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第七話 おっさん出かける


 ダンジョンと子供たちをカリンに任せて、おっさんはバステトを連れて、アルシェ帝国に来ていた。

 道中は、バステトのスキルで姿を隠しながら、黄龍の眷属に運んでもらった。
 本来なら、ラインリッヒ公国に立ち寄って筋を通す必要があるのだが、理由があり、おっさんは”拠点”に居る必要があった。

「まーさん。帝国の・・・。そうだ、王都まで、送るけど?いいのか?」

「大丈夫。悪いな」

「気にしないでくれ、それにしても、本当にいいのか?」

「あぁ龍族が来た事は、秘匿しておきたい」

「わかった」

 龍族の眷属が、おっさんを送ったのは、王都の近くにある森の中だ。目的地の一つにしている寒村まで半日程度の場所だ。

 目的地は、王都での活動だが、王都の近くを回るつもりでもあった。おっさんが持っている情報は、元辺境伯から提供された物で、古くなってしまっている可能性もある。

 村は、寒村と呼ばれていたが、寒村が裸足で逃げ出しそうな位に廃れている。
 村長宅は、一応形は残っていたが、既に住民は居ない様子だ。

「解っていますよ」

 おっさんは、警戒を見せるバステトを抱きかかえて、肩に乗せる。

「解っていますよ。出てきてください。襲ってきたら、殺します。無抵抗なら、話を聞きます。君たちが、どちらを選ぶのか、考える時間をあげます」

 おっさんの呼びかけに出てきたのは、成人の年齢に達しているとは思えない子供たちだ。

「話を聞いて欲しい」

 年上だと思われる男児が、皆を背中に庇いながらおっさんの前に出てきた。

「話を聞きましょう。その前に、持っている物を地面に置いてください。投げてください。話は、それからです」

 子供たちは、鍬や鉈を持っている。
 年長の男児が、鉈を投げると、同じように武器になりそうな物を持っていた子供たちは、農具を投げる。

 おっさんが一人で、武器らしき物を持っていない事も、自分たちが有利だと思えた。相手の言葉に従っているのは、大人が一人なら、どんな状況からでも逆転が可能だと考えたからだ。相手がおっさんで無ければ可能だったと思う。

 おっさんは、武器を持つ者が居なくなったと確認してから、子供たちに話しかける。

「それで、何が目的ですか?金ですか?食べ物ですか?それとも、単純に殺しを楽しんでいるのですか?」

 子供たちは、明らかに動揺している。

「ちが・・・。俺たちは、もう・・・。あいつらとは違う!」

「あいつら?」

「勇者とかいう奴らだ!あいつらが、俺のとうさんやかあさんを、村の・・・。なんでだよ!」

 少年は、感情を爆発させてしまった。
 自分よりも小さな、大人たちに逃げろと言われて、逃げた先での辛い生活。村に戻ってきたら、そこには積み重ねられた死体が残されていた。自分の親を・・・。兄を・・・。祖父母を・・・。そして、やさしく綺麗だった姉や優しかった隣人の死体を見せつけられた。
 子供たちだけで、死体を処理した。積み上げられていた死体を燃やした。村で葬送の儀式を真似て行った。子供たちだけで、木々を集めた。家屋も壊した。死体の周りに木組みを作って、遺体を燃やした。登っていく煙を見つめるしかできなかった。

 残された少年たちは、30名にも満たない。
 幼子も居る。

「それで?復讐の為に、村に来た人を殺して満足しているのですか?」

「ちがっ!そんな・・・。考えていない」

 最後は、声が小さくなってしまった。
 少年も、自分たちが、何をしたいのか解らなくなってしまっている。

 もう限界なのだろう。

「何が望みなのですか?」

「おっちゃん。俺は・・・。俺は、どうなってもいい。奴隷でも、なんでも・・・。でも、こいつらを、こいつらだけは、助けて欲しい」

 魂の心の奥底から出てくるような声だ。
 おっさんは、それでも涼しい表情のまま少年を見ている。

「ダメですね」

「え?」

 断られるとは思っていなかった少年は、深々と下げた頭を上げて、おっさんを見る。

「後ろを見ても、同じことが言えますか?その手を払うことができますか?」

「え?」

 少年は、振り返った。
 守ろうと思っている子供たちが、少年を見つめている。

 小さい子までも、意味が解らなくても、少年がどこかに行ってしまうと感じているのだろう。少年の古く汚れている服の裾をしっかりと握っている。どこにも行って欲しくないと言っているようだ。小さい子供たちが握っている手からは、うっすらと汗だけではなく、赤い物が混じっている。

