っていくしかない。そしてもう一度言うがこれじゃぁ負荷なんて得られない。ならどうするか──いゃ、それについては次回だな。


「とりあえず始めてみたけど、大丈夫かなこんなんで…」

 『英断者』が『何とかなる』って感じを出してるし、何とかなるか?

「つか、何とかならないと困るぞ…って、どけよもう!まったく…なんて言えばいいんだろ。この…」


 窮地なのにそれが全く伝わらない感じは。

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