「その手を振り払って、奴隷になるというのですか?それで、一時は凌げるでしょう。でも、次は?その次は?クズな勇者だけではないでしょう。この辺りには、そのクズたちが荒らしたせいで、村が壊滅状態になっていますよね?君たちのように、子供だけが残された村だけではない。子供を殺された大人だけの村もある。そんな奴らが、お前たちを襲って奪うかもしれない。守ってくれるかもしれない。未来は解らない。しかし、子供たちを守れる者居なくなれば・・・。必死に引き留めようとしている子供たちは、ここで死ぬ。そんな未来しか残されないでしょう」

「・・・」

「もう一度だけ、聞きます。君は・・・。君たちはどうしたい?どうして欲しい?」

 少年は、一人の子供を抱きかかえるように、座り込んだ。
 抱かれた子供は、少年の首に抱き着くようにして泣き出してしまった。

「・・・。助けてください」

 絞りだすような声で、少年はおっさんに助けを求めた。

 おっさんが何者なのか解らない。もしかしたら、自分だけではなく、全員を奴隷にしようとしているのかもしれない。少年の頭の中には、いろいろな考えが浮かんでは消えて行った。
 抱き着かれた子供の温かさと、子供から伝わってくる心臓の鼓動が、限界だった少年の心を動かした。

 地獄のような日々から救われたい。救いたい。
 少年は知っていた。

 おっさんが言ったように、近隣の村々は勇者を名乗る者たちに攻められて殺された。
 ここに集まっている子供は、そんな村から逃げ出した者を、少年たちが助けて集めた者だ。

 他にも、そんなグループがあるのは知っている。
 しかし、少ない食料と、もっと少ない安全な場所の取り合いになってしまっている。少年たちは、滅ぼされた村で、勇者たちが戻ってこない事を祈って、他の村の者たちが襲ってこない事を祈りつつ日々を怯えながら過ごしていた。

 少年は、父親に母親に・・・。そして、近所の優しかった大人たちに頼まれた。

『子供たちをお願い』

 託された言葉が、呪詛のように少年の心を縛っていた。
 自分が犠牲になってでも、子供たちを助けたい。そんな思いから出た言葉だが、助けられた子供たちの事まで考える余裕がなかった。

「俺から提供できるのは、安全な住処と食事だ。お前たちには、仕事を頼みたい」

「仕事?」

 涙を拭いて、おっさんを下から見上げるようにしている少年が聞き返した。

「そうだ。仕事の前に・・・。バステトさん。お願いします」

”にゃ!”

 おっさんの足下で丸くなっていたバステトは、大きく伸びをして、子供たちの近くまで歩いて、スキルを発動した。
 聖獣でもあるバステトは、子供たちの怪我だけではなく、軽い病まで治した。

 スキルの光が収まると、口を開けて、目を丸くした子供たちが残された。
 そして、徐々に状況が解ってきて、自分の手を見て、お互いの顔を見て、怪我が治っていることを確認する。バステトは、強めのスキルを発動して、欠損まで治した。おっさんが望んだことだ。

”にゃぁ!”

 バステトが、またスキルを発動する。
 今度は、村を覆うように結界を張った。

”にゃにゃ!”

 またスキルを発動した。

「え?」

 少年たちは、浄化しきれていなかった者たちを、バステトのスキルで浄化する。
 怨念になって、アンデッドに成り代わって、自分たちが助けた子供たちを襲い始める前に、バステトが葬送を行った。

 子供たちには、バステトの鳴き声が響き渡ってから、光が自分たちに纏わりついて、消えていく、どこか寂しくて、温かい光だ。

 光たちは、子供たちとの別れを惜しんでいるようにも見えるが、時間も決められている。

 名残惜しそうに、子供たちから離れて、空中で止まってから、おっさんに何かを語りかけるようにしてから一つ一つが明滅した。そして、消えた。

 子供たちには、バステトが何を行ったことは解った。
 そして、子供たちから流れる涙だけが、本当の意味を知っているようだった。

 子供たちは、最後の光が大きく光ってから消えるまで、光から目を離せなかった。

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